恐獣・烈玖珠

第087話 恐獣・烈玖珠(1)

 ──ズンッ! ズンッ! ズンッ!


 規則正しい間隔で響く、巨大生物の足音──。

 長崎港湾部に隣接する、長崎水辺の森公園。

 そのわきを通る、路面電車の軌道を中心に据えた国道499号線。

 市中心部方面への片道四車線に、ナホが操縦を務める重鎧巨兵が、松が枝国際ターミナル方面を注視して仁王立ち。

 すでに近くまで迫っている、恐獣・烈玖珠へと臨戦態勢。

 アスファルト舗装を若干窪ませた両足は小刻みにプルプルと震え、両手は身を守るように、胸元で指を絡めて合わさっている。

 公園側にマツダ・キャロルを路上駐車させた愛里一行が、下車してナホを仰ぐ。


歩荷ぽっかちゃん、緊張しないで。相手は大きな爬虫類。知能も低いし、攻撃も本能頼み。毎日戦闘の訓練積んでるアンタなら、絶対勝てる!」


「で、でもぉ……。本能剥き出しってことは、それだけ攻撃的ってことですよねぇ……! ふええぇ……」


 モーションセンサーで、ナホの挙動をスムーズに再現する重鎧巨兵。

 その頭部のコックピットでは、ナホの真正面の宙に、周囲のパノラマ映像が大スクリーンで映し出されている。

 そしてその手前に、小さな別ウィンドウで愛里の顔がカットイン。


「そう! 相手には恐れがない! だから歩荷ぽっかちゃんが恐れを抱いちゃうと、それが丸々戦力差になっちゃうわけ! 蟲と戦ったときに見せたあの雄姿を、もう一度お願い!」


「そ、そう言われましてもぉ……。ふぇーん!」


 蟲の軍勢との戦いにおいて、重鎧を身に纏い、怪力で奮戦を見せたナホ。

 しかしその原動力は、自分が蟲の軍勢を招いたきっかけかもしれない、自分のせいで多数の死傷者が出たのかもしれない……という、強烈な自責の念。

 いまこの令和日本での戦いにおいては、「自分たちの世界を救ってくれた愛里、その世界へ借りを返す」という動機。

 ナホはいまひとつ、戦意を奮い起こせない──。


 ──ミ゛ョンッ♪


「弱気になっちゃダメよっ、ナホちゃん!」


「……あっ! 副だ……いえっ、ロミアさんっ!」


 前副團長・ロミアの顔がスクリーンにカットイン。

 すぐそばの出島和蘭おらんだ商館跡で六日見狐の一体に勝利を収めていたロミアが、愛里たちへと合流。

 退役した先輩として檄を飛ばす──。


「わたし、ここでキツネの獣と戦ってわかったワ! この戦いは……蟲との戦いを含めた、一つの大きな戦い……大戦なのヨ! 戦場が……国と国ではなく、世界と世界を跨いでいるだけの違い! だからこれは、戦姫團の戦いっ!」


「戦姫團の……戦い……」


「当事者意識を持って、ナホちゃん! そうすれば、体の震えも止まるワ! だってあなたは、誇り高き戦姫團の兵なんだもの!っ」


「当事者……意識……」


 ロミアの口から放たれた「当事者意識」という言葉が、ナホの胸を打った。

 退役後、舞台女優として名を馳せているロミア。

 そのロミアが剣を手に参戦。

 それは確かに、蟲との完全決着に達していないことを意味していた。


 ──ミ゛ョンッ♪


 唐突に、蟲獣・安楽女と交戦中のエルゼルの映像がカットイン。

 映像は、SNS上に流されているものの自動受信。

 神ノ島の展望台へ避難兼実況しにきていた市民が、遠巻きに撮影。

 安楽女と小グモのコンビネーション攻撃を、髪一本の差で躱すエルゼルの雄姿が映し出される──。


「警察官になったエルゼルさんまでっ! それに……蟲っ!」


 蟲に姿形が近い安楽女を見たナホは、それを蟲と誤認。

 己の責任が連綿と続いていたのだと、罪悪感を再燃させた。

 映像の中のエルゼルが、攻撃をかわし切れず転倒。

 安楽女の脚二本の先端が、背中を見せて横転中のエルゼルへと迫る。


「エルゼルさんっ!」


 届かないナホの悲鳴。

 しかしそれを聞き届けたかのように、植え込みを割ってルシャとセリが登場。

 ルシャが宙で円形の剣筋を展開し、安楽女の脚一本を弾き返す。


「へへっ、よぉ元團長さん! あんときゃ不正して悪かったな!」


 跳躍が低く、先に着地していたセリは、方形の剣筋で残る脚をガード。


「……わたしも、病を隠して受験をし、申し訳なかった」


 二人がエルゼルの前に並んで立ち、その身を守る。

 その背後で身を捻るように跳躍し、垂直に立ったエルゼルが、二人の肩を左右へ押しのけて中央に揃い立つ。


「……フフッ、いまのわたしはもう戦姫團の部外者。頭を下げる必要はない。だが二人へ下した失格の判断が、いまの命拾いに繋がったのならば……。わたしは試験官として、最善の判断を下したことになるな。やはり蟲相手の戦いは、三位一体トリニティがしっくりくるッ!」


 三人と二体で仕切り直しとなった、エルゼル対安楽女戦──。

 目にしたナホにはもう、戦いへの恐れはなかった。


「退役した人や、入團試験に落ちた人まで……! 現役の戦姫團兵、それもこんなすごい武装を与えられたわたしが、退くわけにはいきませんっ! 任された敵に……必ず勝ちますっ!」


 ──ダンッ! ダンッ!


 迫る巨獣の足音と地響きに負けじと、重鎧巨兵が両足を力強く踏み直す。

 胸の前で絡ませていた指をほどき、固い握り拳へと変えて、体の左右で構える。

 直後、松が枝国際ターミナルのカーブから、地響きの主が姿を現した。

 体高四〇メートル超の赤黒い巨体。

 太い脚、太く長い尾で安定した直立歩行。

 前脚後脚に生え揃う、鈍色にびいろの鋭い爪。

 背中から尾の先端まで並ぶ、複雑に枝分かれした硬い背びれ。

 ヘビやトカゲのように細長い顔。

 正円の眼球を保護する上瞼は、硬質化かつ肥大化しており、角のように頭部より上へと伸びる。

 「正統派巨大怪獣」という形容がふさわしい、恐獣・烈玖珠。


 ──ンギォアオオォオオンッ!


 重鎧巨兵を目にした烈玖珠が顔を上げ、喉を見せながら咆哮。

 周囲の空気がビリビリと震えた──。

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