奇獣・百々目鬼

第070話 奇獣・百々目鬼(1)

 ──時は、ほんの少し遡る。

 長崎県の各地に下僕獣が顕現する中、県の中枢を担う県庁舎裏の芝生広場に、奇獣・百々目鬼が顕現。

 港湾部の警戒に当たっていた四十八人の警察官と、その指揮を執る警部補は、全身に百の眼球を持つ百々目鬼の眼力……という名の念動力に、拳銃の一斉射撃を防がれてしまう。

 弾丸一発一発を百の目の眼力で食い止め、地に落とす百々目鬼。

 つまり百眼の百睨みで、百人の脳ないし心臓を一気に破壊できるという代物。

 港湾部の警邏隊たちの間に絶望が蔓延する中、不意に現れたのが陸軍研究團・異能「目」こと、シー・ウェスチ。

 シーは警察官たちに背を向けて百々目鬼と向かい合い、己の眼鏡を外す。

 その裸眼を見た百々目鬼は、顔の中心にある単眼を大きく見開き、あからさまな動揺のしぐさを浮かべた──。


「…………!」


「にっししししし! これであちしが異眼仲間だと、わかってもらえたでしか?」


 再び眼鏡をかけ、白い歯を上下噛み合わせた笑顔を浮かべるシー。

 それを受けて百々目鬼、うんうんと頭部を上下に揺らす。


「……………………」


「……ほうほう。お嬢ちゃんは、百々目鬼ちんというのでしか。あちしはシー・ウェスチでし」


 それからしばらくの、シーと百々目鬼の見つめ合い。

 口のない百々目鬼の意思を、シーは目で語り合った。

 県警の一群は、そのなりゆきを拳銃を構えて凝視。

 ほどなくシーが不敵な笑みを浮かべて、警邏隊へと顔を向けた。


「にししっ♪ 百々目鬼ちんと話ついたでしよ。彼女、遊びにつきあってくれたら、撤退すると約束してくれたでし」


「あ……遊び?」


 警部補が一歩前へ出て、代表してシーへと対応する。


「……あの妖怪と、会話できたのか?」


「まあ、おおよそでしな。目は口ほどにものを言う……でし。にしししっ!」


「そしてあんたは、各地で確認されている、バケモノと戦っている女の仲間……か?」


「でしでし。であるからしてー、あちしと百々目鬼ちんの遊びが終わるまで、発砲は控えるでし。邪魔した者は、百々目鬼ちんが心臓を破裂させるそうでし」


「げっ……。ならばいまは、あんたに頼るしかあるまい」


「ご協力感謝でし。ではでは百々目鬼ちん、ゲーム開始でしよー!」


 シーが警察官たちに背を向け、再び百々目鬼と対峙。

 百々目鬼が視線を合わせ、両掌を空へ向ける。

 直後、シーと百々目鬼のちょうど中間地点に、上空から赤茶色に錆びた、直径五〇センチメートルほどの鉄球が落ちてくる。

 鉄球は地上へは衝突せず、地上から五〇センチメートルの高さで静止。

 その鉄球を見て妖怪に詳しい巡査が、警部補へ向けて高い声を上げた。


「あ、あれは…………おおてつだまっ!」


「……なんだそれは?」


「知らないんですかっ? 警部補がよく行ってるパチンコ屋の隣りに飾ってある、詳細不明の鉄球ですよっ!」


「……あんなもんあったか?」


「四百年前からあるんですよっ! 使途不明の、あの鉄球がこの地に! 一説には、島原の乱の一揆軍へ撃ち込む砲丸だったとか……」


 大波止の鉄玉。

 別名、長崎の鉄玉、大波止の鉄砲玉。

 一六〇〇年代中期の当地の鋳物師いもじ鋳造ちゅうぞうという記録はかろうじてあるものの、製造の経緯、使途がいっさい不明の、謎の遺物。

 製造時期から、島原の乱の一揆軍攻略の弾丸とする説も古くから伝わっているが、実際のところは不明。

 令和四年現在、長崎市の元船町自治会公民館敷地内に保存されているが、奇縁にもパチンコ店が隣接しているため、そちらのオブジェのような印象がある。

 その大波止の鉄玉が、百々目鬼の念動力によって飛んできた──。


「……………………」


 次にその上空へ、直径二メートルほどの青銅製の大鐘が現れる。

 それが宙で三つに分身し、並んで降下。

 中央の鐘が大波止の鉄玉を覆い隠し、地上三〇センチメートルの高さで静止。

 造形がまったく同じ大鐘が、真横に等間隔で三つ並んだ格好。

 それを受けてシーはその場にあぐらをかき、ニヤリと笑う。


「始めていいですよ、百々目鬼ちん」


「……………………」


 百々目鬼が単眼を細めたのちに、こくんと頷く。

 同時に三つの大鐘が、等間隔を保ちながら、高速で位置を入れ替える。

 衝突しないよう弧を描きながら移動しつつ、無音で入れ替わる大鐘。

 やがて大鐘の移動が終わり、それを受けてシーが右手を上げた。


「……でし!」


 シーの正面に並ぶ、まったく同じ造形の大鐘三つ。

 その右端の大鐘を、シーは人差し指で指さした。

 指定された大鐘がゆっくりと一メートルほど上昇し、その中から、大波止の鉄玉が現れる──。


 ──パシュッ!


 小さく鳴る、水風船が破裂するような音。

 百々目鬼の左足の裏から、瘴気による黒い流血が生じ、地を伝う。

 膝を曲げて左足の裏を見た百々目鬼は、そこにあった百眼のうちの一つが潰れたことを知る。


「……………………」


「にししっ……悪いでしな。あちしのこの眼力、戦姫補正とやらが働いてるらしくて、絶好調なんでしよ。もちっと念動力気張らないと、このまま百連敗でしよ?」


「…………!」


 シーの言葉を受けて、再び鉄玉が大鐘の中に隠れた。

 そして三つの大鐘が、高速で位置を入れ替え始める。

 いまここでなにが起こっているかを、警部補がいち早く察した──。


「す……スリーシェルゲーム!」


 ざわつく警察官たちを代表して、妖怪博士巡査が警部補へ質問。


「そ、それって……なんですか?」


「知らないか? 並べた三つのカップの一つに、当たりを示す役物を入れてな。ディーラーがカップをすばやくシャッフルして、プレーヤーが役物の位置を当てるギャンブルだ。日本じゃマジックや大道芸扱いなんだが、海外じゃメジャーな路上賭博だ」


「……詳しいですね。警部補が暴力団の賭場に出入りしてるって噂……もしかして本当ですか?」


「いっ……いまはそんなことどうでもいいだろっ! 要するに、あいつらはそのスリーシェルゲームで戦ってるってことだ! 眼鏡の女が一勝して、妖怪の目が一つ潰れた……。つまり、レートは一戦につき目一つ…………ああっ!?」


 そこまで言った警部補、周囲の警察官の人数を目で数え始める。

 数え終わる前に、シーが振り向かないままで、警部補へと話しかけた。


「……にししっ、そうでしよ。これはあちしと百々目鬼ちんの、スリーシェルゲーム百戦勝負。賭けているのは百々目鬼ちんの百眼と、ここにいる警察官プラスあちしの両眼、計百個!」


「げええぇええーっ!」


「あちしが外したら、ランダムでだれかの目が一つ、潰れるでし。にししししっ!」


「ふっ……ふざけるなっ! 勝手に俺たちを、ギャンブルの種銭たねせんにするなっ!」


「おやおや。あちしの介入がなければ、ここにいる全員、百々目鬼ちんから心臓を潰されていたんでしがねぇ? 個人的には、百々目鬼ちんのほうが気が合いそうでしし……。やめてもいいんでしがね?」


「いやいやいや……それは困るっ! 別居中とはいえ、一応俺にも妻子がいるんだ! 力を貸してくれっ!」


「だったら腹を据えて、静観すべきでしなぁ。あちしらはわざわざ異世界から助けに来ているんでしから、この世界の公僕にもギリギリまで踏ん張ってもらわないと、モチベ保てないでし。にしっ!」


「一世一代の外ウマ(※1)に乗れってことか……。わかった! ここにいる全員の目……賭けてやるっ!」


「にしししっ! そうこなくては……でしなぁ! こっちが潰される目はランダムでしから、最初に潰される目があちしかも……ってことも、ご承知おきをば!」


 拾体の下僕獣対、異世界の戦姫──。

 互いに百個の眼球を賭けた、異例のギャンブルがいま、幕を開けた。



(※1)ギャンブルの観戦者が、任意のプレーヤーの勝利に賭ける行為。観戦者同士の賭け事のケースが主だが、プレーヤーに投資する格好の外ウマもある。

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