第084話 海獣・磯撫(6)
「後ろで巨乳固定してる子、俺と交代してくれ~!」
「ふんっ、素人が! 女の子同士の乳房の戯れを客観視! これこそが至福だ!」
「おいっ! いま気づいたけどあのボート、競艇の動きしてねーかっ!?」
「本当だ! 左回りの右側通行だ! さすが大村ボートの開催地っ!」
「おいおいおい! あの巨乳ネーちゃん、モンキーターンやってねーか!?」
「大村ボートでは
「さっきから長崎県と特撮に詳しい奴が約一名いるな!」
スタイル抜群のディーナと、フェチ度全開の格好のラネットに、SNS上の視線が一時的に集中。
磯撫の動きの先手先手を取りつつ、ディーナが小型艇・シルバーブレードを駆る。
「……ディーナ、あのシャチ動き鈍いね。大きいとやっぱり、動きも鈍るのかな?」
「そんなことはないです。この閉鎖的な湾は浅めなので、水深あるところを選んで泳いでいる分、隙が生まれてるんです」
「なるほど…………あっ!」
「なっ……なんですラネット!? 急に大声出さないでくださいですっ!」
「ボクとトーンを繋ぐ直線上に……シャチが乗った! 船切り返して、奴の真正面に回って!」
「了解ですっ! まずは……間合いを稼ぐですっ!」
磯撫の右手前方に小型艇を着けていたディーナは、そこから一気に加速。
正面から相対するための十分な間合いを作りに行く。
磯撫の背びれが背後で小さくなったのを受けて、船体が鋭く左旋回──。
「目標……海獣ですっ! ヨーソロー……ですっ!」
この戦いにおける最終ターンマークを曲がり、正面から磯撫と相対する小型艇。
小型艇の航跡と、磯撫の巨大な航跡が、伸びながら一本に繋がろうとする。
その未完成の直線の先に、トーンが座す聴音壕があった。
口から細切れに声を発してそれを確認したラネットが、ディーナの胸から両手を離した。
「さっき驚かせたのとは比べものにならない声出すから、気をつけてよ!」
ラネットが背後から、ディーナの両耳をしっかりと掌で塞ぐ。
「あいつを一発で轟沈させる砲撃、頼むですっ! ラムアタックだと百パーこっちが負けるですからっ!」
ディーナは上半身を屈め、操舵に集中。
ラネットの攻撃後、すぐに旋回して衝突を避ける構え。
高速で進む小型艇と磯撫の間合いが、みるみる詰まっていく。
その距離百メートルを切ったところで、ラネットが大きく息を吸った──。
「すうううぅ…………トオオオォオオォオオォオンンンンンンンンーッ!!!」
ラネットの大声が、数十キロメートル離れた聴音壕のトーンへと一気に届く。
戦姫補正を帯びた、一直線の巨声──。
それに螺旋状に絡みつく、常人には発声不能な超音波。
小型艇の航跡、磯撫の航跡、それがラネットの声の航跡によって繋がった。
海上にまっすぐな溝が生じ、弾けた水滴が超音波によって、
──ギギギャアッ……ガッ…………!
磯撫が一瞬、人間の女性のような甲高い悲鳴を上げ、すぐに沈黙。
カナン三姉妹編成による歌唱兵「参歌戦」によってダメージを受けていた下顎へ、ラネットの砲撃が炸裂。
超音波を受信する顎の付け根が粉砕されたのみならず、前頭部にある超音波の発信源、メロン体にも強い衝撃を受けた。
磯撫の意識が飛び、メロン体は裂け目が無数に走って崩壊寸前。
頭部を海上へ出したまま、身動きが止まる。
ラネットがディーナの耳から両手を離し、乳房をギュッと握る──。
「ディーナ大丈夫っ!? 意識飛んでないっ!?」
「ちょっと飛んでたですけど、胸揉まれて戻ってきたですっ! さあ、曲がるですよおおぉおおっ!」
目前に迫る、巨大な岩礁のような磯撫の頭部。
ディーナが腰を浮かせ、重心を船体の左側に寄せ、コンパクトな旋回を開始。
いまのわずかな戦いの間に自力で編み出した、ターン技術。
ボートレースで言うところの、モンキーターン──。
「ぐううぅううぅううっ! 曲がるですううぅううっ!」
船体の真正面に迫る、光沢のある黒い巨体。
衝突するかしないかの際どいところで、小型艇が船体を横にする。
ディーナが長い脚を船外へと出し、磯撫の鼻っ面を蹴りつける──。
「いっけええぇええっ……ですううぅううぅううっ────!」
──ブオオォオオォンッ!
モーター音が途切れることなく続き、小型艇が磯撫から離れていく。
ディーナの先ほどのキックがとどめとなり、磯撫のメロン体が完全崩壊。
口、そして背中の鼻腔から黒い瘴気が漏れ出し、磯撫の消滅が始まる──。
「ふーっ……。ギリギリ避けられたですぅ……」
「最後の蹴りが効いたね! そう言えばディーナって、入團試験のときも砲隊長をキックで倒してたっけ!」
「うーん……。わたしとしては砲撃戦で勝利したかったので、ラネットの砲撃で勝ったことにしてくださいですっ! キャハハハハッ!」
ディーナは小型艇の速度を落とすと、適した上陸先をゆったりと探し始める。
その間、決着を見届けたSNSユーザーたちから、感嘆の声が漏れる。
「ふーっ……よかった。最後ぶつかるかと思った」
「動画じゃよくわからなかったけれど、声による攻撃だった……よね?」
「それにしてもあのボート、機動性すごかったな!」
「もしかして、大村ボートのを魔改造した!?」
「声……超音波でシャチ倒してたから、あの子たち、スナメリの化身だったのかも……。船も白かったし。クジラ類の評判を落とすバケモノは出ていけ……って」
「それあるかも。大村湾にはスナメリが定住してるよね」
「わたしはあの小型艇、
「……震洋? 特攻?」
特攻艇・震洋。
太平洋戦争末期に投入された、特攻用の小型艇。
多量の火薬と片道分の燃料だけを積んだ、自爆兵器。
ディーナが召喚された片島魚雷発射試験場跡から近い入り江に、その訓練所がかつてあり、いまもなお、特攻の目標として使われていたコンクリート柱が海上に頭頂部を覗かせている。
そのそばの特攻殉国の碑資料館わきには、原寸大の震洋のレプリカが展示されている──。
(※1)漫画家、式部朗氏のX(旧ツイッター)。
https://twitter.com/lividusmoon_t/status/1381184893724450818
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