第040話 海軍特務部隊・セイレーン ユーノ・シーカー
──小榊高射砲陣地跡。
いまは陸軍戦姫團・臨時陣地。
リムが右衛門作から託されたスケッチブックを見返しながら、不思議そうに首をかしげる。
それと同じ角度で、逆方向に首を傾けつつ、愛里が背後から覗きこむ。
「あっ、お師匠様。変だと思いませんか?」
「なにがよ?」
「イッカさんのところに現れた、ギャンさんという人……。ほぼほぼ記憶にないですし、そもそも描いてもいないんですよ……ほら」
リムの言うとおり、スケッチブックに描かれているのはイッカの姿のみ。
リムが逆方向へ首をかしげ、それで絵が見えなくなった愛里も逆方向へ首をかしげる。
「……なぜ一人の絵で、二人も召喚されていたのでしょう?」
「うーん……。たぶんもう一人は、ジト目ちゃんにとって不可欠な武器扱いだったんじゃないかしら? ほら、砲隊長も野砲ごと転移されてきたでしょ? リムは野砲までは描いてないのよね?」
「はい。じゃあ……もしかして、ラネットさんやトーンさんも、どちらか一人を描けば、二人一組で召喚されたりしたんでしょうか?」
「ありうるけれど、ちゃんと一人ずつ描いたほうが、確実っぽい気はするわね。だから次は……あの三つ子ちゃん、きっちり三人描いてほしいんだけど」
「三つ子……。カナンさんたちですね」
「そ! 召喚先はこの場所! ひっどい音痴な獣が暴れてるらしいから、とびっきりのアイドル、ぶつけてやりましょ!」
愛里のスマホに映し出されたのは大村市・海上自衛隊大村航空基地。
ストリートビューに映るそこは、大村湾の青と芝生の緑に囲まれた、直線の敷地。
しかしいまそこは、霊獣・精霊風が発する瘴気を含んだ歌声によって、暴風雨と雷鳴に包まれている──。
そこから大村湾を挟んだ北西の針尾無線塔では、ムコと歪蛮がいまだ交戦中。
ムコの鉄矢が確実に歪蛮を捉え続けるも、その巨体と厚い皮膚へは、致命傷を与えられない。
ムコは青白いワイヤーの上を器用に駆けながら、勝利への一手を探す。
「くっ……! 奴め、翼の付け根をこちらへ見せない飛びかたになった! それなりに知能はあるということかっ! このまま二の矢、三の矢を決められなければ、奴がわたしを……敵と認識しなくなるっ!」
歪蛮の当初の進路は、米軍基地、海自佐世保地方隊がある佐世保港湾部。
それをムコが一時的に、気を引いて足止めしている格好。
歪蛮がムコを無害と判断してしまうと、進路を元に戻す公算が高い。
それを防ぐために、なんらかの深手を負わせる必要があった。
「せめて毒矢の一本でもあれば……。あの海軍の
「おやおや。それは殊勝な自省ですねぇ、
「……その声はっ!?」
歪蛮の尾による強烈な打撃を跳躍でかわし、三号塔から二号塔の頭頂部へ移動したムコの目に、一人の女の姿が映る。
一号塔の頭頂部に腰を下ろし、片膝を立ててニヤついている水平糸目の女。
海軍の諜報員にして、忍者の一族の出自である、ユーノ・シーカー。
イッカと対で召喚されたギャン同様に、ムコに同行していた──。
「ユーノかっ! なぜここにっ!?」
「はて? ここは海軍の施設のようですから、海軍兵のわたしがいるのは、ごく自然ですがねぇ。むしろ陸軍兵がいるのが不自然では?」
「……相変わらず人を食った女だ。だがいまは、助っ人と考えていいんだな?」
「ですから、わたしが主役であなたが助っ人というのが、ロケーション的に自然ですがねぇ? ま、異世界に来てまで縄張り争いは野暮ですか。クックックッ……」
ユーノが前傾姿勢で、ムコ同様に光のワイヤーの上を駆ける。
二号塔の頭頂部に、背中合わせて立ち並ぶ二人。
ユーノが海軍服の内ポケットから、飴色の小瓶を一つ取り出した。
直後ムコが、すん……と鼻を鳴らす。
「……除虫菊の成分か」
「さすが『鼻』二代目。蓋を無視して嗅ぎ取りますか。もっとも薬草は、
「いまの敵は蟲ではないぞ。効くのか?」
「除虫菊に含まれるピレトリンは、爬虫類にも神経毒として効くんですよ。いま上空にいるあれが爬虫類……という前提ですがね。哺乳類にはせいぜい催涙効果しかないので、もしあれが鳥の仲間だったら……」
「だったら?」
「ちゃーんと哺乳類に効く毒をあげます。クックックッ……」
「怖い女だ」
「ですがあの巨体。毒で死に至らしめるのは、まあまあ厳しいでしょう。塔内に爆雷を忍ばせていますから、まず毒で弱らせて、とどめはそれで。巨蟲討伐の再現といきましょう」
かつての蟲との戦いにおいて、体高二〇メートルにも及ぶ巨大な蟲・
言霊の悪戯か、いま再び巨塔の上で共闘する。
「やはり怖い女だ。ところで……」
「なんでしょう?」
「それは海軍の制服か? 陸軍に比べて、ずいぶんと愛らしいのだな」
上下蒼色の、ユーノの海軍服。
陸軍のものとは違い、末広がりのスカートルック。
前を開けている上着からは、白いシャツと紺色のサスペンダーが覗く。
「気づいてくれましたか。これは近々新設される、女性のみの広報部隊、海軍特務部隊・セイレーンの制服なのですよ。初披露が異世界だとは、予想外でしたがね」
「海軍の内情を話していいのか?」
「フィルルお嬢様あたりはすでに掴んでいる情報ですから、心配無用です。ではそろそろ……いきますか。ククッ……」
「了解っ!」
歪蛮が上空から、一号塔上の二人を尾で急襲。
ユーノが二号塔へ駆けながら親指で小瓶を弾き、三号塔へ駆けるムコがそれを掌でキャッチ。
左右に散開した二人は、互いに弓を構え、鏃に毒を塗布した矢を番える──。
「ムコ、わたしの武器は携帯用の暗殺弓ですから、せいぜい牽制にしかなりません。奴の気は引きますが、撃ち込むのは任せますよっ!」
「了解っ! 翼の付け根への射線さえ作れれば、それでいいっ! 一方の翼を毒で鈍らせてから、奴に爆雷をセットする!」
二人の少女が、地上一三〇メートルを、まるで大地のように駆ける。
そのとき、二人の眼下に広がる大村湾に、黒い巨体が舞った──。
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