第049話 映画俳優 ロミア・ブリッツ

 ──リムの正面で、新たに白い光が生じる。

 それはこれまでの光の柱と異なり、宙からスポットライトのような光が二本伸び、地上の一点を照らした。

 そこへドーム状に、光の粒がキラキラと瞬く。


「「「「「「「高レアの確定演出っ!?」」」」」」」


 偽愛里六体に、本物オリジナルの愛里が同じリアクションを加算。

 やがて霧が晴れるように光が薄れ、真っ赤なスパンコールドレスを華麗に着こなした、ウェービーヘアーの大人の女性が現れる。

 大胆に露出した両肩と胸元、引き締まった太腿を惜しみなく見せるスリット。

 その扇情的な衣装に似つかわしくない、帯刀用のベルトと、左腰の鞘と長剣。

 女性が顔を現わす前に、ステラが高々と跳躍して、その正面に降り立った。


副團長っ!」


「……あら? そう言うあなたは、副團長ネ。ウフフッ♥」


 艶っぽい声とともに全身を見せたのは、戦姫團の先の副團長、ロミア・ブリッツ。

 グラマラスな容貌に穏やかな顔つき、そして物理的に匂ってきそうなほどの色香。

 しかしながら、剣技と機転に秀でたれっきとした武人であり、元軍人。

 異世界での蟲との死闘では、城塞の外周の陣地で指揮を執り、その猛攻を見事に凌ぎきった。

 ルシャ、セリ同様、唐突に召喚されたロミアに代わり、ステラが愛里たちへ彼女の現状を説明──。


副團長は退役後、映画俳優へ転身。この美貌と鍛えた体技をもって、たちどころに第一線の俳優となりました。……前副團長、信じがたいかと思いますが、ここはお師様……戦姫の世界です」


「ロミアでいいわよ。それに信じがたいということもないわ。メグお姉様が消える瞬間に、立ち会っているものネ。ンフッ♥」


 ロミアが両目を閉じてステラへほほ笑んだあと、へと早歩きで寄り、抱き着いた。


「……お久しぶりです、お姉様。チュッ♥」


「わおっ。相変わらず情熱的ねー、副團長ちゃん。いまはロミアちゃん、か」


 ロミアは愛里の耳元で甘く囁いたあと、そばかすを蓄えた頬へと流れるようにキスをし、口紅を薄く移す。

 愛里へのキスを横取りされた格好のアリスは、口を縦に大きく広げて呆然。

 そのわきで、六体の偽愛里が「おーっ」と声を上げ、パチパチと軽く拍手。


「目にした瞬間駆け寄り」

「抱きついて耳元で囁き」

「キス」

「アリス、おまえが言ったこと」

「すべてあのおながしているが」

「あっちが愛里の本妻ではないのか?」


「違いますっ! 彼女は、あいさつ代わりにキスをするようなタイプなのっ!」


「儂らが」

「愛里の」

「代わりに」

「慰めて」

「やっても」


「黙らっしゃいっ!」


「ああ……。また儂のセリフがキャンセルじゃ……」


 アリスが六日見狐にからかわれているのをよそに、ロミアが愛里から一歩下がる。

 そして軍人時の凛々しい表情を浮かべ、剣の柄に手を添えた。


「……今度はこちらの世界を救うために、わたしたちが戦う番……。と、いうわけですネ?」


「え、ええ……そう。あなたには、わたしに化けてるそこのキツネたちを倒してほしいの。でも……どうしてわたしが本物だって、わかったの?」


「それはもう、色香がまったく違いますワ! お姉様には独特のセクシーさがありますもの!」


「三十年生きてきて、セクシーって初めて言われたわ。はは……。ところでリム、召喚頼んだのは四人だったんだけどっ?」


 不意に向けられる、愛里からのリムへの叱責。

 リムは言われた通り、剣術に秀でた四人を描き、召喚。

 しかしシャガーノは、隣りの佐賀県へ飛ばされていた。

 これには当のリムも困惑──。


「そ、それが……。なぜか一人、召喚されていなくって……。その人のお名前、わたしが憶えていなかったのが、原因でしょうか……」


「んー……じゃあしょうがないっ! ステラはここでリム、聴音兵、伝令兵を守りながら、巨獣の侵攻に備えるっ! 天音、ルシャ、セリ、ロミア、アリス、そして……わたしっ! この六人で、妖狐を各個撃破するわよっ! ラネット剣貸してっ!」


 後ろ手で、ラネットへ腰の剣を渡すよう要求する愛里。

 ラネットはとまどいで、思わず剣を背中側へと隠す。


「で、でもお師匠は……。こっちの世界では、戦姫の力が……。むしろ、ボクが戦ったほうが……」


「いいから貸すっ! ラネットがここ離れたら、あちこちで戦ってる戦姫たちがバラバラになるっ! 師匠を信じなさいって!」


「わ、わかりました……。どうぞ……!」


 ラネットが恐る恐る鞘のロックを解除し、剣の柄を愛里へ握らせる。

 愛里がラネットへ振り向き、肩越しに強気のウインクを贈った。

 約一年振りの愛里のウインクを受けて、ラネットの心配がわずかに和らぐ。

 一方剣を受け取った愛里は、その意外な重さに一瞬とまどい──。


 ──ズンッ!


「ひゃあぁ……! アンタたちの剣って、実際はこんなに重かったのね。寸胴鍋で鍛えた腕力に感謝だわ。それからリムっ!」


「は……はいっ!」


「わたしがあの蟲女なら、まず砲撃の妨害に向かうっ! だからあそこへ、殿を呼んでっ! 公園で足場いいから、膝が悪くってもそこそこ動けるでしょ!」


「わ……わかりましたっ!」


 戦姫團前團長、エルゼル・ジェンドリー。

 蟲との戦いの中で左膝を故障。

 その後、フィルルへ團長の座を託し、在任期間を後進育成に費やして退役。

 リムはその膝の故障に配慮し、この繁みに囲まれた足場の悪い中腹へ、エルゼルを召喚するのを避けた。

 それを察した愛里は、平地で戦姫補正ありならば……と、エルゼルの名を挙げる。

 一度は敵として愛里と剣を交え、その後は憎まれ口を叩きながらも共闘した、通り名・銀狼ぎんろうことエルゼル。

 愛里はその強さに全幅の信頼を置いて、いま召喚を決断──。


銀狼ぎんろーちゃん! アンタなら多少膝が悪くっても、あの蟲女駆除してくれるわよね! なんたって、蟲退治の専門家集団、戦姫團のアタマだったんだもの!)

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