第044話 陸軍研究團・異能「目」 シー・ウェスチ

 ──長崎県警察本部。

 長崎港の河口に、長崎県庁舎と並んで建つここでは、刑事部、警備部、交通部の各部署が総動員され、今回の異常事態への対応が始まっていた。

 交通部の車両が本部正面から続々と出動し、各所で発生している避難者による交通渋滞、および交通事故の解消に当たる。

 そして本部背後の芝生広場──先ほどまでナホの重鎧巨兵が立っていた場所には、港湾部の警備に当たる警察官、約五十人が整列。

 指揮を執る警部補が、一列十人の警察官たちと向かい合う。


「われわれの任務は、わが県の中枢を担うそこの県庁舎の死守! あるいは、首長職員避難時の速やかな誘導と護衛っ!」


「「「「「はっ!」」」」」


「なお正体不明の敵勢力には、人間の姿に近いモノもいるとされる! また、敵勢力と交戦中と思しき第三勢力の情報もある! わたしの指示があるまで、発砲は──」


「あ、あの……警部補」


 警部補の号令を、最前列の端に立つ若い男性警察官が、挙手で遮った。


「……なんだっ!? 話の途中だぞっ!」


「あの……。あそこに女の子が」


「んん……?」


 警察官が指さす先。

 そこには、ノースリーブの黒いワンピースを着て、同じ色の長髪を垂らした、真っ白な肌をした少女の姿。

 観光船、貨物船が係留している大波止方面から、裸足で歩いてくる。

 そのとき少女は俯いて足元を見ており、警察官たちからは顔は見えない。


「……迷子か?」


「恐らく、われわれ警官隊の姿を見て、頼ってきたものかと」


「ちっ……。この非常時に、迷子に構ってられるかっ! おいそこのきみっ! こっちは危ないっ! 早く親御さんのところへ……戻りなさいっ!」


 少女へ向けて、さも邪険そうな声を向け、追い払う手ぶりを見せる警部補。

 威嚇のような警部補の態度を受けて、少女が立ち止まる。

 そしてゆっくりと……顔を上げた。


「……………………」


 で顔を見せた少女。

 正確には、その顔には

 人間の両眼の中間の位置に、一つの目。

 その上に眉毛。

 それ以外の顔のパーツ……鼻、口、耳が存在しない、のっぺりとした顔。

 沈黙を一瞬置いて、警察官たちがいっせいを悲鳴を上げる──。


「「「「「げええぇーっ!?」」」」」


 のけぞるような態勢で驚きながらも、警察官たちはすぐに扇状へ広がって少女の前方を塞ぎ、拳銃を構えた。


「ばっ……バケモノっ! 一つ目小僧っ!」


 扇状の隊列の中心にいた警部補が、一歩前へ出て、わたわたと叫ぶ。


「ま……待てっ、まだ待てっ! まだが、バケモノとは限らんっ!」


 警部補が発砲を控えるよう指示。

 一つ目の顔以外は、いっさい乱れのない少女の体。

 決して人外とは言い切れない──。

 バケモノに襲われたゆえの姿かもしれない──。

 警部補はそう判断し、喉まで競り上がっていた発砲の命令を、生唾とともにごくん……と飲み込んだ。


「……まだ撃つなっ! バケモノによって、あの姿にさせられた市民の可能性もある! 発砲は、一時待てっ!」


 少女が再び、警察官たちへと歩みだす。

 コンクリート製の敷石が並ぶ上を、音もなく素足が進む。


「……………………」


「と……止まりなさいっ! はっ、話を聞こうっ! き、きみは……迷子かっ!? お父さんか、お母さんはっ!?」


「……………………」


 少女は接近をやめない。

 警察官たちを物色するように、子どもの好奇心を帯びた単眼が左右を見る。

 警部補の声色に、荒さと恐怖心が色濃く滲みだす──。


「とっ、止まらないと発砲……撃つぞっ! 銃で撃つぞっ! 痛いぞっ! お嬢ちゃん……歩くのをやめるんだっ!」


 相手が幼さそうな少女の姿ゆえ、わかりやすい言葉を選んで警告する警部補。

 再び少女が歩みを止め──。

 そして体表全体を、わずかにピクピクと震えさせ始める──。


 ──ギンッ!


 ワンピースから露出している少女の四肢。

 その至るところで眼球が生じ、開く。

 顔の中心にある単眼と同じ眼球が、無数に──。


「は……発砲っ! 万一の際の責任は、俺が取るっ! 対象の背後に市民の姿、並びに跳弾の要素なしっ! うっ……撃てーっ!」


 ──パンッ! パンッ! パンッ!


 隊列の最前列にいた警察官たちが、少女へ向け一発ずつ発砲。

 発砲音が無数に重なり、辺りに硝煙が薄く漂う。

 少女はそれまでどおりに立ったままで、被弾の様子はいっさい見せない。 


「け……警部補……! あ、あれ……!」


「なんだっ!?」


「たっ……弾が……。空中で……止まっていますっ!」


「なにいいぃいいっ!?」


 警部補が右足を一歩踏み込み、顔を前に出して様子を確認。

 警察官の隊列と少女のちょうど中間地点の宙で、放たれた銃弾すべてが、まるでそこだけ時間が止まったかのように停止している。

 それから、数秒──。


 ──カタッ……カタカタカタカタッ!


 銃弾が地に落下。

 それらを少女の瞳すべてが、いっせいに見る。

 最初に少女に気づいた警察官が、甲高い悲鳴を上げながら、話し出す。


「ひゃっ……百目ひゃくめ! 百目ですっ、警部補っ!」


「ひゃくめ?」


「妖怪ですよ、警部補っ! 体中に百個の目玉を持ってる妖怪っ! 似たようなのに、百々目鬼どどめき目目連もくもくれんがいますっ! 女の姿をしているということは……百々目鬼でしょうかっ?」


 妖怪に詳しい者……いわゆるは、どの学校や職場にも一人はいるもの。

 それはこの場も、例外ではなかった。

 そしてこの妖怪に通じた警察官の推察は、ほぼ正解。

 少女の正体は、山田右衛門作が描いた拾体の下僕獣が一体、奇獣きじゅう百々目鬼どどめき


「……名前はどうだっていいっ! 能力……武装はっ!?」


「伝承では確か、女スリの妖怪だったと思います……。ただ、あの個体は……」


「ただ……なんだっ!?」


「銃弾を同時に複数止めたということは、あの目一つ一つに、物質に干渉する眼力……念力があると思われますっ!」


「発砲は効かないということかっ!?」


「それどころか、一睨み……いや百睨みで、ここにいる全員死ぬ可能性もありますよっ! だって眼力で銃弾を止められるのなら、心臓や脳を破壊するのだってわけないですからっ!」


「なんだとおおぉおおっ!?」


 この、妖怪に詳しい警察官の推察、再び正解。

 奇獣・百々目鬼は、物質に干渉する眼力を持つ下僕獣。

 ただしその出自は、百々目鬼の初出である妖怪画集「今昔画図続百鬼」とは異なり、この地方に棲んでいた座敷童に近い存在の、同名の別の妖怪(※注)となる──。


「……………………」


 百々目鬼の視線が、動かなくなった地上の銃弾から、警察官たちへと戻る。

 全身の目が、あたかも品定めをするかのように、不規則に黒目を動かす。

 「睨まれただけで脳や心臓を破壊される」と聞かされた警察官たちは、扇状に広げていた隊列を、警部補をかなめとして先頭に立たせて逆さの扇状を形成し、わが身を隠そうとした。


「こっ……こらっ! なにをしているっ! 配置を崩すなっ!」


「発砲の責任取るって、警部補言ったじゃないですかっ!」


「言った! 確かに言ったが、俺には心臓も脳も一個しかないぞっ! 俺一人を盾にしたところでどうなるっ!」


 子どもの歩幅で進む百々目鬼。

 後ずさろうとする警部補を、前へ前へと押し出す警官隊。

 その中間地点へ割って入る、小柄な女性が一人──。


「にっししし! なるほどなるほど、あちし向けの敵の元へ、きっちり召喚してくれてるでしなぁ、愛里メグリ氏!」


 裸眼が見通せない分厚い眼鏡を、太陽光でギラギラと輝かせて警官隊を向く女。

 体格より一回り大きい白衣を羽織り、胸元で萌え袖を絡ませながら腕を組み、ショートパンツから続く素脚を左右へ広げ、運動靴で地を踏みしめて仁王立ち。

 天然パーマ気味の、薄桃色の大きな三つ編みを背中に下げている。


「あちしは陸軍研究團・異能『目』こと、シー・ウェスチ! 義によって助太刀いたす……でしっ! にっししししっ!」



(※注)【参考作品】

「遊神来夏の怪異録」野辺童

https://kakuyomu.jp/works/16817330650638598419/episodes/16817330656592941873


(※注)【参考作品】

「遊神来夏の怪異録」野辺童(続)

https://kakuyomu.jp/works/16817330650638598419/episodes/16817330658832909596

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