第072話 奇獣・百々目鬼(3)
──ジュ~! ジュ~! ジュ~!
──パチパチッ! パチパチッ!
眼球百個を賭けたギャンブルの場に似つかわしくない、フライパンの中でギョーザが焼け、油が跳ねる音。
いくつも並べられたレジャー用カセットコンロの上で、ニチレイ、味の素、地場メーカーなどの冷凍ギョーザが、ニンニク臭やニラ臭が織り交ざる臭気を辺りに漂わせる。
妖怪博士巡査が、スーパーの売り場にあった端から持ってきたもの。
シーはそれを「はふはふ」と休みなく頬張りながら、指を真正面へ突き出す──。
「で
真正面の大鐘が浮き、鉄玉が露見。
百々目鬼の左太腿裏で、黒い瘴気が弾け飛ぶ。
妖怪博士巡査が割りばしでギョーザを皿へ移し替えながら、その勝利に驚愕──。
「ご、五十連勝……」
「にしっ、折り返し地点でしか。百々目鬼ちんにも食事タイムが必要でしな。いま焼けた分、百々目鬼ちんに差し入れしてくるでし」
「えっ!?」
「『あちらのお客様からです』ってやつ、一度やってみたかったんでしよ。にしししっ!」
「で、でも……。あいつには……口がないですよ?」
「そこは目で味わうんじゃないでしかね? このツヤツヤの油分とパリパリの羽根、視覚でも十分楽しめると思うでしよ」
「仮にそうだとしても……。敵へ休息を与えることになりませんか? いまこちらの大連勝で、向こうはプレッシャーの分負担が大きいかと……」
「これだけギョーザがあるんでしから、ケチケチしないでしっ! それに、相手の食性を観察するのも、勝つための情報収集でしよっ!」
「は、はいっ! わかりました!」
分厚い眼鏡の奥から妖怪博士巡査へと刺さる、シーの睨み。
百々目鬼と対等に渡り合うその眼力に、同様の念動力があるのでは……と、焦った妖怪博士巡査は、焼き立てギョーザ山盛りの皿の縁を両手で持ち、恐る恐る百々目鬼へと近づいていく。
そして、一メートルほど離れたところで皿を地に置き、蚊の鳴くような声で「あちらのお客様です」と一言。
からの足早なUターン。
ギョーザを一瞥した百々目鬼は、「これは?」と言わんばかりに、丸い目でシーを見た。
「にししっ、差し入れでし。盗品で恐縮でしがねー」
これは食べ物だと教えるように、シーが手元のギョーザを次々と頬張ってみせた。
「……………………」
合わせた目からシーの配慮を汲み取った百々目鬼。
十数秒、皿の上のギョーザを凝視。
「……………………」
それから視線をシーへ戻し、パチパチと二回まばたき。
「口に……おっと、目に合ったようでしな。そこの警察官殿、お皿を下げてくるでし」
「は、はい……」
再び妖怪博士巡査がおずおずと百々目鬼へと近寄り、及び腰で皿を回収。
胸元に掲げて持ち、シーのそばへと戻ってくる。
シーは一つも減っていないギョーザの山へ無警戒に箸を伸ばし、一つを口へ放り込んだ。
「はむっ……はむはむはむ……。ふーむ、なるほどでしな。警察官殿も、一つ食べてみるでし」
「ええっ!? あいつ睨んでましたし、妖気かなんかこびりついてるんじゃないですかっ?」
「食べないなら、あちしはここで手を引くでし」
「わあーっ! 食べます食べますっ! はぐっ!」
両目をぎゅっとつむってギョーザを口に入れ、歯を機械的に上下させていやいや咀嚼する妖怪博士巡査。
飲み込み、口の動きを止め、一呼吸置いてから驚きを発した。
「……うわっ! 味が……しない! それに冷めきってる!」
「にししっ。百々目鬼ちん、目で食するとはさすがの眼力でしなぁ。しからば、勝負再開でしっ! はぐはむはぐ……」
無味無臭のギョーザが盛られた皿を空にして、シーが再開を目で合図。
受けて百々目鬼、大鐘で鉄玉を隠し、念動力による高速シャッフル。
妖怪博士巡査は調理に戻り、フライパンへとサラダオイルを足し、冷凍ギョーザの袋を破りながら警部補へと話しかける。
──ビリリッ!
「こ、このまま百連勝……期待してもいいんでしょうか?」
「こっから百連敗もあるのがギャンブルだ。まして相手は妖怪。九十九連勝まで夢を見させて、そっから百連敗の悪夢を見せてくるかもしれねぇ。だろ、妖怪博士?」
「た、確かに……。あいつが人間の絶望を糧としていたなら、その手口はありえますね……」
「ギャンブルに期待は厳禁。必要なのは覚悟だ。特に外ウマはな!」
「さすが、肝が据わってます。賭場へ出入りしている噂……やっぱり本当なんですか?」
「だから、そりゃ嘘って答えるしかねぇだろ! 俺ぁ退職金しっかりいただくつもりで奉公してるぜ!?」
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