第062話 剣獣・武蔵(3)

 ──女神大橋西側。

 避難車両の渋滞が、そのままフィルルと武蔵の交戦を見物する野次馬と化す中で、重い金属音が響いた。


 ──ゴオンッ!


 突如宙から降ってきた、蒼い球体。

 それが渋滞の先頭で止まる、白いワンボックスカーの屋根ルーフでバウンド。

 屋根ルーフを激しくへこませてから、橋の上へと跳んでいく。

 野次馬として車から降りていたスキンヘッドの運転手が、愛車の損壊を見て嘆き。


「うわああぁああっ! 買ったばかりのアルファードがああぁああっ!」


「ぷっ!」


「おい警察! 拡声器で吹きだすんじゃねえっ!」


 蒼い球体の正体は、本陣からはせ参じたステラ。

 死神の鎌デスサイスを小柄な体の背に構えて、フィルルの背後へと、身を屈めて降り立つ。


「……交代です、フィルル」


 フィルルはその声を背に受けて、刃渡り十センチ未満となった双剣の柄を、なおいっそう固く握り締める。


「……フン。戦の場では團長とお呼びなさいな、副團長。それにわたくしは、まだまだれますわ」


「あなたがいま、相対している敵……。お師様が言うには、この世界最強の武人、その複製だそうです。その剣の欠片で、なにができるのです?」


「フフッ……相変わらず、わたくしを焚きつけるのがお上手ですこと。最強の武人と言われてはなおのこと退けぬのに、その複製とあらばもう……退けば生き恥ではありませんか」


 それまで前かがみで構えていたフィルルは背筋を伸ばし、刃をわずかに残した双剣で、己のスカートを腰回りで裁断し始める。

 その異様な光景に、ステラが丸く口を開け、わずかに狼狽──。


「フィルル、なんのつもりです?」


「ステラ……。わたくしとあなたが本気で刃を交わらせた、入團試験の戦姫の回廊……覚えていて?」


 戦姫の回廊。

 正方形を縁取りした土石製の回廊の上で行われた、二対二のチーム形式武技試験。

 戦姫團受験者の二強、フィルルとステラの直接対決の戦場。

 ステラはその小柄な体躯を無視した不条理なリーチの剣技でフィルルを追い詰め、フィルルが起死回生の一撃として放った大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュすらも、奇策で破った。

 フィルルは当時の様を回顧し、振り向くことなくステラへ言い放つ。


「あの場であなたは、わたくしの剣を破断して勝利を収めた。けれどいまこの戦場には、武器の損壊により退場……などという温いルールはありません。あるのはただ、強者が生き、弱者が死するという……ごく単純なルール」


「言わんとすることは、わかります。ですが部隊の入れ替えもまた、戦の場における戦術。いまは殿軍でんぐんを要する状況ではありません」


 殿軍でんぐん……殿しんがり

 敗走の将を生かすために、捨て石となって追撃の足を遅らせる部隊。

 その説諭を受けてフィルル、ようやくステラへ振り向き、肩越しに鼻で笑う。


「……フン。あなたはあの、過酷な入團試験で……。そしてそれを勝ち抜いた同胞との訓練の日々で……。いったいなにを見てきましたの?」


「……なんのことです?」


「モーニングスターの鉄球部を、無理くり投擲武器に作り変えたディーナ。鉄球部を直に握り締めて殴打に用いたナホ。そして……鉄球を捨てて柄を繋ぎ合わせ、二節棍を生み出した奇人中の奇人、あなたの師匠」


「……フィルル! お師様の悪口は、上官と言えども許せませんっ!」


「クスクスッ……褒めているのですわ。戦場において機転、そしてその経験則は……大いなる戦力だと!」


 ──ビリッ!


 スカートを根こそぎ裁断し、白い太腿と、細かい装飾が施された黒い扇情的なショーツが、武蔵、そして市民に惜しげもなく晒される。


「……フィルル。色仕掛けが効く相手とは思えません」


「存じています。これはただ、武具を調達したまでです」


「武具……?」


「わたくしは戦姫の回廊での戦いにて、あなたの剣の不自然なリーチを、蛇腹剣によるものでは……と、にわかに疑いました。実際は違いましたが、のちのちに、ならばわたくしが蛇腹剣を取り入れれば……と、考えたのです」


 ──ガチッ! ガチッ!


 フィルルは柄の側部にあるスライド式の固定機構ロックを、親指の薄紅色のマニュキュアが剥げるほどに、力強く両手同時に解除。

 次いで、柄を握る位置を半手分下げる。

 柄の半分ほどが、カタカタと蛇腹状に展開し、伸び始める──。


「──フィルル! それはっ!?」


「あなたと再び刃を交わらせるときのために用意した、特注の剣。試作品では、刃を蛇腹状にしてみましたが、それでは強度が落ち、あなたの死神のデスサイスを受けきれない……。そこで柄のほうに、蛇腹のギミックを仕込んだのです」


「なるほど。あなたの常人離れした握力ならば、柄は半分握れればよいですから。では、スカートを割いた意味は?」


「気休めの目くらましですわ。わたくし以前、毒チョウの胴体だけを両断し、鱗粉の飛散を防いだことがありますが……。あの武人ならば、ハエで同じことができるでしょう。ゆえに、少しでも刃のありかをわかりにくく……と思いまして! ハアッ!」


 裁断したスカートの生地を両手の刃に差し、絡めるフィルル。

 海上の橋の上でそれが、強めの潮風を受けて、吹き流しのようにはためいた。

 フィルルは弧を描くように武蔵の周囲を駆け、蛇腹の機構で伸縮する剣を振るう。


「大動脈、喉笛、心臓……。いずれも刃渡り十センチもあれば、十分達しますわっ! せえいっ!」


 ──シュッ! シュッ!


 時間差で武蔵へと迫る、変則的な二本の蛇腹剣。

 それにまとわりつく白銀の生地が太陽光を反射し、刃を見にくくする。

 それでも武蔵は、二つの刃を的確に鉄棒で弾き返す。


 ──キンッ! キンッ!


「ヌうっ!?」


 弾いた刃が、スカートの生地を広げて飛翔。

 一瞬、武蔵の眼前を覆う。

 刹那──。

 生地の向こうから長い刃が、武蔵の心臓を目掛けて宙を直進。

 武蔵が大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュを破った際に地に落ちた、フィルルの双剣の刃。

 その片割れを、駆けるフィルルが拾い上げ、刃の腹を器用に指で挟んで投擲。

 武蔵はとっさに鉄棒を胸元で交差させ、それを弾く。


 ──キィンッ!


 次の瞬間。

 武蔵の太い首へ、左右から蛇腹剣が同時に突き刺さった──。


「剣技! 大蟷螂噛砕ジャイアントマンティスバイトっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る