第045話 陸軍戦姫團・團長 フィルル・フォーフルール
──沖から長崎市港湾部へと迫る巨大な亀、甲獣・阿鼻亀。
砲隊長・ノアによる野砲での砲撃でその動きは鈍っているものの、硬い甲羅にはいまだ
申し訳程度に端々が欠落し、黒く煤けるのみ。
神の島公園の展望台から見下ろすノアに、焦りが生じる。
「ぐぬぬッ……。あのいまいましい装甲……
厚い装甲での体当たりでナルザーク城塞の外壁を突破し、野砲の砲撃をすべて防ぎ切った。
しかしのちの副團長であるステラが、隻腕の
トーン経由でノアの質問を受けたステラが、ラネット経由で返答。
「……無理です。対象が大きすぎます。あの甲羅の厚み、
「引っ掻き傷けっこう!
「亀の裂け目で……亀裂。なるほど。試す価値があるような気がしてきました。ですが、あのカメへの移動経路がありません」
「では、こちらの世界の
二人の会話は、伝令兵のラネットが大声で伝えている。
しかし最後のノアの叫びは、地声が大きいこともあり、そのまま港湾部に響いた。
その声に大きく頷くこの世界の壮年男性が、三菱重工業長崎造船所
「……まったくだ! まあわれわれは、軍隊ではないが……。この非常時に動かずして、なにが自衛隊かっ! なにが
彼、その二等海佐は、進水式をあすに控えた、もがみ型護衛艦のブリッジに立つ。
進水式と命名式を兼ねた式典の最終的な打ち合わせのために、たまたま長崎市入りしていた艦長こと二等海佐と当日担当のクルーが、配置に着いた。
「……これより本艦は、すぐに下されるであろう災害派遣命令に備えるっ! 潮位の急激な変動、および巨大な野生生物から、人命を守れっ!」
「「「「「はっ!」」」」」
災害派遣命令──。
艦長は阿鼻亀を巨大生物、すなわち自然災害と作為的に解釈し、その出動準備として、独自の判断で進水式を一日早めた。
政治家の判断を待っていては、犠牲者が出るかもしれない……という英断。
艦長の命令は、なおも続く。
「……なお、まだ名前なき本艦は、非武装であるっ! 繰り返す! 本艦は……非武装であるっ!」
「「「「「はっ!」」」」」
非武装。
すなわち武器なし、丸腰。
最悪、体当たりをしてでも阿鼻亀を止めるという、勇気と無謀ないまぜの命令。
その提案と覚悟を受け入れた長崎造船所の各責任者も、進水の準備に当たる。
そのとき──。
──カッ!
長崎造船所・第三ドックから、赤黒い瘴気が立ち上る。
あたかも、燃え盛る炎が火の粉を散らすような瘴気を背にして、老いた男が一人、現れる。
色褪せた草色の作務衣。
ささくれた雪駄。
野太い骨に筋肉のみを
白い頭髪、眉毛、顎鬚を乱雑に伸ばし、顔には老齢の深い皺。
やや前傾姿勢の上半身から左右へ伸びる長い腕には、それぞれ
瘴気を背に、カマキリのようなシルエットを浮かべた男が跳躍。
その男……その
山田右衛門作が島原の乱において、燃え盛る炎の中で対峙した、自称・
偶然か必然か、大和型戦艦・武蔵の建造に携わった現役の施設、第三船渠に顕現。
第一ドックの隣りに停泊している、護衛艦・あきづきの甲板へと飛び移る。
「──ふんッ!」
──ガゴオォンッ!
火花を激しく光らせながら、破片が辺りに飛び散る。
武蔵はあきづきが現在無人だと悟ると、そのブリッジへ駆け上がったあと、まだ名無き新造艦へ向かって高々と跳躍。
宙で二本の鉄棒を頭上に掲げ、ブリッジへ叩きつける姿勢。
甲板で見上げるクルーが驚く。
「なっ……なんだあいつはっ!? ファランクスを叩き壊した……だとっ!」
伝説の剣豪・宮本武蔵が妖力という名の武力を得、戦闘本能以外の思考を失った獣……剣獣・武蔵。
巨大な近代兵器をものともせず、挑む──。
「……ぬうっ!?」
──ガッ!
宙の武蔵目掛けて突如、どこからともなく鉄の箱が、勢いよく投げつけられた。
武蔵は右腕の鉄棒でそれを払い、海へと落とす。
ブリッジ急襲を止め、その上に着地し、鉄の箱の出所へ目を向ける。
第二ドック内に入渠していた、護衛艦・すずつき。
そのブリッジの頂に、下弦の糸目でほほ笑む女が立つ。
エメラルドグリーンの縦巻きロールと、團長特権のドレス風陸軍服を海風になびかせながら、腰の左右に携えた双剣の、鞘のロックに親指をかけている。
陸軍戦姫團・團長、フィルル、フォーフルール──。
「オーッホッホッホッホッ! ようやくわたくしの出番ですの? まあそこの老剣士は、それだけの腕をお持ちのようですけれど……クスッ♥」
双剣を同時に抜き、刃を一旦体の前で交差させたあとで、左右へゆっくりと開く。
その様も武蔵同様、あたかもカマキリのようだった。
武蔵の戦闘本能が、名無き護衛艦からフィルルへと、交戦相手を変える。
日本の伝説の剣豪、その複製体。
異世界の双剣令嬢にして、いまはこの世界の戦姫。
二人の剣士が、護衛艦上で相まみえる──。
なお、先ほどフィルルが武蔵へ投げつけた鉄の箱は、この世界から戻る際、BL本を詰め込めるだけ詰め込もうと持参したキャリーケースだった──。
(※作者注)長崎造船所周辺の現地取材は行っておりますが、進水式の段取り、当日の停泊中の護衛艦の位置および艦船には、フィクションが多分に含まれております。ご了承ください。今後も随時加筆修正を行います。
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