剣獣・武蔵

第060話 剣獣・武蔵(1)

 ──長崎港沖の阿鼻亀へ艦首を向ける、新造もがみ型護衛艦。

 命名式を翌日に控え、艦尾に書かれた艦名を横断幕で隠したままの姿。

 進水式、命名式の打ち合わせに、佐世保地方隊から当地を訪れていたわずかな乗員で、非武装での無謀かつ無許可の防衛活動に当たる。

 艦内の戦闘指揮所CICにて、艦長から砲雷長へ指示──。


「OZZ-5、ならびに水上無人機USV、用意!」


「了解! OZZ-5、水上無人機USV、用意!」


 自律型水中航走式機雷探知機・OZZ-5。

 全長約四メートルの、まっ黄色なボディーの水中無人機UUV

 製造を担当している三菱重工業ではロボットに区分されている。

 音波で機雷探知や地形解析を行い、水上無人機USVを中継して護衛艦へデータを送り、各種数値や簡易的な立体映像を表示させる。

 もがみ型護衛艦すべてに配備される計画で、その運用試験、改良試験は、いま海獣・磯撫が顕現している大村湾の、南部の入り江で行われている。

 ほどなく艦の側面からOZZ-5、艦尾から水上無人機USVが着水。

 それを確認した艦長が、胸の奥から熱い息を漏らした。


「ふーっ……。探知機が積んであったのは、幸いだった。これの製造もテストも長崎の三菱でやっておるからな。まずはあの怪物ガメ……いや、をよく確認すべき……か」


 あくまで災害派遣に備えるという体の艦長。

 政府や行政の判断を待たずに行える、せいいっぱいの防衛活動。

 それでも厳罰、あるいはそれ以上の処分は免れない。

 そんな立場の艦長を慮り、OZZ-5用のディスプレイを監視中の砲雷長がおどけてみせた。


「機雷探知機、魚雷代わりになりませんかねー? カメの頭に、ズドーンと勢いよくぶつけたら?」


「ははっ。コツンとぶつかって、故障して終わりだ。それは砲雷長のおまえが、一番わかっているだろう。あの探知機を見て、『日本による魚雷攻撃だ!』と騒ぎ立てそうな国なら、いくつもあるがな」


「まったく面倒なことです。面倒と言えば……」


「……うん?」


「そろそろには、下艦願いたいものですね」


「そうは言っても、もうふねは出た。下りろと言っても、すなおには聞くまい」


 ──艦首付近で、双剣と二本の鉄棒を交わらせる、フィルルと武蔵。

 のちに5インチ砲が備え付けられる予定の甲板で、互いの力量、間合いを推し量るべく、浅い踏み込みで得物をぶつけ合う。

 にわかに席を立った艦長と砲雷長が、ブリッジの窓からその様子を観察。

 真剣を握ったことがない二人にも、それが命を懸けた剣豪同士の戦いであることが、フィルルたちの腕力、剣筋、位置取り、そして険しい表情から伺えた。


「……艦長。侍みたいなほう、まるで宮本武蔵ですね。二刀流で、猫背で……。ああっ、そう言えばあの男、戦艦武蔵を建造した第三船渠から現れましたよっ!」


「ほお。じゃあ相手をしている女は、エセックス級(※1)か?」


艦載機飛び道具を持っていたら、そうなんじゃないですかね。艦長、どちらが勝つか、晩メシ賭けませんか?」


「本艦には、食材積んでいないぞ?」


「当然、降りてからですよ。美味い長崎ちゃんぽん出す店連れてってやるって、言ったじゃないですか。ほら、みょうこう乗ってる奴の実家だって」


 砲雷長の「降りてから」。

 互いに生きて帰ることを、暗に示している。


(あの巨大なカメの頭部を探知機で把握し、状況によっては皆を退避させ、俺一人舵を取って頭突きラムアタック……。こいつには読まれていたか)


 もがみ型護衛艦は、従来の護衛艦より少人数での航行が可能な設計となっている。

 諦観を含んだ穏やか笑みを浮かべて、艦長が返答。


「……ああ、言ったな。じゃあ俺は、エセックスに賭ける。おまえは武蔵だ」


「おや? 彼女、艦長のタイプですか?」


「そうだな。あの常に微笑んでいるような、細目がいい」


「おやおや。奥さんに言いつけますよ? まだ会わせてもらってないですけど」


「構わんよ、ふふっ」


 艦長室。

 その机上の奥に立つ、家族写真を収納した木製フレームのフォトスタンド。

 艦長の隣には、フィルルのような下弦の糸目を持つ、穏やかな表情の女性が立つ。

 そしてその顔を色濃く受け継いだ幼女が、艦長の胸に大切に抱かれている──。


 ──ガキイイィンッ!


 残響激しい金属音を高鳴らせて、フィルルと武蔵の武器が勢いよく衝突。

 跳躍した武蔵による両手の鉄棒振り下ろしを、交差させた双剣で受けるフィルル。

 衝撃でそれぞれ後方へ弾かれ、左舷と右舷に分かれて着地。

 互いに互いの力量を噛みしめるかのように、震える手で得物を握り直す──。


「くっ……! ギナさん(※2)の仕込み剣を、はるかにしのぐ剣圧っ! それが両腕っ! この戦姫補正という力がなければ……いまので終わっていましたわっ!」


 フィルルの双剣の刃全体を、うっすらと包み込む青白い光。

 異世界を救うために召喚されし乙女──戦姫の証。


「そう言えば、この艦……。どうやら新造艦のご様子。なれば先に、片づけておかねばならぬ用が一つ……クスッ♥」


 フィルルは上品にひとほほ笑みすると、網目のスリットが随所にあるスカートをたなびかせて、左舷から艦尾へと駆ける。

 武蔵もそれを、艦橋を挟んで右舷から追う。

 一足先に艦尾に達したフィルル、落下防護柵に結ばれている二本のロープを、双剣で同時に切断──。


「名無しでは、勝利の名乗りも上げられませんものねぇ、おふねさん。ウフフッ♥」


 命名式でのお披露目まで、艦体にしたためられた艦名を隠していた無地の垂れ幕。

 それを繋いでいたロープが切られたことで垂れ幕が落ち、艦名を披露──。


 ──やはぎ。

 もがみ型護衛艦五番艦。

 あす二〇二二年六月二十三日に進水式、命名式が執り行われる予定だった新造艦(※3)

 武蔵がすぐに艦尾へ現れ、二人は再び対峙。

 日本の最新護衛艦の艦上で、まだ航空戦もない世界からきた女傑が、凛々しい笑顔を浮かべ、口紅鮮やかな唇を開いて、える──。


「わたくしは、フィルル・フォーフルール! 陸軍戦姫團團長っ! 恩義ある者の世界を蹂躙する不逞の輩は……遠慮なく破断いたしますっ!」





(※1)太平洋戦争時、シブヤン海海戦で戦艦武蔵を沈没に至らしめる艦載機群を運用した、アメリカ軍の空母艦隊。エセックスはそのネームシップ。

(※2)フィルル主役のスピンオフ作品「糸目令嬢剣戟譚」の登場人物。左腕の義手に剣を仕込んでおり、新造駆逐艦・メープル艦上での剣戟でフィルルを苦しめた。

https://kakuyomu.jp/works/16817330649424280144

(※3)防衛省海上自衛隊公式チャンネル【艦Tube】命名式・進水式解説してみた!

https://www.youtube.com/watch?v=zDljtMmzd-Y

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