第058話 霊獣・精霊風(2)

 ──大村市・海上自衛隊大村航空基地。

 トランティニャン三姉妹が霊獣・精霊風に向けて放つ引力光線により、精霊風の足元の草地が、徐々に陥没。

 風雨も局地的な引力に引き寄せられ、精霊風を軸に竜巻状になる。

 それでもなお精霊風の穏やかな顔は崩れず、破壊的な歌声による妨害電波ジャミングを継続。

 背後のドス黒い瘴気が放つ、悪天候と落雷も収まらない。

 風雨にさらされて、体温と体力を削られていく三つ子。

 精霊風の正面に立つカナンの声色が、徐々に衰える──。


「このままじゃカナンたち……あの音痴女に負けちゃうっ! イクサちゃん! シャロムちゃん! 声上げよっ! もっと元気に歌おっ!」


(そうは……言っても……な……。雨が酷すぎて、酸素が……。まるで水中のように、息が苦しい……)


(それに~ここにはぁ~。ファンの皆さんも、いませんしねぇ~。声援がないと~……モチベーション上がりませんねぇ~)


 イクサ、シャロムが、精神感応テレパシーでカナンに返答。

 あまりにもな豪雨で、周辺には酸素が乏しい。

 体内の酸素を温存するために、二人は声を出さない。

 精神感応テレパシーを受信しかできない末っ子のカナンが、息も絶え絶えに大声を張り上げる──。


「この世界のぉ……みんなぁ! カナンたちを……応援してぇ! カナンたちには、ファンの応援が……なによりの力なのぉ!」


 体内の酸素をほぼ使い切っての、カナンの懇願、哀願──。


 ──ゴロゴロゴロゴロ……ズズーンッ!


 それを雷鳴が掻き消す。

 精霊風の瘴気によって、電波による通信がすべて断たれているこの一帯。

 スマホでカナンたちの戦況を配信する野次馬もおらず、孤立無援。

 無支援の中で、異世界のために、天候を操る強大な下僕獣と戦うカナン三姉妹。

 その精神の支柱が、三本同時に折れ始める。

 カナンが声をかすらせて、がむしゃらに泣き叫ぶ──。


「いないのぉ!? この世界にぃ、カナンたち応援してくれる人……一人もいないのぉ~!?」


「……いやっ! いるぞっ!」


「えっ……!?」


 拡声器で増幅された、壮年の男の声。

 薄暗い暴風雨の中、海上自衛隊大村航空基地の司令が、拡声器を握り現れる。

 体の右手から襲い来る、風速四〇メートル近い風雨を受けて何度もよろけながら、司令がカナンの数メートル背後に立った。


「わたしはこの海自大村航空基地の司令! そしてきみたちの……この世界でのファン第一号だっ! きみたちの歌を……もっと聴きたい! ダンスを……もっと見たい! そのためならば……雨除けにも、風除けにも……避雷針にもなろうっ!」


「か、海軍の……司令……さん?」


「きみたちの……ユニット名は!? 個々の名前はっ!?」


「あ、えっと……。ユニット名は『トランティニャン・トリニティ』ですっ! カナン……あたしはカナンで、あっちはイクサちゃん、あっちはシャロムちゃん!」


「よーしっ! われわれ海自大村航空基地はぁ……『トランティニャン・トリニティ』を全力で推すぞおおっ! ちなみにわたしの個人的な推しはぁ……。八重歯がかわいい、イクサちゃんだああぁああぁああっ!」


「えっ……ええっ!? わたしぃ? 元の世界だと、人気最下位なのだがっ!?」


「だったらこっちで、一番人気のセンター取ってくれ! エルオーブイイー! イ・ク・サ!」


 司令が拡声器をペンライトに見立て、豪雨の中で決死のオタ芸を開始。

 落雷の発光と轟音の中で、両手両足をきびきびと直角に振り続ける。

 名指しを受けたイクサが、それを見て思わず頬を緩めた。


「ど……独特だな、こちらのファンのムーブは……。けれど……悪い気はしないっ!」


「さあおまえらも出てきて、あの子たちを応援せんかっ! 本来われわれは、あの子たちの盾になる身だぞっ! おのおの好みを子を……推してゆけええぇええっ!」


 司令の拡声器による絶叫を受けて、建物内からぞろぞろと隊員たちが現れる。

 そのほとんどが、司令の上官には逆らえないと出てきた烏合の衆だが、中には司令同様に、カナンたちに魅力を見出す者もいる。


「お……俺はシャロムちゃん推しっ! あの、マイペースのとろ~んとした語りで、囁き配信してほしいっ!」


「自分カナンちゃん推しでありますっ! まさに正統派アイドルといった愛らしさでありますっ! 自分のことを名前で呼ぶのも、ツボでありますっ!」


 司令をセンターに始まる、数人によるオタ芸。

 その背後には、声援のみながらもカナンたちを応援する隊員たち。

 それを受け、カナンたちの体表の端々に、青白い戦姫のオーラが生じ始める──。


「……イクサちゃん、シャロムちゃん! カナンたち……ファンのみんながいるなら、まだまだ戦えるよねっ!」


「ああ、もちろんだっ! この世界では、わたしがセンターをもらい受けるっ! 遠慮しないぞっ、カナンっ!」


「さっさと終わらせて~。この世界のファーストライブ、やっちゃいましょうね~」


 戦姫のオーラが、三つ子へと打ちつける雨粒を弾き始める。

 薄い膜を生じさせ、周囲の酸素を確保し、体温を維持させる。

 三つ子の歌唱が再開し、剣先から放たれていた引力光線の威力が盛り返す。

 その神秘的な発光に、司令が思わず言葉を漏らした。


「あ、あれはもしかして……。セントエルモの火……か?」


 セントエルモの火。

 船舶の船首やマストの先端に、青白い発光が生じる現象。

 悪天候や落雷に付随して生じた静電気がもたらす、人為的に再現可能な自然現象。

 しかしいまここで起きている青白い発光は、戦姫補正によるもの。

 三つ子より放たれる引力光線で、精霊風の体が膝下まで地面に陥没──。


「──イクサちゃん! シャロムちゃん! 雷くるっ! よけてっ!」


 戦姫補正を受けて鋭くなっていたカナンの感受性が、落雷を事前に察知。

 一旦歌唱を中断し、姉たちへその場からの移動を訴えた。

 頭上の暗雲のほうぼうで瞬いていた発光のうち、カナンの頭上にあったものが、稲光となって地上へと落ちる──。


「きゃああぁああぁああっ!」


 ──刹那。

 その落雷を上書きして、暗雲から地上へと光の柱が瞬時に立つ。

 目に優しく、刺激のない温かな真っ白い光が、カナンのすぐ背後へと着地。

 光の中から、戦姫團・音楽隊隊長、ヴェストリアが指揮棒タクトを左手に現れる──。


「──あらあら……。この悪天候の中で、これだけのファンを集めるなんて……。さすがですね、あなたたちは」


「がっ……楽隊長さぁん!」


「……ですが戦いの場ならば、歌うにもっとふさわしい楽曲があるでしょう。さあ、斉唱なさい! わが陸軍戦姫團が團歌、『乙女の結願けちがん』を──!」


「「「……はいっ!」」」


 異世界の暴風雨の中に現れたばかりのヴェストリアが、勇ましい表情を崩さず、力強く指揮棒を振るい始める。

 それを皮切りに、いまここに姿ない陸軍戦姫團・音楽隊の演奏が、辺りにフェードイン──。

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