第086話 甲獣・阿鼻亀(2)

「──ちょ、ちょっ……ちょっと待った!」


 戦姫團関係者の女性陣が居並ぶ中に、タバコで喉を痛めている声色の、中年男性の声が響いた。

 シーと百々目鬼の勝負に立ち会っていた、ギャンブル癖のある警部補。

 愛里の左隣に立ち、覗き込むようにその顔を見る。

 当然ながら、愛里には面識はない。


「……どちら様?」


「長崎県警の刑事デカだ。そこの瓶底眼鏡レディーを、ここまで警察車両パトで送迎してきた。どうやらあんたは、令和日本こっちの人間らしいな」


「……ふふん。刑事にしては、観察眼甘いわね。わたしはこっちの世界の人間でもあり、あっちの世界の人間でもあり……よ?」


「じゃあ、通訳って認識でいいか?」


「ま、いいけれど……。わたしらは、見てのとおり女所帯でね。男に話せる情報は、たかが知れてるわよ?」


「じゃあ要点だけを聞く! まさかこの女神大橋を崩落させて、あのカメのバケモンへぶつける気かっ!?」


「そのつもりだけれど、橋を落とす方法が思いつかなくてねー。県警の権力で、爆破解体業者をで呼び出せない?」


「ふざけんなっ! そんな破壊テロ行為、刑事として見過ごせるかっ!」


 警部補が愛里へ詰め寄り、身長差と権力を笠に着ての、見下ろしの威嚇。

 ギャンブル癖こそあれど、公僕としての矜持は相応に抱いている。

 しかし愛里は臆することなく、わざとらしい溜め息を見せつける。


「は~……。無人の橋落として都市防衛するのを、テロとか言っちゃうわけ? 税金でメシ食ってるアンタが護ってるものって、いったいなに?」


「なんだとぉ……?」


「女神大橋がなくなったところで、せいぜい戸町トンネル(※1)の渋滞が酷くなるだけでしょ? でもあのカメのバケモノが上陸したら、県庁や県警に踏みとどまってる職員が、恐らく全員死ぬのよっ!?」


「ぐっ……!」


 眼下からの愛里の睨み返しに、警部補がたじろぐ。

 これまで警部補が相対してきた犯罪者、暴力団構成員、半グレ、不良、玄人バイニン──。

 そのいずれにも勝る眼力が、愛里から放たれた。

 人間を捕食する蟲の軍勢に抗ってきた愛里にとって、警部補の睨みは反抗期の中学生にも等しい。

 博徒の感性を持つゆえに、己は愛里のはるか格下だと、すぐに悟った警部補。

 それ以上の言い返しを控え、愛里へと指示を仰ぐ──。


「……確かに、人命あってのインフラだわな。そこはわかった。じゃあどうやって、この橋落とすってんだ?」


「だからいまそれ考えてるんだって! えっと……女神大橋は斜張橋って構造だから、両端の主塔と、陸側のケーブルを全部断てば……って、やっぱわからんっ! ねえ刑事さん。県警でいま、国際的な爆弾魔ボマーを身柄確保してたりしない?」


「してねーよ!」


「でしょうねぇ。あー……未知の分野だから、情報の漁りかたすらわかんない。『解体こわしゲン』なら、バッチリ上手くいく展開なんだろうけど……」


 愛里が左手でスマホを激しく操作しながら、橋の構造と爆破技術を検索。

 右腕に抱きかかえられている六日見狐が、首を曲げてディスプレイを覗き込む。


「おっ、愛里。お主、漫タイ(※2)も読んでおるのか」


「だってうちラーメン屋だもん。雑誌の値段バカ高くなってきてるけど、漫タイとゴラクだけは置き続けるわよ」


「ラーメン屋の鑑じゃな。やはり下僕獣よりも、こっち陣営が儂の肌に合うの~」


 愛里が女神大橋とスマホを交互に見ながら、打開策を模索。

 その背中を見るステラが、フィルルへと声掛け。


「……わたしの死神の鎌デスサイスでも、この堅固な橋を落とすのは至難。團長も……ですね?」


「そうね。それにこの新しい剣、この橋からの授かりものですから、刃を向けるのは抵抗がありますの。砲隊長の砲撃も、ここは射程外ですしねぇ。ナホが乗っているという、巨大な重鎧に任せるのは?」


「あれは、都市中心部へ迫っている別の巨獣に備えています。動かせませんね」


「なれば、落橋以外の策を講じるのが賢明ではなくて? あの丸腰の艦、そろそろ持ちませんわよ?」


 眼下の海上には、渦潮に翻弄されながらも懸命に艦体を立て直す護衛艦やはぎの姿。

 佐世保市を発った僚艦、あしがらの到着まで威嚇行動を取り続ける方針。


「あ、あの……。ちょっと……いいですか?」


 緊迫する武人たちの中に、柔らかな声が弱々しく漂う。

 リムが顔の高さまで挙手をして、おずおずと一同の中心に立った。


「この橋から頑丈なロープを垂らして、あのカメへ絡ませるのは……どうでしょう? ここへ繋ぎ止めて、移動を阻止できればよし。橋が耐えられなければ、崩落してダメージを負わせられますし、もし外れても海中で重しになります」


「リムさん? そのような頑丈なロープが、いったいどこに──」


 異を唱えながら、リムへ歩み寄ったフィルル。

 愛里がその肩を掴んで引き、代わりに前へと出る。


「あの蟲女の糸ね! リム!」


「はいっ! 観覧車の回転を止めるほどですから、相当な強度だと思いますっ! それに、クモの糸はこの世で一番強力な繊維だと、物の本で読みましたっ!」


「それは令和日本こっちも同じ! 仮に糸の直径が一センチあれば、飛行中の航空機を絡め捕れるって言われてるわ。さっすがリム、チームとんこつの頭脳ねっ!」


「エヘヘヘ……それほどでもぉ。いまはチームとんこつですけどぉ」


「あとは……蟲女に向かわせた天音へ、なんとか糸を調達するようLINEで連絡。そして……ステラっ!」


 愛里は無断借用の車の助手席にあったスマホを、自分のスマホと通話状態にしてステラへと放った。

 ステラが片手でスムーズにキャッチし、懐へと収納。


「……ラネットいないから、以後の連絡はそれでっ! 團長と副團長で、なんとか巨大ガメを食い止めて! わたしは車で、歩荷ぽっかちゃんのサポートに向かうわ!」


「了解しました」


 愛里が運転席に座り、小脇にかかえていた六日見狐を助手席に置く。

 それからリム、トーン、アリスが後部座席へ乗り込み、マツダ・キャロルが発進。

 恐獣・烈玖珠を重鎧巨兵で迎え撃つための決戦場、長崎水辺の森公園へと向かう。

 車体が視界から消えたのを確認してから、フィルルが胸元で緩く腕を組みながら、ステラへと声をかける。


「躊躇なく橋を落とす発想へ至るのは、さすがに伝説の戦姫……ですわね」


「はい。敵の進軍を断つための落橋はありふれた戦術ですが、ぶつける発想はなかなか出ません」


「戦歴、ひいては見栄、自尊心のために、被害を最小限に留めたがるのが軍人のさが。一方あの人は、人命のためならばそれ以外は惜しまない。蟲との戦いで勝利を収められたのは、あの人が軍人ではなかったから……ですわね、きっと」


「同意です。あなたが手放しで人を褒めるのは、珍しいですね」


「このような上から目線の称賛、ご本人にはとても言えません。なにせ戦姫團の創始者に当たるお人ですもの」


「……先ほどお師様より預かった機械から、いまの会話は筒抜けですが」


「ひえっ……!?」



(※1)国道499号線の戸町トンネル付近は、長崎市内屈指の交通渋滞エリア。「長崎の小仏トンネル」と呼ぶ人も。

(※2)週刊漫画TIMESタイムス(芳文社)。「解体屋ゲン」は爆破解体という珍しいテーマのガテン系漫画だが、連載長期化にともない、女児向けゲーム、擬人化ソシャゲ、異世界転移などのサブカル要素も貪欲に取り入れている。

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