霊獣・精霊風

第057話 霊獣・精霊風(1)

 ──本陣への山道を戻るアリス。

 いましがたたおしたばかりの敵の獣臭が、ツンとその鼻を突く。

 陣営には、樹木に背をつけて座り込み、足を伸ばしてスマホをチェックする愛里。

 そのわきにあぐらをかいて、スマホを覗き込む巫女装束の六日見狐。

 自分を散々こけにした敵が、愛里と仲良さそうにしている様を見てアリスは脱力。


「愛里……。戻ったわよ」


「……おお、アリスお疲れ。アンタは負けないって、信じてたわよ」


「当然です。ところで……どうしてそこの狐女、仕留めていませんの?」


「んー……捕虜。わけはあとで話すけれど、いまんとこ無害だから安心して」


「ですが、野放しというのは……。せめて縄で縛り上げては?」


「なんにでも化けられる奴縛っても、意味ないっしょ?」


「……もっともですね。その女の奇術に、辛酸を舐めさせられてきたところです……はぁ」


 己のバニーガール姿を思い出し、アリスは深い溜め息。

 それから六日見狐の反対の位置で愛里に並び、立ったままで眼下のスマホをちらっと覗き込む。

 老眼の気があるアリスには、スマホのディスプレイはややぼやけて見える。


「……戦況はいかが?」


「んー……。いまのところ、こちらが一勝。エルゼルちゃんは蟲女相手に善戦中。百目っ娘、シャチ、ゴジラもどきは交戦前。武蔵は交戦開始。亀、サンショウウオは膠着状態。やや気掛かりなのは……三つ子ちゃんね」


「トランティニャン三姉妹? 敵は?」


「黒い瘴気背負ってる、音痴の美人。出回ってるのは出現直後の映像だけで、あとはずっと暴風雨だって。恐らく周囲の電波も遮断されてる」


 愛里が視線を下ろしているスマホには、長崎空港周辺に発生している、局地的な嵐の映像だけが遠巻きに映っている。


嵐を呼ぶものSTORM CAUSER……か。エグい攻撃してそうよね。これ、後ろの瘴気が本体……ってパターンもありそうだけれど、見狐みこちゃんどう?」


 愛里が黒目をスライドさせて、左隣の六日見狐へとフレンドリーに話し掛け。

 「見狐ちゃん」という聞き慣れない呼ばれかたをした六日見狐は、キツネ耳をピクンと一度震わせながら、愛里へとジト目を向ける。


「……儂を日本ペン習字研究会の看板娘みたいに呼ぶでない。そいつは精霊風シルフ精霊せいれいかぜ……と書いて、シルフと読む」


精霊風シルフ……。手前の女が精霊のシルフで、背後の瘴気は五島列島の妖怪、精霊風しょうろうかぜ……。言霊で繋げた、和洋折衷の下僕獣ってことか」


「さすが、サブカルに通じているだけあって、察しがいいのぉ」


「で、攻略法は?」


「捕虜の儂は、現在中立じゃ。ヒントは出せんぞい。というか、儂もほかの下僕獣のことは、名前くらいしか知らん。詳細は天国パライソの山田右衛門作のみぞ知る、じゃ」


「あら、そうなの。三つ子ちゃん、歌声で瘴気抑えてるけど、あと一声足りないって感じね。増援でラネット送りたいところだけれど、敵が多いいま、まだ伝令兵は欠かせないし……困ったわね」


 愛里は眉間を人差し指で繰り返し掻き、表情が険しくなるのをそのしぐさで鎮めながら思案。

 その頭へ、アリスが右隣から掌をポンと置いた。


「ならば楽隊長を呼び出しなさいな。彼女の指揮ならば、三つ子の歌唱の力を引き上げてくれるでしょう」


「なるほど……その手があったか! リム、楽隊長は描けるっ!?」


 ──陸軍戦姫團・音楽隊隊長、ヴェストリア・マーヴェリック。

 軍人としての厳格さ以上に音楽を敬愛し、「音楽堂においては團長よりも陸軍大臣よりも指揮棒タクトの指揮が優先される」と言い切るほど。

 スケッチブックと筆を構えて次の召喚者に備えていたリムが、記憶からヴェストリアの容貌を掘り起こす──。


「え、えっと……。わたしあまり接してないので、記憶に自信ないですけど……。なんとか描けると思います。それよりも、あの……」


「……なに?」


「絵の具、尽きそうな色が……ぼちぼち出始めました。色合いにもよりますけど、召喚できるのは、あと数人……くらいかと」


「……わかったわ。楽隊長呼んだら、あとは現戦力でやりくりしましょ。残りの絵の具は切り札……ってことで」


「わかりました。では、描きます」


 走り出したリムの筆が、ヴェストリアを思い出そうとして、しばしば止まった。

 それを見た愛里は、この戦いが既に折り返し地点にあるのだと感じる──。


「役者は揃った……ってことか」

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