第071話 奇獣・百々目鬼(2)

 ──しばらくのち。

 百眼の奇獣・百々目鬼と、人間五十人の百の両眼。

 一敗ごとに、ランダムで目が一つ潰れる。

 どちらかが、すべての目を失うまで続行。

 そんな異様なレートで、ギャンブル「スリーシェルゲーム」が継続中。

 宙に浮かぶ大鐘が、高速かつ無音で位置を入れ替え、止まる──。


「……でし!」


 その正面であぐらをかいているシーが、即座に中央の鐘を指さす。

 中央の鐘が一メートルほど浮き、中から大波止の鉄玉が出現。

 ディーラーである百々目鬼の負け──。


 ──パシュッ!


 百々目鬼の右肩の目が潰れ、地飛沫のように黒い瘴気が飛んだ。

 百々目鬼の顔の単眼が、いま潰れた目を見る。

 すでに百々目鬼の体中に、同様の目が潰れた痕が多数。

 警部補が妖怪博士巡査へと問う。


「……これで何連勝だ?」


「さ……三十二連勝です」


「ここまで負けなし。あの眼鏡女の視力、神懸かりだ。俺には鐘の残像しか見えん」


「じ、自分もです……。しかし……このまま百連勝で、自分たち無傷ですみそうな気配……ですね……」


 次は自分の目が潰れるかもしれない──。

 警察官たちは、その恐怖に肺を萎ませ、息を飲んでいる。

 その不安から一時的に逃れるための、妖怪博士巡査の一言。

 それを耳にしたシーが、背中越しに反論。


「……チチチチ。いかんでしなぁ、そういう油断は。弛緩した空気はあちしの集中力を削ぐからして、慎むべしでし」


「は……はいっ!」


「ところで……小腹が空いたでしなぁ。ギョーザの差し入れがあると、ありがたいのでしが」


「ギョ、ギョーザ……ですか?」


「ここが発祥の世界でしからね。本場のギョーザを食べてみたいんでしよ。にししししっ!」


「で、でも……。市民はみな避難しているので、出前をやってる店はどこも……」


「あー……目がしばしばしてきたでし。そろそろ滋養を摂らないと、ここから連敗しそうでしなぁ!」


「ひっ……! わ、わかりましたっ! 冷凍モノで構いませんでしょうかっ!?」


「……ほう。もしや解凍するだけで食べられる、出来合いのギョーザがあるでしか。さすが発祥の世界でしな。ではー、調達できるだけ持ってくるでし」


「警部補! そういうわけですから、そこのスーパーゆめタウンで冷凍ギョーザとアウトドア用コンロを調達してきますっ!」


「百々目鬼ちんには食料調達だと伝えておくので、よろしくでしー。そのまま逃げたりしたら、百々目鬼ちんから勝負放棄とみなされて、ここにいる全員心臓を潰されるので、心するでしー」


「は……はひっ!」


 声を震わせながら、妖怪博士巡査が徒歩五分ほどのスーパーゆめタウンへと全力疾走。

 今度は警部補がシーの背中へと話しかける。


「あんたが負けたら、俺たちの目がランダムで潰されると言ったが……。もし勝負半ばであんたの目がどちらも潰されたら、どうなる?」


「そのときは、そちらで代打ちを立てて続けるでし。まあ並みの人間には、このディーラーは看破できぬからして、闇雲に三分の一を当てる運ゲーになるでしな」


「あんたは……赤の他人のために自分の目が潰れるのが、怖くないのか?」


「怖くないと言えば、嘘になるでしがー。あちしも研究員とは言え、軍人の端くれ。多くの同胞の死を見てきたこの目で戦えるのならば、逃げも隠れもしないでし」


 シーの脳裏に、蟲に惨殺された戦姫團の兵たちの姿が、ふっと蘇る。

 森林の中で、樹上から襲いくる死刑囚ハングドマンに狩られた者たち。

 城塞内の夜戦で、闇夜からムーンに惨殺された者たち。

 彼女らの生き様、死に様を焼きつけている眼鏡の奥の異眼が、次戦も制する──。


「でし!」


 シーが指さした、向かって左端の大鐘。

 中から鉄玉が現れ、百々目鬼の背中でまた一つ、眼球が潰れる。

 見た目少女の妖怪と軍人が繰り広げる、傍目には戯れのような死闘の傍ら──。

 この場、長崎県庁舎裏の芝生広場の先に広がる長崎港湾部。

 三菱重工業長崎造船所から、護衛艦やはぎが進水する様子が見える。


「……ありゃあ、あす進水式の護衛艦じゃねーか。武装もないだろうに、なにがしたいんだ?」


 そうつぶやいた警部補が、すぐに首を左右へ振って前言撤回。


「……決まってるわな。んだよな」


 警部補はニヤリと笑むと、そばにいた青い顔の巡査の背中を、勢いよく叩いた。


「どうやら俺たちも、思い出さにゃならんようだぞ。警察魂……ってやつを! はははははっ!」

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