化獣・六日見狐(前編)
第054話 化獣・六日見狐(1)
──ラネットの伝令が、戦姫たちの本陣に響く。
「空飛ぶ怪物……討伐っ! 死傷者なしっ!」
それを合図に、愛里を除く五人の戦姫と、相対する五体の六日見狐が激突。
六日見狐は衣装そのままに顔を愛里から地顔へと戻し、一本の尾を生やす──。
──ガキイイィン!
それぞれの六日見狐の尾が硬質化し、襲ってきた長剣、サーベルを食い止める。
その衝撃で両陣営は一旦間合いを取り、一対一で勝敗を着けるべく、五組があちこちへと散らばった。
場には愛里、そしていまだに愛里の顔のままの、巫女装束の六日見狐が残る。
一人と一体は、まだ刃を交わらせずに対峙。
愛里が余裕ある態度で口を開いた──。
「拾体の下僕獣とやら、これで九体ね。ふふっ……♥」
「空を駆る歪蛮が最初にやられるとは、意外じゃのう。お主らの仲間、やはり002がおったか?」
「ゼロゼロツー……?」
「お主らは、センキと言うのじゃろう? 戦いを忘れた現代人のために、戦っておるのじゃろう?」
「……ああ、『サイボーグ009』ね。わたしたちは戦機じゃなくって戦姫。機械の機じゃなくて、
「なんじゃつまらん。ところでお主はただの人間のようじゃが、このまま勝負を始めて大丈夫かの? 儂は攪乱要員ゆえ、お主らが混乱してくれれば殺生はせぬぞ?」
「心配無用。わたしほんの少しだけ、ただの人間じゃない……のっ!」
──スススススッ……!
両手で握った長剣を斜め下方へ構えた姿勢で、愛里の全身が真横にスライド。
残像だけをその場に並べて置き、六日見狐の視界から消える。
「なっ、消え…………上かっ!?」
瞬時に六日見狐の真上から現れ、剣を振り下ろして急襲する愛里。
六日見狐はバク転でかわしつつ、一瞬で生やした尾を硬質化させ、長剣を弾く。
──ガキイイィン!
一回転して着地した六日見狐の顔は、地顔に戻っていた。
それを見て愛里が、不敵な笑みでウインク──。
「そうそう、素顔で勝負してよね。わたし、自分と同じ顔した奴と戦うの、もうイヤなの」
「ぬうぅ……。テレ東版島村ジョーみたいなエフェクトで高速移動しおってからに。確かに……ただの女ではなさそうじゃのう」
「ちょいとわけあって、少しの間だけ人体のリミッター解除できるのよ。だから速攻でケリつけさせてもらうわっ! あと……」
「あと……なんじゃ?」
「……009じゃなくって、フランソワーズ希望なんだけどっ!」
「却下じゃ!」
──スススススッ……!
愛里と六日見狐が、残像だけを地表に並べて置き、飛翔。
周囲の樹上を高速で移動しながら、ぶつかり合う。
地上のリム、ラネット、トーンはその様を、あっけに取られながら見上げる──。
──ドッ!
数秒後、六日見狐が勢いよく垂直に落下。
背中を地面に強く打ちつける。
踵落としを出し終えた体勢の愛里が、二メートルほど間合いを置いて着地──。
「……ね? ちょっとだけ、ただ者じゃないでしょ?」
「し、信じられん……。特異な体質とはいえ、中年女が妖狐の儂から、ダウンを奪う……じゃと?」
「そっちにも理由あんのよ。アンタ六体の中で、ちょっと能力劣るでしょ?」
「ぎくぅ! な……なぜそれをっ!?」
「分身してアリス茶化してるアンタたちの中に、一体だけ、セリフにありつけないどんくさい奴がいたわ。それが巫女装束のアンタ。戦姫補正のないわたしは、さりげなくアンタを相手に選ばせてもらったの」
「ぬううぅ……目端の利く女じゃな。お主が
「だーからフランソワーズ希望だってば! まあそれはいいとして……ラネット!」
愛里が観戦中のラネットへ向き、ウインクをしながらある方向を指さす。
それを受けてラネットは無言で頷き、その指が指し示す方向へと駆けだした。
そして再び始まる、高速の樹上戦。
一人と一体が己が有する刃物をぶつけ合い、宙にその火花のみを描く。
──ガッ……! ガキッ……! カッ……! ガンッ!
周囲の木々が四方八方で揺れ、初夏の青々しい葉が無数に舞い散る。
愛里の刃が六日見狐の巫女装束の裾を裂き、六日見狐の尾が愛里の髪の端を刺突。
宙を漂う葉っぱに、衣類や頭髪が混ざり始める──。
「にょほほっ! 動きが落ちてきたのう! ほれほれ、もっと気張らんと、儂を振り切れんぞいっ?」
「ちいっ……!」
幹を蹴って跳躍した愛里が、進行方向にある太い枝を掴もうと左腕を伸ばす。
そのわきを六日見狐が先んじて移動し、尾で枝を付け根から叩き落とした。
移動先を失った愛里、とっさにそばの細い枝を掴むも、それはすぐに折れて愛里を突き放した。
長剣を手にしたまま、愛里が背中から地面に落ちる。
──ドッ!
「つううう~っ! やり返されたぁ!」
「にょほほほほっ! 手こずらせてくれたが、これが当然の結果というもの! 殺生は趣味ではないが、けじめはつけさせてもらうぞいっ!」
地面で仰向けになったまま、動かない愛里。
それを目掛けて樹上から、六日見狐が身を丸めて跳躍。
前転で回転しながら、高質化した尾で愛里を唐竹割りにしようと急降下。
愛里は右手の剣を体の上に掲げ、刃の腹に左掌を添える──。
「……あいにくとその技、あっちの世界で攻略済みなのっ!」
前転で宙を突き進むステラの斬撃技、富嶽断。
それとほぼ同じ挙動で迫る六日見狐の攻撃。
愛里はそれを長剣で受け止めた瞬間、両足の裏で剣を思いっきり蹴り上げる。
刃同士の激しい衝突。
地を背にしていた愛里はそのままに、六日見狐だけが真上に弾き飛ばされる──。
「にょほっ?」
「……ラネット、いまっ! リムっ、耳塞いでっ!」
愛里が長剣を放り捨て、声を張り上げながら両耳を固く塞ぐ。
それを受けてリムもこの後の展開を察し、両手で耳を塞ぎ、しゃがむ。
真上に弾かれた六日見狐の体が、上昇の頂点に達したとき──。
そばにある木の枝の上に、ラネットが現れる。
「すううううぅ……」
幹をしっかり掴みながら、大きく息を吸うラネット。
その眼下の直線上に、トーンが詰める聴音壕。
聴音壕内のトーンが、ラネットと目を合わせて、軽く頷く。
ラネットの喉の奥、腹の底、魂の中心から、恋人の名が発せられる──。
「トオオォオオォオオォ……ンンンンンンンンッ!」
陸軍研究團・異能「声」ことラネット。
ラネットたちの物語の第一声と言っても差し支えない、愛しい少女の名の叫び。
相方のトーンを集音装置として発せられる、一種の超音波攻撃。
ただでさえ人間の声量と音域を遥かに超えるそれが、戦姫補正で強化された状態にて、六日見狐の人間の耳と獣の耳にある、計四つの鼓膜を貫いた。
「ひぎいいぃいいっ!」
頭部四カ所から刺突武器を押し込まれる、複雑なダメージを被る六日見狐。
脳を揺さぶる激痛、顔を圧し潰されるような圧迫感、キリキリと痛む心臓。
顔がくしゃくしゃに歪み、全身の毛がピンと立つ。
半失神状態で、六日見狐が仰向け状態に墜落した。
──ドッ!
「ぐっ!」
地への激突と同時に短い呻き。
聴覚へのダメージがあまりに大きすぎたため、六日見狐は落下の衝撃による痛みに反応すらできない。
隣で仰向けになっていたままの愛里が、その様を横目で見ながらほくそ笑む。
「……効いたでしょ、いまの? あっちの世界のラスボス、硬直させた技だから」
「ぐ……くぅ……。006も……おるでは……ないか。お主らやはり、ゼロゼロナンバーじゃろ……」
「ふふっ……そうかもね。ここにフランソワーズもいるし」
「しつっ……こいのじゃ! 鏡と原作とアニメ全作ローテで見よっ!」
六日見狐が駄々っ子のように、じたじたと四肢で地面を叩く。
愛里は、そのラスボスを倒したのが自分だという事実は伏せて、神妙な面持ちで話を続ける。
「アンタさぁ……。009好きなら、石ノ森萬画館も知ってるでしょ? 石巻市の」
「石巻……」
「あの震災時、津波の直撃を受けた施設よ。近隣住民の避難先にもなった。人気キャラクターたちが、街の復興に尽力した。ヒーロー好きってんなら、都市を蹂躙する側辞めて、こっち来なさいよ。変身能力あるから、007の席あげるし」
「儂を……勧誘しておるのか? 下僕獣の……この儂を?」
「アンタたち、なーんか気が合いそうな気すんのよねぇ。アリスの茶化しかた、わたしによく似てた。あはははっ!」
人体のリミッター解除が限界に達し、疲労とダメージで動けなくなった愛里。
残りの体力でごろんと転がり、ぴくぴくと痙攣する頬を持ち上げて六日見狐へウインク。
顔を傾けてそれを見ていた六日見狐は、照れ隠しのように真上を向く。
「……ふん。儂の残り五体を倒せたら、まぁ考えてやろうぞ」
「ヤクザの組抜けじゃないんだから、
「儂は元々、下僕獣ではない。六姉妹の、日見峠の化け狐じゃ。それを山田右衛門作が下僕獣として描いたことで、存在が紐づけられてしもうた。その紐づけを解くには、儂の存在の六分の五は……まぁ消さんとの」
「アンタら、さっき絵から出てきたわけじゃないんだ? 道理でサブカルに詳しいわけね。でもいいの? 独断で決めちゃって」
「儂の思考は六体で共有しておる。いま言うたこと六体すべて把握、かつ同意の上じゃ。もし残り五体がお主らに
日見峠の化け狐。
その昔、長崎市東部の日見峠に棲んでいたとされる六姉妹の化け狐。
日々人間を騙して遊んでいたが、ある日悪知恵がはたらく男に美女へ化けさせられ、酔い潰されたところをまとめて遊郭へ売り飛ばされた……という民話がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます