戦姫出陣!

第034話 陸軍研究團・異能「鼻」二代目 ムコ・ブランニュー

 ──翼獣・歪蛮わいばーん

 西海市虚空蔵山上空に出現したのち、佐世保市港湾部を目指して飛翔。

 大振りの羽ばたきで、やや滑空気味に高度約二五〇メートルを進む。

 翼長約八〇メートルの巨体が、同市横瀬浦地区上空に及んだとき──。

 歪蛮の右首に、一本の太い鉄矢が刺さった。


 ──ギッ!


 歪蛮が短い悲鳴を上げ、その場で一旦大回りの旋回。

 矢の出所を探る動きを見せる。

 褐色の光沢を帯びた眼球がすぐに、自身に向かって大弓を構える、一人の射手いての全身を捉えた。

 陸軍研究團・異能「鼻」二代目こと、ムコ・ブランニュー。

 黄金色の長い三つ編みの陰に、縁が細長く尖ったがいを持つ少女。

 山岳地帯の活動と弓の扱いに長けた、放浪民族・山窩イルフの出自。

 三基の針尾無線塔はいま、ムコの戦姫補正を受けて、頭頂部を青白い光線で繋ぐ。

 稼働時代に張られていた銅線を再現した、空に描かれし巨大な正三角形。

 その一号塔の頂、地上約一三〇メートルに、ムコは揺らぎなく立つ。


「……ここが、愛里メグリさんの世界。この世界を必ずや救い、受けた大恩……お返ししますっ!」


 国籍を持たぬ放浪民族であるがゆえ、資質はありながらも、国防を担う陸軍戦姫團の入團試験を失格にされたムコ。

 しかし民族差別を嫌う愛里がかばい、その働きあっていまは陸軍研究團に属する。

 替え玉受験トリオ、ステラ並みに……あるいはそれ以上に、愛里を尊敬する少女。

 大口を開けて真正面から迫る歪蛮の口内目掛け、掌大の鏃を備えた鉄矢を連撃。

 その二本の矢が、青白い軌跡を描いてはしる──。


「いつもの大弓が……驚くほど軽いっ! 矢の速さも射程も……遥かに向上している! これが愛里さんに宿っていた、異なる世界で授かる戦姫の力……!」


 歪蛮は頭部を上げて、口に迫る鉄矢の直撃を回避。

 蛇腹状の喉にそれを受けるも、皮膚は固く厚く、鏃のみを食い込ませるに留まる。


「くっ……重装甲! まるで空飛ぶ鋼の蟲チャリオットっ!」


 ムコは後方へ飛びのき、無線塔同士を繋ぐ青白い光のワイヤーを掴む。

 直後、歪蛮がムコのすぐ上空を通過。

 ワイヤーがゴムのように大きくしなり、歪蛮が生じさせた風圧から、ムコの落下を防いだ。


「このワイヤー……柔軟性がある! 強く握っても痛くない! ありがたいっ!」


 ムコはワイヤーの反動を利用して、三号塔の頂上に向かって跳躍。

 そのさなか、上下逆さまの姿勢で、宙で矢を放つ。

 その華麗な一撃が、歪蛮の右翼の付け根を穿うがった。

 鉄矢が中ほどまで、翼の関節に食い込む。


 ──ギギギギイッ!


「蟲と同じく、関節に弱みがあるかっ!? どちらかの翼の根元を壊せば、飛翔能力を奪えるっ! 狙うっ!」


 倒立姿勢から体をひねり、三号塔の頂上へ着地するムコ。

 くノ一にして海軍の間者スパイ・ユーノとの樹上戦、樹上戦特化型の蟲・死刑囚ハングドマンとの二戦でも見せた体術が、ここでも生きる。

 一方の歪蛮は小さく旋回し、ムコを再び正面から襲う。


「来いっ!」


 初見の巨獣にたじろがず、ムコがすぐに次の矢を番える。

 蟲との戦いで培った経験、勇気が、その冷静さを生んだ。

 樹上戦を得意とする山窩イルフのムコに、戦姫補正による能力強化が宿っているいま、三基の巨塔の上は、平地よりも地の利があった。

 その高所での戦いの目撃情報が、周辺地域からネット上へと相次ぐ──。


「エルフ対ワイバーンっ!? やっぱあれ映画の撮影かっ!?」

「いやいや、あんなバカでかい着ぐるみ作れるわけないだろっ!」

「立体映像じゃない? ほら、プロジェクションマッピングとか」

「あの塔が光の線で繋がってるの、『17才の帝国』みたい!」

「ロケーション的には『空の大怪獣 ラドン』だろ!」

「もしあれが本物のワイバーンなら、戦ってる女の子は俺たちの味方っ!?」


 悪魔デビル、六日巫女、安楽女、そして歪蛮。

 それら異形の存在と戦う少女たちの目撃情報から、この世界でなんらかの戦いが起きている、恐らく少女たちはこの世界を守っている……という認識が、ネット上から世間へと拡散していく──。

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