第053話 翼獣・歪蛮(3)

 口を開けて長い牙を覗かせ、二人へ迫る歪蛮──。

 体当たりや風圧ではなく、捕食か噛み殺しの体勢。

 しかしその勢いは、交戦開始時に比べわずかに落ちている。

 ムコはそれを受けて、投擲のタイミングを遅らせた。


「どうやら毒が回っているっ! あと少しだけ、引きつけるっ!」


「信じましょう。わたしが調合した毒の威力……をですがね。ククッ」


 巨大な牙が迫ってもなお、怯えを見せない軍人の少女二人。

 歪蛮の口から放たれる獣臭さが、異能「鼻」であるムコの鼻孔を刺すように突く。

 ムコはその匂いを射線として、歪蛮の牙目掛けて、投げ分銅を投擲──。


「でやああぁああぁああーっ!」


 ──ビュビュビュビュンッ!


 風を鳴らす音を響かせて、青白い光輪と化していた投げ分銅が飛ぶ。

 それが歪蛮の複数の牙に、蜘蛛の糸のように絡みつく。

 結果を一瞬だけ確認したムコは、ユーノの腰を抱き、見張り穴から塔内へと退避。

 獲物を逸した歪蛮は、不快そうに口をむぐつかせながら、緩やかな角度で上昇。

 塔内のはしごへユーノを三転確保させたムコは、見張り穴の縁へと飛び移る。


「起爆させてきます」


「当然でしょう。すなおに咀嚼そしゃくしてくれるとも思えませんしね」


 ムコは風圧が残る塔の頂へと、大弓を携えて躍り出る。

 膝下まである金髪の三つ編みが、歪蛮の姿を追うようになびく──。


「……蟲とは違い、おまえに恨みはない。革を剥いだり食料にしたりもない。ただ危ういというだけで殺すのは、山窩イルフの流儀に反する……。だからこの一矢は、頭からつま先まで軍人として放つっ!」


 矢を番え、弓を構えるムコ。

 歪蛮は西海市と佐世保市の狭間、針尾瀬戸上空で旋回。

 再びムコたちを襲おうと、顔を向ける。


「しゅっ──!」


 瞬間、ムコが一射。

 青白い光跡を引いて飛ぶ鉄矢が、爆雷を結わえたワイヤーと繋がろうとするかのように、狂いなく飛ぶ。

 直後やじりが、爆雷の一つを捉えた──。


 ──ドンッ……! ドンッ!


 四つの爆雷が、連鎖的に爆発。

 最初の爆雷が歪蛮の下顎を吹き飛ばし、次の爆雷が爆風で喉を焼いた。


 ──ギッ……!


 発声に必要な器官を相次いで破壊された歪蛮が、一瞬だけ叫び声を上げる。

 それも続く爆音に、すぐにかき消された。


 ──ドドッ……ドンッ!


 ワイヤーのしなりで隣接しあっていた爆雷二つが、残る頭部を破壊。

 顔のない姿をわずかに見せた歪蛮は、端々から墨のような瘴気と化していく。

 固い鱗と肉厚な蛇腹に覆われていた巨体が、まるで出来の悪い紙飛行機のように、ふらふらと垂直に落ちていく。

 歪蛮は黒い塵と化しながら針尾瀬戸の海へと墜落し、体の中心部の黒い一塊を、当地の名物である渦潮へと飲み込ませた──。


「……ふぅ」


 息を止めて決着を見届けていたムコが、ここでようやく息継ぎ。

 矢を放ったままで固まっていた体を一気に弛緩させ、やや膝を曲げた姿勢へ。

 見張り穴から歪蛮の最期を見届けたユーノが、歯を見せてニタッと笑う。


「……いい仕事でした」


 ──拾体の下僕獣が一体、翼獣・歪蛮。

 山田右衛門作が西洋の魔獣「ワイバーン」をモチーフに描いた、物言う神のしもべ

 令和日本の自衛隊、在日米軍と交戦することなく、異世界の戦姫二人にたおされる。

 その戦いを見ていた民間人が、続々と映像と所感をSNSにアップ──。


「うおおっ! 女の子二人であの怪物倒した!」

「これで西海市、佐世保市方面への避難がスムーズになるか……?」

「アクションすげえ! やっぱあれ映画の撮影じゃね?」

「だからあのレベルのはスーツでも立体映像でも無理だっつーの!」

「あちこちで戦ってる女性って、やっぱりわたしたちの味方?」

「異世界で戦ってた連中が、日本で続きやってるだけかも」

「つーか自衛隊と米軍なにしてるん?」

「政府の見解まだかよ」

「怪物現れてるの長崎だけらしいから、中央が動くまで時間かかるかも」

「怪獣に集中的に襲われるって、特撮的にはもう長崎が首都じゃねーか!」

「異議あり! 東宝怪獣は適度に散らばって出現している!」

「あの怪獣炭になって消えた。とりあえず後始末の心配はないな」

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