第三章 異世界の戦姫
蠢動
第032話 笑顔
「あーっと! 盛大な誤爆ぅ! アーハッハッハッ!」
右衛門作を突き殺した安楽女が、その死骸が粉塵となって風に流されていくのを見てあざ笑う。
「まあ妄想老害殺すとが、ここに来た目的やけん。結果オーライって言えば、そうたいねー! ハッハッハッー!」
毒蟲の脚をスカート内に収納し、肩をすくめて苦笑いをする安楽女。
天音は怒りに震え、宝刀・神気の柄を固く握り締める。
愛里はそれ以上の憤怒の表情を浮かべ、素手で安楽女に挑む構え。
「……師匠さん、下がってください。こいつは異形の獣。素手では無理です」
「アンタこそ、蟲の魔物は未経験でしょうに。ここは害蟲駆除の専門家に譲りなさいって。被爆地の悲しみを、戦争の火種にしようだなんて……許せないわっ!」
そこへリムの救出を終えたステラが、リムを右肩に抱えて下りてくる。
その位置、安楽女の背後。
「……お師様、ここはお任せを! お師様は、姉弟子が戦姫團の兵を召喚する間、護衛をお願いします!」
前後から敵に挟まれた安楽女。
しかし動ずることなく、スカート内から八本もの毒蟲の脚を伸ばした。
あまりの脚の多さと、その毒々しい毛深さに、周囲の四人が一歩下がった。
それを見て安楽女が、勝ち気の笑み。
「
安楽女を中心に、毒蟲の脚が放射状に伸びる。
天音とステラは迎撃の構え。
愛里はリムへと駆け、毒蟲の脚の射程から逃がす挙動。
刹那──。
安楽女の体が、黒い影に覆われる。
「やめてくださぁい!」
──ガッゴオオオォン!
観覧車を地上へ下ろし終えていた重鎧巨兵搭乗のナホが、巨大な掌を安楽女目がけて上から叩きつけた。
庭園に折り目正しく敷き詰められていたレンガが、放射状にひびを走らせる。
安楽女はすんでのところでその打撃を逃れ、生じた粉塵に紛れながら、庭園わきの屋上駐車場へと後退。
「ハハッ、間一髪! そのデカブツば忘れとった! でもまあよか。一方的すぎたら戦争にならんしね! それにそろそろ、そのデカブツにお似合いの獣が…………ほら来たっ!」
ドドドドドドドーッ!
長崎港湾部のはるか先で、巨大な水柱が立った。
そしてそれが収まると同時に、まるで孤島のような、巨大なカメの甲羅が現れる。
陸生のカメに見られるドーム状のその甲羅は、直径四〇メートルほどにも及ぶ。
水柱の余波で周囲の海面が大きくうねり、港湾部の漁船、旅客船、観光船、巡視艇、そして三菱重工業長崎造船所に停泊している海上自衛隊の護衛艦が、大きく揺らされた。
安楽女が港湾部へと跳躍で向かいながら、叫ぶ──。
「あれは拾体の下僕獣が一つ、甲獣・
街中の建物の隙間へと消える安楽女。
重鎧巨兵が乙女のような挙動で胸元で両手を握り、愛里たちへと巨大なヘルメットを近づける。
「あ、あの……戦姫さんっ! もしかしてわたし、あの大きなカメと……戦わなくっちゃダメなんですかっ!?」
「上陸されたときは……お願いするわ、
「は……はいっ! わかりました」
重鎧巨兵が左手を差し出して、掌を上に向ける。
それに愛里が、リムの腰を抱き寄せて飛び乗る。
天音も宝刀・神気を一旦掌に収納し、それに続く。
ステラは
ゆっくりと下げられていく巨大な掌の上で愛里は、悔しげに歯を食いしばる天音へと声をかけた。
「……あの人が望んだとおりの最期だったと思うわ」
「わかってます……だれよりも。私憤はできる限り抑えてます。いまは、ボクも右衛門作さんのような笑顔で、消えることができるのかなって、不安が……」
「なるほど……ね」
右衛門作と同じく、妖術画から現世へと
紙切れが燃えるように消えた右衛門作の死に際が、言いようのない恐怖心を抱かせていた。
愛里が表情をわずかに緩め、ほんのりと微笑を浮かべて語る──。
「──せっかく好きになった世界から、心底愛した人のそばから、風のように消えた女がいたわ。しかも二回も。その女の去り際は、二回とも笑顔だったそうよ。そしてもし、三回目があったとしても……必ずそうするそうよ」
「……それって、お師匠さんのことですよね?」
「せっかくぼかしてんだから指摘しない! まあ笑顔でいたかったら、いまいる世界とそこに住む人を、愛しなさいってこと。あー……柄にもなさすぎて、言ってて寒気するわ」
「アハハ……すみません。でも、ありがとうございます。ボクもこれからあなたを、人生の師として仰ぐことにします」
「天草四郎の師匠とは、わたしももう歴史上の人物ねー」
話が終わったところで、ちょうど重鎧巨兵の手が地面へと着く。
愛里は乗ったとき同様にリムを抱きかかえながら飛び降り、それに天音が続いた。
「……よっと! あらら、いいタイミングで路駐の空車はっけーん! みんな、あれに乗り込んで! 歩荷ちゃんは、河口辺りまで移動して、待機しててくれる? 追って戦姫團のみんなが駆けつけるから!」
「わっ、わかりましたっ!」
コックピット内のナホが、背筋を伸ばして両手を体の前面で組む。
重鎧巨兵はその挙動を再現。
愛里が親指を立てて、ナホへ「よろしく!」と合図。
「……女の子の動きしてるってことは、モーションセンサー系の操縦かしらね。機会があったら乗せてもらいたいわ。さーてわたしは、ウォーカーマシン系の操縦しましょうかね……っと!」
運転手不在の路上駐車中の車、その運転席へ乗り込みハンドルを握る愛里。
その車、偶然にも安楽女が同居している女・千羽の所有する赤いキャロル。
JR長崎駅前高架広場から天音たちの動きを追ったのちに、乗り捨てたもの。
天音がリムの手を引いて後部座席に座り、シートベルトを着用させる。
ステラは運転席の窓の外から、愛里を覗き込む。
「お師様。臨戦態勢でありたいので、武器ごと乗り込んでもいいでしょうか?」
「いいわよー。わたしの車じゃないし、キャロルは確かサンルーフ仕様もあるしー」
「では──」
──ガキイイイィン!
ステラがキャロルの
同時に愛里がアクセルを踏み、発車。
上部から巨大な鎌の刃を飛び出させたキャロルが、混乱の様相を呈してきた街中を疾走。
リムがおずおずと、後部座席から愛里へと尋ねる。
「あの……お師匠様? もしかしていま、車泥棒してます?」
「そうとも言うわね。でも大事の前の小事! 三十路の昼! ほかに質問はっ!?」
「あ、じゃあ……えっと……。いま、どこに向かってます?」
「待ってましたその質問! 戦姫團の陣地構築に、もっともふさわしい場所へ向かってるわよ! みんなには暴れてもらうからねっ!」
愛里のその言葉に、助手席のステラが絡む。
「もしかして、先ほどの山頂の公園ですか?」
「ううん。稲佐山も陸軍陣地だったけれど、公園化が著しくってアレが現存してないのよねー。肝心のアレが!」
「アレ……と言いますと?」
「……聴音壕っ! となればリム、まず呼び出すべき二人、わかるわよねっ!」
「は……はいっ!」
リムが右衛門作が遺した画材を手に取り、走行する車の中で作画を始める。
愛里が目指すのは、午前中にも車で通過した、女神大橋料金所そばの山中。
太平洋戦争時の聴音壕が現存する、小榊高射砲陣地跡──。
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