第061話 剣獣・武蔵(2)
──女神大橋。
この日の午前中に愛里たちが通り、先ほどまで市外や県外への避難車両が並んでいた橋の上にいま、車の姿はない。
阿鼻亀や烈玖珠の接近を受け、長崎県警により両端で通行規制が行われている。
中央線を横断して停車する警察車両と、金属製の蛇腹式バリケードが道を塞ぐ。
橋東部に県外への高速道路があるため、そちらから西部へ移動しようとする車はないが、橋西部には高速道路目指して東部へ渡ろうとする車がバリケード前で大渋滞。
車両の数台がクラクションを激しく鳴らし、窓を開けて警察官に罵声を浴びせる。
「道を開けろーっ! 警察は市民を見殺しにする気かーっ!」
対する警察官は、拡声器で必死にUターンを促す。
化獣・六日見狐が出没中の小榊方面、蟲獣・安楽女が出没中の神ノ島方面への道路も規制されているため、迂回路もない。
「ですからいま、女神大橋へは怪獣が接近しており、かえって危険ですっ! 大瀬戸方面から西海市経由で県北へ避難してくださーいっ! 西海橋付近の怪獣はもう倒されましたーっ!」
「怪獣まだそこまで来てねーんだろっ!? だったら俺ら何台かだけでも渡らせろっ!」
バリケード直前の白いワンボックスカーから顔を出した、スキンヘッドに髭の中年男性がしつこく食い下がる。
Uターンの場合、自分が列の最後尾になってしまうため、必死の抵抗。
県警も例外は作れじと、拡声器での注意喚起で厳しく対抗。
そのとき──。
──タタタタタタ…………ザッ!
女神大橋をくぐり始めた護衛艦やはぎのブリッジ表面を駆け上がり、フィルルが高々と跳躍。
警察官たちから見て橋の左側から現れ、アスファルトの上へ軽やかに着地する。
──トッ……。
「フフッ……。異世界の新造艦、まあまあの乗り心地でした。しかし、広き間合いの双剣使い対決には、いささか不足ですわ」
すぐに女神大橋をくぐり終えた護衛艦やはぎ。
頭上に消えたフィルルの気配を、橋の下から顔を上げて追っていた武蔵も、ブリッジを駆け上がり跳躍。
警察官たちから見て橋の右側から現れる。
「……ふんッ!」
──ズンッ!
全長一キロメートル強の橋全体をわずかに揺らす、重々しい着地。
武蔵はゆらりと腰を伸ばし、両手に握る鉄棒を頭上で交差させた。
先端まで闘気と殺意をみなぎらせた鉄棒は、完全に武蔵の一部。
フィルルはその姿の背後に、己の世界で戦った巨大カマキリ、蟲の幻影を見る。
「フフッ……。元は、さぞかし名のある武人だったのでしょうね。ならばわが秘剣で、その顔移しから解き放ってさしあげますっ!」
フィルルが優雅な所作で数歩移動し、片側二車線、計四車線を区切る中央分離帯を、長い脚を広げて跨ぐ。
武蔵を正面に見据え、体の前でスッ……と、静かに双剣を交差。
それから関節という関節をギチギチと擦らせて、全身のバネを縮めていく──。
「この橋の幅……八メートルといったところでしょうか? 戦姫補正を加味すれば、すべてがわたくしの間合いっ! そして左右は海っ! 潔く正面から、受けていただきましょうか!」
「ニぃ……!」
体を球体のように縮めていくフィルル。
戦姫團入團後、苛烈な鍛錬によって肉体のポテンシャルをいっそう引き出した。
いまだステラ以外には破られていない、人類の限界に肉薄した、双剣の居合斬り。
武蔵は不敵に目を細めて笑み、食いしばった黄色い歯を見せて、受ける構え。
フィルルが力強く左足を一歩踏み出し、前傾姿勢で全身のバネを伸ばす──。
「──剣技ッ!
双剣が水平に
巻き込まれたガードレールと、歩行者用通路の落下防止用フェンスが無数に刈り取られ、左右の海へと落下していく。
武蔵、己に迫る二振りの刃へ、頭上に掲げていた鉄棒を渾身の力で振り下ろす。
「ヌんッ!」
──ガギイイィイイィイインッ!
つんざく金属音。
震える周囲の大気。
アスファルトに深くめり込む、武蔵が持つ二本の鉄棒の先端。
斬撃を出し終え、左右に大きく開いたフィルルの両腕。
そこに握られている双剣は、いずれも刃を三分の一ほど残して断裂している──。
「……なっ!?」
信じられないといった様相ありありのフィルルが、自慢の糸目を薄く開く。
「わたくしの
「ニいぃ……!」
フィルルの動揺を受け、武蔵が勝利の手応えに満ちた笑みで、顔の皺を歪ませた。
そして次の瞬間、武蔵が俊足でフィルルに襲いかかる──。
「くっ……恐るべし猛者! さすが戦姫発祥世界の武人っ! なれど……それを超えてみせることが、わたくしたちの世界を救った戦姫への恩義……儀礼っ!」
フィルルはほぼ短剣と化した双剣で、武蔵の両手の鉄棒をかろうじて食い止める。
同時に武蔵の腹部へ、長い脚で力強い蹴り。
鉄板のように固い腹部の筋肉へは、ダメージは皆無。
すぐにフィルルは蹴りの反動を利用して、後方へ跳び、距離を取る。
しかし読んでいた武蔵、低い跳躍で鉄棒での追撃。
とっさに受けたフィルルの双剣の刃がさらに欠け、いよいよ短剣以下のリーチへと落ちぶれる──。
「これは……さすがにピンチですわねっ! ですがわたくしは、ピンチをねじ伏せて進化してきた女……。これもまた……試練にして好機っ!」
フィルルはほぼ刃を失った双剣の柄を固く握り直し、勝機を模索。
異なる世界、異なる時代、異なる性別……の両武人の激しい攻防を傍観している警察官は、悪態をついていたドライバーへ向けて、拡声器で厭味ったらしく一言──。
「なっ? 渡らなくてよかっただろ?」
「勝ち誇るなっ!」
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