最終章 戦姫の帰還

戦姫の帰還

第102話 最後の下僕獣

 ──夕暮れ。

 真夏を控えた日没時は日差しが強く、夕焼け色はなりを潜める。

 ただこの日ばかりは、戦火を連想させじと太陽が配慮しているかのように、一際日暮れが白い。

 関係者が全員集合するまでの間、大村湾近くにいるラネットたちを車で迎えに行った愛里から、陸上競技場で待機を命じられている異世界の戦姫たち。

 そして、およそ四百年前の日本から来た、天草四郎時貞こと天音。

 さらには、元下僕獣の六日見狐と、シーの左手に単眼で寄生している百々目鬼。

 一同は近くの自動販売機で調達した飲料で喉を潤し、別世界の風景や文化に関心を示しながら、軒並み談笑。

 ただ一人、リムだけが心配げに、天音の半分消失した右腕を見る。


「天音さん……。その腕……」


 天音が左手に握ったペットボトルのコラ・コーラを飲み飲み、笑顔で返答。


「ああ、これ? 名誉の負傷……ってやつかな。ぜんぜん痛くないから、気にしないで。ボクはその昔、斬首もされてるしね。これくらいどうでもないって。アハッ!」


「そ、そうなんです……か?」


「それよりリム。ずいぶんとお仲間呼んだみたいだね。スケッチブック、あと何枚残ってる? それから絵の具も」


「ええと……。スケッチブックは、残り一枚。絵具は……黒と寒色系以外使い切ってますね。モノトーンの絵を一枚描いたら、すべて終わりです」


「ハハッ、派手に使ったね。でも右衛門作さんも満足してるよ。きっとこの空で……さ。ところで最後の一枚に、ボクを描いてくれないかな?」


「えっ? ええ……構いませんけど」


「たぶんボク、そう時間が経たないうちに……消える」


「ええっ……!?」


「空から『物言う神』の歌声が流れてきたとき……。ボクの体も、すうっ……と空へ吸い込まれそうになったんだ。使命も果たしたし、ボクの存在……軽くなってるんだと思う」


「そっ……そんなっ!」


「……けれど、残ってるこの左腕を、だれかが引っ張ったような気がして、地上に留まれた。それはきっと、リムとデートするっていう約束だったんだと思う」


「天音さん……」


「リムたちもじきに、元の世界へ戻されるんじゃないかな。だから……最後にボクを描いてほしいんだ。そして絵のボクを、向こうの世界でデートに連れていって」


「……六日見狐さんみたいに、この先生き長らえることは、できないんですか?」


「彼女や百々目鬼は、元からいた妖怪が下僕獣に紐づけられた存在。その点ボクは、後世を見るためだけに延命された身。この国に宗教の自由があるのを確認したいま、お役御免……だね。ハハッ」


「…………フフッ」


 リムは天音の苦笑いに、せいいっぱいの苦笑を返す。

 兵が召喚されるという絵を描くことで、戦いに参加してきたリム。

 消える自分を描いてくれという天音の申し出が、ひどく哀しい願いに思えた。


 ──ブロロロロォ……キキッ!


 正規の所有者である千羽を失った、黄色いマツダ・キャロルが競技場わきに停車。

 長崎空港にいたラネット、ヴェストリア、ムコ、ユーノを乗せて愛里が帰還。

 いの一番にトーンへと駆けるラネットと交差して、スケッチブックを胸元に抱き締めたリムが、愛里へと向かった。


「……お師匠様っ! わたしたちもう……元の世界へ還るんですかっ!?」


「あー……それなんだけどさぁ。この世界での司令官として、みんなに命令するわ……こほん! 一同、注目!」


 愛里が腰で両手を組み、足を肩幅に開き、背筋を伸ばして号令。

 さすがは軍人の集まり。

 整列こそせぬものの、その場で踵を合わせて気をつけ。

 己らの世界では伝説の戦姫である、戦姫團の始祖・愛里へと向く。

 注目を一斉に集めた愛里が、にやりと不敵な笑み──。


「えーと……。このまま一同、敵勢力残存の可能性に備え、厳戒態勢を維持っ! 以上っ!」


 ──ええっ!?


 言い終わると同時に、締めのウインクをする愛里。

 辺りには、女だらけの黄色いざわめきが起こった。

 愛里の真正面に陣取っていたステラが、数歩前へ出て質問を投げかける。


「……お師様。まだ敵がいるのですか?」


「……っていうことに、しとこうかな~って。あははっ!」


「…………?」


「ステラ、覚えてる? わたし、蟲を殲滅させてもすぐに元の世界へ戻らなかったでしょ? あれってわたしに、アンタたちの合格発表を見届けるって使命が、まだあったからだと思うの」


「ええ。そう仰ってましたね」


「だから、アンタたちにもまだ使命与えておけば、もうちっとこっちにいられるんじゃないかな~って思って。食べてみたいものとか、ふれてみたい文化とか……いろいろあるでしょ、みんな?」


「もうしばらく、こちらの世界へいられるということですか?」


「それくらいの役得は、くれるんじゃないの? わたしたちを行ったり来たりさせてる奴もさぁ。まあ、あしたの日没くらいまでは!」


 ──わっ……!


 一同から短い歓声が上がった。

 場にいるいずれも、この未知なる世界の知識に、機器に、遊戯に、書物に触れたいという願望を持っていた。

 それが叶うと知り、それぞれがこの後の旅程を熱く語りだす。

 その熱気の傍らにいたリムと天音へ、愛里がすっ……と歩み寄った。


「……まだ下僕獣が一体残ってるから、みんな元の世界へ帰れないわね」


「それって……ボクのことですか?」


「そう。天音も山田右衛門作の絵から出てきた存在だもの。本当は、安楽女と一緒に空へ消えるはずだった。けれどリムとのデートが中断してたから、心残りで消えなかった。違う?」


「ハハッ……愛里さんにはかなわないなぁ。やっぱりボクの師匠だ」


「ということは、この最後の下僕獣を倒すのはリムの仕事ね。しっかりデートして、心残りないようやっつけちゃいなさい!」


 愛里がリムの両肩を、力強く掴んだ。

 「異世界の者を好きになった」という点でも、愛里はリムの師。

 残された時間を悔いのないよう過ごせと、瞳を合わせてエール。

 察したリムは、こくんと軽く頷き、眼鏡のフレームをつまんで位置を正した──。

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