第064話 剣獣・武蔵(5)
抜剣の終わりと同時に、切っ先まで錬成される半月刀。
フィルルはその刃を顔の正面で交差させ、糸目をさらに細めて笑む。
「まあ……。なんと美しいフォルムの刃……。
人差し指の腹で、刃がついていない側……
それから胸の前で両腕を交差させ、半月刀を水平に並べる。
湾曲した刃を上にして二振り並ぶその刀は、フィルルの下弦の糸目が、そのまま刃と化したよう。
闘気を新たにしたフィルルの眼光がきらめくと同時に、半月刀も光沢を走らせた。
「武器の交換はアンフェアですが、この世界の民からの贈り物とあらば、存分に振るうのが礼儀というもの……クスッ♥ では……あらためてっ!」
フィルルが意気揚々と、武蔵へと真正面から挑む。
武蔵は上げたままだった右足を力強く下ろし、アスファルトへ軽くめり込ませる。
その場で鉄棒を縦と横に構え、攻守一体の姿勢で対峙。
──シャッ……ギンッ!
「ヌうっ!?」
宙を
武蔵はかろうじてそれを、縦に構えた右手の鉄棒で弾く。
──シャッ……ピッ!
刹那、武蔵の左頬に横一直線の刀傷が刻まれる。
深くはないが、黒い瘴気が血しぶきのように飛び散って、宙で霧散。
武蔵、左手の鉄棒を水平に振り、フィルルの細い腰を砕こうとするも、フィルルはすでに間合いの外。
再び糸目状に半月刀を構えたフィルルが、余裕の笑み。
「この剣……恐ろしく軽量にして頑強っ! それにこの美しい湾曲がリーチを稼いでいますっ! まさにわたくしのために誂えられし剣っ! ステラとの再戦は、この双剣で挑みましょう!」
フィルルの意識はすでに目の前の武蔵になく、いつか再び刃を交じらわせるであろう、
ステラもその覇気に呼応し、
「……わたしの助けは、無用のようですね」
武蔵はフィルルのリーチと俊敏さに、剛力で対抗。
再びその刃を折らんと、腰と手首の捻りを乗せて、鉄棒を振るう。
しかしフィルルはそれを棟で受け、五分に渡り合った。
「……なるほど。片刃の剣は、攻守にメリハリがあるのですね。そして湾曲が生むしなりが、衝撃を散らしていますわっ!」
刃と棟、上弦と下弦の湾曲。
フィルルはそれらを小器用に使い分けて、徐々に武蔵を押し始める。
フィルルの剣筋に異世界特有の癖があることも手伝って、受け損ないによる浅い傷が、武蔵の随所に生じ始める──。
「せえいっ!」
──ザシュッ!
ついにフィルルの刃が、袈裟斬りで武蔵の体へと入り始める。
武蔵はそれを浅い刀傷に抑えるべく、背後へと低い跳躍。
好機と即断したフィルルはあえてそれを追わず、その隙に全身のバネを一気に縮め、右足を力強く踏み出す──。
「
逆手で棟を水平に振るう、派生の剣技。
受ける武蔵の鉄棒が力負けし、二本とも中ほどから破断──。
「グぬうっ!」
その展開を確信していたフィルル。
迷わず今度は左足を踏み出し、広げきった両腕を、内側へと勢いよく振る──。
「
刃の湾曲により、さらにリーチを増した大技。
武蔵の腹部へ、裂傷を水平に刻む。
臓物の代わりに、細長い黒き瘴気がずるりと地へと落ちる。
しかし武蔵、なおも膝は曲げず、足の指でアスファルトを抉って掴み、倒れず。
痛みを握力に変え、半分の長さになった鉄棒を両手で構える──。
「……ふぅ。その武と闘への固執。尊敬すべきか呆れるべきか、迷うところですわ」
苦笑から溜め息を漏らしたフィルルが、背筋を伸ばして剣を左右に開いた。
「ですが、遠距離からチクチク攻めていては、しっぺ返しを食らいそうな気配。一気に決めさせてもらいますっ!」
フィルルは双剣の高さをやや不揃いにし、肘を引いた姿勢で武蔵へと猛進。
武蔵はその場を動かず、二本の鉄棒を頭上に掲げる。
その構えを見て、思わずステラが叫んだ──。
「フィルル! 奴は己を刺突させ、あなたの頭を砕く気です! 止まるのですっ!」
その必死の叫びにも、フィルルの脚は止まらない。
異なる世界の武人同士が、最後の一撃を繰り出す──。
──ガッ…………ドスッ!
フィルルの脳天目掛け振り下ろされた、武蔵の右手の鉄棒──。
それをフィルルの左手の剣が、殴打の直前に棟で受ける。
フィルルの刺突を弾くべく振り下ろされた、武蔵の左手の鉄棒──。
それは、フィルルが繰り出した右手の剣に、ほんのわずかに届かない。
刃を地に向けて放たれた半月刀の刺突が、武蔵の心臓を貫いている。
下方への湾曲が生んだ微差が、武蔵の鉄棒を届かせなかった──。
「剣技・
かつてフィルルの世界にて、蟲の軍勢を率いた個体・
ニセハナマオウカマキリに似たその個体は、まるで
その触角をモチーフにした、攻守一体の刺突技。
武蔵は心臓を貫かれた瞬間、下僕獣としての命を終え、完全停止。
呻きすらも漏らさず、刃を受けた場所から黒い塵となって、長崎港の空へと消えていく。
フィルルは自分で切り裂いたスカートを拾い上げると、パレオのように腰に巻き、下着の露出を最低限にしてから、勝ち名乗り。
「陸軍戦姫團團長、フィルル・フォーフルール。異なる世界にて、まずは一勝……ですわ! オーッホッホッホッホッ!」
──わああぁああぁああーっ!
武人同士の死合いを制した若き双剣使い・フィルルへ、ネット上で賛辞が渦巻く。
女神大橋のバリケード前で観戦していた市民たちからも、惜しみない賛辞と拍手、そしてファンファーレ代わりのクラクションがけたたましく鳴り響く。
高笑いののちフィルルは、双剣を器用に縦回転させたのち、鞘へと納め──。
──ガッ! ガッ!
──カランッ! カランッ!
湾曲している半月剣が、ストレートな長剣用の鞘に収まるはずもなく、先端が入ったところで反発し、アスファルト上へと跳ね落ちた。
「……あらイヤですわ。最後に締まらないところを。元の世界へ帰ったら、さっそくこの剣に合う鞘を誂えないと──」
──そのフィルルの眼下で沖へと進む、護衛艦やはぎ。
香焼島北部付近に差し掛かったところで速度を落とし、先行している
「か……艦長……。これは……ヤバいですよ……」
「どうしたっ!?」
「
「なにっ? どういうことだ?」
「本来頭と尾がある場所からも、足が生えているんです。あいつ……六本足です!」
「なんだって!?」
「代わりに、胴体底部中心に口らしきものが確認できます。これが恐らく頭部かと」
「むちゃくちゃだな……。本艦の
「水上特攻がダメなら
「政府の非常災害対策会議は招集されている……が、いつ、なにが決まることやら。それまで県は、県警以外は動かせんだろう。佐監の艦艇もまだ動いていないが、こんごうクルーが救助活動に備え、車両で
「頼もしきは、現場の人間の判断……ですね」
不服そうにそうつぶやいた砲雷長が、モニターへと険しい顔を戻した──。
(※1)
(※2)「佐世保地方総監部」の公式略称。
(※3)「三菱重工業長崎造船所」の略称。
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