第四章 拾体の下僕獣

翼獣・歪蛮

第051話 翼獣・歪蛮(1)

 ──佐世保市・針尾無線塔。

 陸軍の山窩イルフ・ムコ、海軍の女忍者くのいち・ユーノが、その頂を翔ける。

 対するは、圧倒的な巨体と風圧で制空権を取る、翼獣・歪蛮。

 上空を旋回し、風圧で二人を一三〇メートル下の地表へ叩き落とそうとし、隙あらば長い尾での打撃を放つ。

 三基の無線塔を繋ぐ、戦姫補正の青白い光線の上を伝い走りながら、二人は必死に応戦──。


山窩イルフっ! これだけ動き回っても、間隙は突けませんかっ!?」


「奴の風圧が強すぎるっ! 何度か翼の付け根を射抜けているが、風圧で威力をがれているっ! 羽ばたきを緩められないっ! おまえから貰った毒も、まだ回ってないようだっ!」


「くっ……! まったくこれだから、陸軍の山猿は頼りになりませんねっ!」


「なにっ!?」


「わが海軍では、来る航空戦に備え、対空砲火の練度を高めているというのにっ! いまだ地を這いつくばっている陸軍には、上空の敵には手も足も出ませんかっ! クックックックッ……!」


「ぐううぅ……。軍のしがらみは、正直わたしにはわからないっ! けれど、山窩イルフの実力は舐めるなっ! 巨大な猛禽と戦ってきた山の民だっ!」


 言うとムコは、二号塔の頂から高々と跳躍。

 全体重を乗せて、一号塔と二号塔を繋ぐ、光のワイヤーを掴む。

 そのワイヤーが大きくしなり、反動でムコを宙高くに舞い上がらせた。

 さながら、無線塔が弓、ムコ自身が一本の矢。

 太陽を背に飛翔し、歪蛮の上空を取るムコ──。


「上からの射抜きならば……どうだっ!」


 ──シュッ!


 跳躍の頂点で、ムコの全身が上下反転。

 その姿勢から、歪蛮の右翼の付け根へ力強く一射。

 正午の太陽を背にしたムコの一矢は、あたかもプロミネンスのようにあかい。


 ──ドスッ!


 深々と関節に刺さった巨大な鏃が、歪蛮の右翼の動きを鈍らせた。


 ──ギュイイイイィッ!


「やった……か?」


「クックックッ……やりましたよ、山窩イルフさん。奴の翼の可動域は……恐らく水平から上に偏りっ! 上から関節を穿うがったことで、動きを抑制できたでしょう!」


「そうか……。これがまさに、一矢報いた……だな! キャッチは……任せたっ!」


 宙で姿勢の安定を欠いたムコは、体を「く」の字に曲げて、落下を始める。

 歪蛮の翼の付け根を射抜くためだけの、着地点を考えない無謀な飛翔。

 あとの展開を、すべてユーノへ託した捨て身の一撃。

 その意図を、すでにユーノは察している──。


「ククッ……! 間者スパイのわたしを信頼されても、困るんですがねぇ! 山猿のあなたにいい格好をされては、わたしの立つ瀬がありませんからっ!」


 ユーノは三号塔から二号塔へと俊足で移動。

 二号塔から一号塔へと繋がる光のワイヤーを掴むと、それを胸元から取り出したないで、すかさず切った。

 青白いオーラを放った苦無が、強固な光のワイヤーを細糸のようにたやすく切断。

 同時に二号塔の頭頂部を蹴って、わが身を宙へと投げ出す。


「──海軍兵に立つ瀬がないなど、しゃれにもなりませんよっ!」


 落下するムコの軌道を読んで、それを受け止めるべく、光のワイヤーを掴んでの、ワイヤーアクション──。

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