甲獣・阿鼻亀

第085話 甲獣・阿鼻亀(1)

 ──長崎港湾部沖。

 甲獣・阿鼻亀へと艦首を向けていた護衛艦やはぎが減速。

 現状では勝機を見出せぬまま衝突するため、阿鼻亀へ右舷を見せて旋回。

 長崎港から見て、高鉾島手前で旋回を続け、威嚇行動。

 その最中で、戦闘指揮所CICの艦長が叫んだ──。


「長崎県より、災害派遣要請あり! 佐世保より僚艦きたるっ! あしがら!」


 ──わっ!


 行政の重い腰が上がったことへ、数少ないクルーたちが湧き立つ。

 艦長の要請で出撃準備に入っていた海上自衛隊佐世保地方隊の護衛艦が、抜錨。

 クルーを代表し、砲雷長が艦長へ反応。


「よしっ……あしがら! 艦長、これであのバケモノ亀のどてっ腹……顔面に、アスロックぶち込んでやれますねっ!」


「ああ。あしがらの生みの親、長崎造船所へのご恩返しを、頑張ってもらうさ。だが……合流までは本艦の、徒手空拳の戦いだ」


「あの神ノ島の平射砲が、甲羅をぶち破ってくれれば気を揉まなくてすむんですけどねぇ。支援はありがたいですが、武装は明治時代相当……ですか?」


「だがもしおまえが、あちらと同じ立場だったら、同じ行動……取れるか? 同盟関係もなにもない国のために、旧世代の武装で立ち向かうなど」


「それは……できかねます。確かにその点では、敬意を払うべき相手でしょう。ですがいま出没しているモンスターは、あいつらが連れてきたものかもしれません。あいつらはただ、われわれの世界へ迷惑をかけじと、行動しているだけかもしれません」


「……いや。これまでのモンスターの出現地が、それを否定している」


「……えっ?」


「翼竜は西海市虚空蔵山……海軍の防空陣地から出現し、針尾無線塔で彼女らに仕留められた。大村湾の巨大シャチは、片島魚雷発射試験場付近に出現。巨大サンショウウオの出現地は、稲佐山高射砲陣地跡。百目の妖怪は中ノ島高射砲陣地そばの現県庁舎。恐竜のようなモンスターは、脇岬の電探基地付近。そして目の前の巨大ガメは、長崎要塞防衛ライン……。わたしはこれを、偶然とは思わんよ」


「す、すると艦長は……。これは太平洋戦争絡み……とでも?」


「……いや。大東亜戦争のみならず、この地の戦争すべてのわだちを、なぞっているように思える。もしもそのわだちを、未来へ繋ごうとしている邪悪な企みがあるとするならば、われわれ自衛隊は全力で阻止せねばならん。そして、われらに助力する勢力があらば……。われらはその一歩先へ出ねばならん」


 艦長の力説が終わり、戦闘指揮所CICにしばしの沈黙。

 やがて、護衛艦やはぎが旋回を終える。

 再び対峙する、護衛艦と巨大亀。

 そこで初めて、阿鼻亀が前進以外の挙動を見せた。

 六本ある脚で海面を断続的に掻き、時計回り。

 その後、すべての足を甲羅へ収納する。

 周囲の海域には、阿鼻亀を中心とした激しい渦巻きが発生。

 護衛艦やはぎの艦体が、大きく揺らいだ──。


「艦長、高波ですっ! それから強い海流もっ!」


「慌てるな。この程度のとう、訓練どおりの対処で越えられる。だが無人機は、両方ともいまのでお釈迦だろう」


「あの海流、魚雷の軌道も変えてしまうかもしれませんね……。くそっ、せっかくフル装備の僚艦が来るってのに!」


 高波と海流の影響を最小限に留める操舵で、護衛艦やはぎが現状維持。

 周囲の海際へ高波が押し寄せ、先ほどまでルシャが戦っていた砂浜が、海底の土を巻き上げた黒い海水に浸かった。

 その一連の様子を、車の往来がなくなった女神大橋の上から、フィルルとシーが見下ろす──。


「渦潮を発生させる巨大なカメ……厄介ですわね。あれは一度上陸させたほうが、攻略しやすいのではなくて?」


「それがでしねぇ……團長殿。湾の一番奥に、この都市の中枢施設があるんでしよ。上陸イコール都市機能の麻痺、でしなぁ」


「まったく、なぜそのような攻め込まれやすい場所に、重要施設を……」


「見るからに平地が少ない都市でしからねぇ。埋立地にでも建てたんじゃないでしか? あとは交通の便でしか? 湾の奥に、駅舎らしき施設が見えるでしな」


 シーのその発言が終わりきる前に、二人の背後で黄色いマツダ・キャロルが停車。

 運転席の窓から愛里が顔を出し、人差し指を立てながらウインク。


「シーちゃん、正解! 相変わらずいい目してるわね!」


「おお、メグリ氏。お懐かしや。車の運転、できるんでしな?」


「まあね~。おっ、あれはあした進水予定のもがみ型護衛艦! 非武装で出撃とは、勇敢な防人さきもりが乗ってるのね!」


 愛里が下車し、海上の戦況を見る。

 続けて助手席のステラ、後部座席のリム、トーン、アリスもぞろぞろと一時下車。

 六日見狐は車に乗りきれなかったため、ぬいぐるみサイズまで体を縮めて、幼児のようにリムの膝に抱きかかえられていた。


「リム、お主は子どもの扱いに慣れているようじゃの? 抱きかたが達者じゃ」


「アハハ……。子どもが好きで、教師を目指したこともあったんですけどね……。ところで六日見狐さん、体を縮められるのなら、巨大化してあのカメと戦ったりはできないんですか?」


「無理じゃな。儂の体の伸縮には限度がある。一番小さくていまほど。一番大きくてスカイ・ハイ・リーくらいじゃな、うむ」


(……だれ?)


 うんうん、と頷く六日見狐の体を、愛里がリムの胸元から奪い取り、小脇に抱えて海側を向く。


「はいはい、馬場の変身もいけるってことね。で、あの巨大ガメは、どう攻めたらいい?」


「ふむ……阿鼻亀か」


「あびき……。長崎港の急激な潮位変動のことだわね。東シナ海で生じた気圧の変化が、徐々に増幅しながら長崎港へ押し寄せる、バタフライエフェクト的な現象」


「恐らくその名を冠した下僕獣じゃろうな。奴は脚が六本あり、弱点の顔は本体の真下にある。上陸前に仕留めたいのなら、水中で真下から攻めるしかないのぉ」


「水中から真下……って。水中であの回転に巻き込まれたら、詰むじゃない」


「じゃの。根気よく甲羅を削っていくしかなかろう。雨垂れ石を穿うがつ……じゃ」


「そんな悠長な攻撃じゃ……ん? そう言えば……糸目ちゃん?」


 雨垂れ石を穿つ、というワードに引っかかりを覚えた愛里。

 その引っかかったものを記憶から引き出すために、フィルルへと声をかけた。


「糸目ちゃん入團試験のとき、重鎧兵ゴーレムの鎧を、連撃で突き破ったわね?」


「……ええ。それよりわたくし、いまは戦姫團團長ですので、その糸目ちゃんという呼びかたはおやめに……」


「その糸目ちゃんの試合から、わたしが乱入するまでに、確か……えっと…………」


「わたくしの話、聞いておられます?」


「…………そうそう、思い出したっ!」


「ひっ!?」


「あの歩荷ぽっかちゃんが、鎧を殴打して重鎧兵ゴーレムの中の人を失神させたのよ! いくら装甲が厚くても、内部が衝撃に耐えられなければ負けっ!」


「ああ、そんなこともありましたわね。ですがあの巨大ガメの甲羅は、砲撃の雨をも防ぎきっている様子。あれ以上の衝撃を与える手段、こちらの世界にありますの?」


「こちらの世界っていうか、わたしたちのすぐ足元にあるじゃない。ほら」


 愛里が右膝を直角に曲げてから、アスファルト舗装を数回強く踏みつける。

 それから右目を伏せて、にやけ顔で場の一同を見渡した──。

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