第089話 恐獣・烈玖珠(3)

 巴投げで、広い駐車場へ背中から叩きつけられた烈玖珠。

 野生の爬虫類が有するすばやい挙動で、身を翻しながら起き上がる。

 再び直立した烈玖珠の鼻先へ、身構えていたナホが右ストレートを一閃──。


「ええぇええぇええいっ!」


 ──ドゴオオオォン!


 巨大な重鎧兵が放つ、渾身の拳。

 烈玖珠の頭部が大きく後方へ反り、巨兵へ向けて顎の裏側を見せる。

 だれの目にもそれが、大ダメージに映った。

 しかし反った烈玖珠の頭部は、ゴムのようにしなやかに反動。

 太い後ろ脚と長い尾を地に密着させて体勢を維持し、速やかに反撃。

 伸びきっていた巨兵の右腕の付け根……右肩へと、口を広げてかぶりつく。


 ──ガギュッ……ガッ……バギイイィン!


 鋭い牙と強靭な顎によって、巨兵の右肩の一パーツが噛み砕かれた。

 辺りには厚いガラスが割れる、鈍い断裂音が残響。

 続いて烈玖珠の牙の隙間から、赤い液体がドバドバと地に垂れ落ちる。

 それを見た六日見狐が、思わず頓狂の叫び──。


「なっ……!? あの重鎧巨兵、まさか血が通うておるのかっ!?」


 その問いに答えるのは、六日見狐の一体の遺志を受け継いでいるロミア。


「……いいえ。あの重鎧兵ゴーレムには、蠱亜コアと呼ばれる六カ所の弱点が設定されているワ。重鎧兵ゴーレムは本来、戦姫團入團試験で用いる仮想の敵。蠱亜コアを壊した数で加点する仕組みなのヨ。いま壊された半球のガラス玉には、顔料を溶いた赤い水が入ってる」


「するとあの、巨兵の全身にある六つの蠱亜コアとやらが、すべてが破壊されると……」


重鎧兵ゴーレムは全壊……でしょうネ。内部の人間……ナホちゃんの落命には至らないと思うけれど、それに近い状況に陥るワ。きっと」


 陸軍戦姫團入團試験、一次試験・武技。

 それにおいて受験者たちが相対した、六つの弱点を有する重鎧兵ゴーレム

 リムたちの世界にかつて存在した、異形の生物・蟲を想定した堅固な鋼人はがねびと

 現役戦姫團兵が纏い、入團志願の乙女たちの夢を慈悲なく砕いていった。

 その重鎧兵ゴーレムの弱点たる蠱亜コアを破壊し、得点を重ねた少女たちがいま、次の世代の戦姫團となり、うち数人がこの戦いに召喚されている──。


「きゃああぁああんっ!」


 その一人であるナホが、重鎧巨兵のコックピットで悲鳴。

 巨兵の両肩、両膝、胸部中心、肩甲骨の狭間……に配されている蠱亜コア

 その右肩の蠱亜コアが破壊されると同時に、コックピットの右上方が真っ赤に染まる。

 ナホの正面に展開していたスクリーンも、同様に右上方が赤く滲んだ。

 内向的なナホは、激しく動揺──。


「えっ!? なにこれっ!? もしかしてヤバいっ!? この重鎧兵ゴーレム……壊れるっ!?」


 ──ミ゛ョンッ♪


「ナホちゃん、落ち着いてっ! 六つある蠱亜コアが、一つ砕けただけヨ!」


「ロミアさんっ!」


 赤く染まったスクリーンの上方を覆うように、ロミアの上半身がカットイン。

 赤いドレス、真っ赤な口紅が、スクリーンの赤みを上書きする。


「あなたも知ってのとおり、重鎧兵ゴーレムには弱点の蠱亜コアが六つ設定されてる。どうやらその巨兵も、それを継承してるワ」


「じゃ……じゃあ、蠱亜コアを全部壊されたら……。わたし、一巻の終わりってことですかぁ!?」


「それはわからないワ。わかってるのは、蠱亜コアを守りながらの消極的な戦いじゃダメってこと! そのモンスター、受けも相当強そうだもの! だから攻めてっ!」


「ふええぇええ~っ!?」


 右肩の蠱亜コアを破壊しきった烈玖珠が、重鎧兵ゴーレムから一旦上半身を離す。

 そしてすぐさま口を開き、左肩の蠱亜コアへと牙を向ける──。


「噛んじゃダメ~っ!」


 ──ドガッ!


 巨兵の左拳が、烈玖珠の右頬へ抉り込むように痛打。

 一瞬、その顔を背けさせる。

 すぐさま烈玖珠は狙いを定め直して、蠱亜コアを噛み砕かんと再び開口。

 巨兵がとっさに烈玖珠の上顎と下顎をそれぞれ掴み、ギリギリと上下へ押し広げて噛みつきを阻止──。


「ロミアさ~んっ! こいつ、蠱亜コアを狙い始めたんですけど~っ!?」


「金属のパーツより強度が低いことを学習し、かつ、赤い水を出血と誤認……。中途半端にいい知能が、蠱亜コアを弱点と認識させ、優先的に狙わせているのネ」


 烈玖珠の牙が、じりじりと力押しで左肩の蠱亜コアへと迫る。

 巨兵は背を反らせながら、閉じる口を全力でこじ開け続けた。


「ど、ど、どっ……どうすればいいんですかっ!? このままじゃあ……わたしっ!」


「落ち着いてっ! そのモンスターの脚の把持はじ力と、尾による安定感は相当なもの! 加えて全身がしなやかっ! 生半可な打撃じゃ、恐らくダウン奪えないっ! ナホちゃんの怪力を生かした組み技で戦って!」


「で、でもっ! 接近戦は、蠱亜コアを壊されやすくなるんじゃあ……」


蠱亜コアは背中側に一つ! 敵に背を向けずに戦えば、最後の蠱亜ラストコアは守れるっ! とにかく攻めっ気を失っちゃダメ!」


「そう言えば……蠱亜コアって背中にもありましたねっ! 敵に背を向けなければ、最後の蠱亜コアは守れるっ! なるほどっ、わかりまし…………きゃあっ!?」


 烈玖珠が上から圧しかかるように、左肩の蠱亜コアへ牙を被せる。

 体重を乗せたその挙動に耐え切れず、巨兵は背後へと転倒──。


 ──ガッ……!


 踵を支点に、シーソーのように後方へ倒れ込む巨兵。

 そのまま覆い被さる烈玖珠。

 背中の蠱亜コアの真下に駐車してあった、イベントの機材搬入用のトレーラー。


 ──ドバギャアアァンッ!


 巨兵のダウン時に、トレーラーのコンテナと蠱亜コアがぶつかり、激しい火花が当たりに散る。

 ガソリンへの引火は避けられたものの、辺りには蠱亜コア内部に湛えられていた赤い水が飛び散った。

 残る蠱亜コアは、四カ所──。

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