第052話 翼獣・歪蛮(2)

 「く」の字に曲げた体を不規則に回転させながら、一直線に落下するムコ。

 ユーノは切断した光のワイヤーを左手に握り締め、振り子のような軌道でムコとの交差を狙う──。


「……曲げた体、ご希望どおり内側からすくい取ってあげますっ! ただしその落下速度ですから、肋骨あばらの二、三本は……覚悟願いますよっ!」


 左腕に光のワイヤーを撒きつけ、右腕を伸ばしてキャッチに備える姿勢のユーノ。

 二人の少女の体が、宙で見事に交錯──。


 ──ギャオオォオオォオオンッ!


 ──するかに思えた。

 歪蛮の甲高い咆哮が、辺りに響き渡った。

 右翼の可動域を制限された歪蛮が、体勢を立て直そうといびつな軌道で、でたらめに飛び回る。

 その風圧が、二人の位置をわずかにずらした。

 伸ばしたユーノの右手は、ムコの体に届かない。


「弓をっ!」


「頼むっ!」


 二人が同時に発声。

 大弓の下部の端……下関板しもせきいたを、ムコは握る。

 ユーノが間一髪、反対側の上関板うわせきいたを掴んだ──。


「ぐうっ……!」


 ユーノの右肩に、落下の勢いを加えたムコの全体重がのしかかった。

 戦姫補正を帯びた光のワイヤーは、そのまま振り子運動で上昇。

 二人の体を一号塔の頂へと運ぶ。

 地上一三〇メートルにある、わずかな仮初めの平地。

 二人はそこの中心へ這いながら移動し、ほぼ同時に、背中合わせに座り込んだ。


「ユーノ……助かりました……。ありがとう……。はぁ……ふぅ……はぁ……」


「まったく……。あなたの肋骨を心配していたのに、壊れたのはわたしの右肩ではありませんか……クククク……つっ!」


「脱臼か……すまない。少々手荒になるが、接いでやろう」


「骨のスライドで治せるならば、自分でやってますよ。どうも筋の断裂もあったようで……ね。すみませんが、わたしはここで戦線離脱ですよ……。ククッ……」


 ユーノが海軍服の内ポケットから無色透明の小瓶を取り出し、先端をそれに浸した針を、己の右肩へと刺す。


「つっ……鎮痛剤です。必要でしたら、遠慮なく要求を。職業柄、多めに持っていましてね」


「……それより爆雷を。わたしが奴にしかける」


「それならば、わたしたちのお尻の下です。そこの見張り穴から入ったところのはしごに、革袋に入れてぶら下げてあります。……で、いかがして奴にセットします?」


「いまのおまえの方法を、真似させてもらう」


「……もしや、塔とワイヤーを使っての、巨大なスリングショットですか?」


 スリングショット。

 パチンコとも呼ばれる投擲武器。

 「Y」字状の芯の枝分かれ先にゴムを張り、そこから鉄球や石球を放つ。

 しかしムコは顔を左右へ振り、山窩イルフ特有の長い耳をユーノへと見せた。


「いや、投げ分銅。弓の次に、わたしが得意な武器。このワイヤーを切って作ります」


「……ああ、なるほど。的があれだけ大きければ、絡ませやすいですね。これは朗報ですが、わたしが持ってきた爆雷は、フック付きの球体のものが四つです」


「至れり尽くせり、だな」


 投げ分銅。

 複数に枝分かれした縄の先に、分銅などの重しを付けて投げる狩猟具。

 ボーラとも呼ばれる。

 縄が羽に絡まった鳥は落ち、脚に絡まった獣は動きが鈍る。

 軽快な動作で見張り穴から塔内へ入ったムコは、はしごにぶら下げてある革袋を回収。

 それから己の救出に用いられた一号塔から二号塔へのワイヤーをナイフで切断し、均等の長さに切り揃えて、端々に直径二〇センチほどの爆雷を巻きつけた。


「……分銅が少し大きいですが、いまのわたしには戦姫補正という力があるそうですし。まあ、投げられるでしょう」


「即席にしては上出来ですね。山窩イルフはそうやって、アドリブで武器を作るのですか?」


「いえ、これは愛里さんが参考。初めて会ったとき愛里さんは、モーニングスター二つの柄を繋げて、二節棍を作ってみせました」


「……参考にする機会がなさそうなエピソードですね。ところでそれを投げるのは、隣の塔でお願いしますよ。勢いをつけている最中に爆雷同士がぶつかって……に巻き込まれるのは、ごめんですからねぇ」


「すみませんが、ここでやります。奴が一点で狙ってくれたほうが、当てやすい。わたしがおまえを信じて身を投げたように、おまえもわたしを信じてほしい」


「やれやれ、ずいぶんと勝手を並べますねぇ。そういうセリフは、海軍の凛々しい青年兵に言ってもらいたいものです。クックックッ……」


 両肩をすくめて苦笑いするユーノのわきで、すっくと立ち上がるムコ。

 四つの分銅爆雷を取りつけた、一辺三メートル超の十字状の投げ分銅を、頭上で振り回し始める。

 徐々に回転を速めていく投げ分銅。

 戦姫補正により生み出されている青白いワイヤーが残像で正円を描き、その外周を黒い爆雷が縁取り。

 ムコは投擲態勢のまま、無言で集中力を高める。

 その足元で座ったままのユーノは、ムコの意識を乱さぬようボソリと独り言。


「大柄の忍が使う武器に、じん……というのがあるそうですが、こういう感じなんですかねぇ。うまくあのバケモノを、木っ端微塵にしてくれるといいのですが」


 微塵。

 大きな鉄のリングに、鎖で刃物や鉄球を複数繋げて投擲する、殺傷力と殺意に満ちた武器。

 殺傷力においては、いまムコが振り回している爆雷の渦が、遥かにそれを上回る。


 ──ギャオオォオオッ!


 ムコが創り出した青白い正円を脅威とみなした歪蛮が、滑空で翼への負担を抑えながら、一号塔の頂へ突撃──。

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