第038話 陸軍戦姫團・砲隊 ナホ・クック
──港湾部の河口に位置する、長崎県庁舎。
その裏の芝生広場にたたずむ重鎧の巨兵ことナホからは、甲獣・阿鼻亀が甲羅に砲弾を受ける様子がよく見える。
「港の向こうで……砲撃起こってる。砲隊長も……来てるんだぁ」
ラネットが砲隊長・ノアへ発した伝令を、頭部のコックピットから耳にしたナホ。
巨兵の鋼鉄の両手が、指を絡めて掌を合わせる乙女全開のしぐさを見せた。
「砲隊長がアレ倒してくれれば、わたし、危ない目に遭わなくてすむかも……」
その願いを無視するかのように、視界の奥の半島から、漆黒の瘴気が立ち上る。
瘴気が上空の真っ白い夏雲と絡み合ったとき、雷鳴のような咆哮が一帯を震わせた。
──グオオォオオォオオォオオッ!
「えっ、なにっ!? なんですかなんですかっ!?」
恐怖から、重鎧巨兵が膝を曲げて身を縮こませる。
同じポーズで、コックピット内で薄目を開けるナホの前方の宙に、一メートル四方ほどの平面の映像が浮かび上がった。
──ミ゛ョンッ♪
短く軽妙な音とともに、コックピット内にデジタルスクリーンが展開。
そこには、長崎市脇岬町山中に出現した、巨大な怪獣の姿が映し出された。
爬虫類の特徴むき出しの長い顔、ギョロついた眼球。
開いた口の中に無数に並ぶ、鋭い牙。
赤黒い全身を覆う、見るからに堅固な鱗。
うなじから尾の中ほどまでくっきりと立つ、藻のように複雑に枝分かれしたグレーの背びれ。
大地を踏む、太く末広がりな足。
第三の足とも言うべき、二足歩行を補助している地に接した太い尾。
格闘戦の得手を予期させる、指がくっきりと分かれた前脚。
この令和のみならず、平成、昭和の世においても、まず「怪獣」と形容される、体高四〇メートル超の巨獣が現れた。
拾体の下僕獣が一体、恐獣・
烈玖珠がカメラ目線で再び咆哮。
その威容と迫力、そしてコックピット内に響く唸り声に驚いたナホが、思わず尻もちをつこうとする──。
──ミ゛ョンッ♪
新たにスマホ大の縦長スクリーンが生じ、そこに愛里のアップが映った。
「
「は……はいっ!」
長崎県庁舎を尻もちで倒壊させようとしたナホが、わたわたと両腕を前方へと振って、かろうじて身を持ち直す。
烈玖珠の映像のわきに表示された愛里が、ナホへ状況説明──。
「あれはたぶん……恐竜、ティラノサウルス科が原型の下僕獣! あの付近の野母崎半島からは、ティラノサウルスの歯の化石が見つかっててねっ! アンタたちの世界でも恐竜の化石とか、あったでしょっ!?」
「は……はいっ! 化石、見つかってます! 太古の巨大な爬虫類ですよねっ!」
「そうっ! アイツを倒すのは
「ええっ!? ええぇええぇ……!?」
「ウェイト的にアンタの担当でしょっ! アドバイスは随時出すから、頼んだわっ! 巨大サンショウウオも、いまヤバくってねぇ……。すぐまた連絡するっ!」
「あっ……あのっ!? 戦姫さんっ!?」
──ミ゛ョンッ♪
逃げるように愛里の映像が消える。
一方の、烈玖珠が山合いに沿って長崎市港湾部を目指す映像は表示されたまま。
それを倒すのが、ナホの使命だと言わんばかりに。
そしてその映像の上に、この世界の住人のコメントが左側から右側へと白い文字で無数に流れ、覆い被さる──。
「うわああぁ……ゴジラ出てきたっ! あれがラスボスかぁ!?」
「終わった……」
「一騎打ちすんのはやっぱ、あの巨大な鎧だよなぁ!」
「あの鎧ロボット、なんか必殺技あんのかよっ!? 肉弾戦オンリーならやべーぞ!」
「でもジェットジャガーやセブンガーの例があるし……」
「頑張れ重鎧巨兵っ!」
「もう重鎧巨兵で呼びかた定着してるの?」
「じゅーがーきょへー……がんばえーっ!」
この世界の住人たちの期待と声援が、一気にナホへ降り注ぐ。
地方の城下町の農家に生まれ、家業の手伝い……重い農作物を背負って戦姫團の城塞へ届ける
幼馴染で片想いの少年・ケインの意識は、それでも戦姫團の美麗な團員へ向くばかり。
それならば……と、寸暇を惜しんで勉学に励み、入團を果たした田舎娘・ナホの背にいま、人生最大の重圧がのしかかった──。
「わっ……わかりましたっ! わかりましたぁ! わたしがあのバケモノ倒せばいいんですよねぇ! その代わり皆さん……わたしの活躍、しっかり広めてくださいよぉ! 今度こそケインに、認めてもらうんだからぁ!」
恐獣・烈玖珠の方角を向き、人や家屋を踏み潰さないよう細心の注意を払いながら、海沿いの車道を歩きだすナホ。
この戦いの数カ月後、令和四年十月。
当地三例目となる、ティラノサウルス科の歯の化石が発掘されることは、ナホは知る由もない。
その重鎧巨兵を、唐八景公園の電波塔の登頂から見下ろす影──。
下僕獣が一体、化獣・六日見狐。
現在は六尾が融合した状態。
「にょほほほっ! 面白くなってきたのう! 烈玖珠は予想通り、エメゴジっぽいデザインか! あれはファン受け悪かったが、わしはまあまあ好みじゃぞい! さて、わしもそろそろ……一働きするかのっ!」
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