第029話 みそ五郎どん
「──頼んだ、リムっ! この観覧車、回転を続けようとすれば、きっと軸が折れて落下する! 乗ってる人みんな危ないっ! だからまずこの観覧車を支えられる……巨人を呼び出してっ! みそ五郎どんみたいなっ!」
「へっ? 巨人? みそ……ごろう……どん?」
みそ五郎どん。
島原半島から長崎市にかけて伝承が残る、味噌が好物の巨人。
人間に対して友好的だが気分屋でもあり、ときに周囲の迷惑を顧みない大男。
その民話はバリエーションが豊富で、中には夫婦で登場するものもある。
土地形成の神の側面もあり、言い伝えが広まるにつれ、変わった地形がある土地では「これもみそ五郎どんが造った」という後付けの創作……一種のリレー小説がなされ、島原半島から長崎市へエピソードを増やしながら伝わったとする考察もある。
当然、リムは知る由もない。
「知らないっ!? じゃあ弥五郎どん!」
「やごろ……うどん?」
弥五郎どん。
九州南部に伝わる、同じく土地形成の神の性格を持つ大男。
人間と近しく暮らしている、気分屋で悪戯好き、敬称が「どん」……と、みそ五郎どんとの共通点が多く、伝承の起源の古さから、弥五郎どん伝説が九州を北上してみそ五郎どんを生んだとする考察がある。
鹿児島県、宮崎県が舞台の伝承につき、島原半島までには空白地帯があるが、熊本県には
……が、やはり異世界のリムは知る由もない。
天音はさらに巨人の例を挙げる。
「んじゃあ、ダイダラボッチ! アトラス! ゴロン!」
ダイダラボッチは主に本州で言い伝えられる巨人。
アトラスはギリシャ神話に登場する、世界を支える巨大な神。
ゴロンは南島原市制作のショートアニメ「巨神と氷華の城」に登場する炎の巨人で、天音は自分が登場するこの作品をチェックしていた。
いずれもこの世界へきて二日目のリムが、知るわけがない。
「ど……どれも知りませんっ! そもそもわたしの世界、巨人なんていませんっ!」
「ええっ!? リムって……ドラゴンとかゴーレムとかがいる世界から来たんじゃないのっ!? 異世界ってそういうところだよねっ!?」
「いませんっ! 大きな蟲がいたくらいで、あとはこちらの世界と…………あっ!」
「な、なにっ!?」
「ゴーレムならいますっ! とっても力持ちの……ゴーレムがっ!」
リムが筆先を濡らし、続けざまにパレットへ複数の絵の具を延ばす。
そして揺れる観覧車の中で、無心に作画を開始。
心当たりのある、とある一人の戦姫團兵の姿を、一心不乱に描く。
混ざりあって鮮やかな濃淡を生み出す絵の具。
筆洗器内の汚れた水が、粒となって周囲に飛び散る。
その汚水さえも発色に利用し、リムは一体の
「完成……ですっ! あとは、わたしやステラさんみたいに、こちらの世界で戦姫補正が付与されれば……!」
リムが筆を離し、スケッチブックを両手で握る。
描かれた
「…………絵から出てきませんね?」
「あ。右衛門作さん、妖術画には署名入れてたっけ。左下」
「ありがとうございますっ! 署名……漫画家のときに使ってるサインで……構いませんよね? えいっ!」
筆を持ち直したリムが、その先端でサラサラと、人物に被らないよう
スケッチブックから筆が離れると同時に、付近の上空に正円状に白光が発する。
──カッ!
そのまばゆさに、リムは一瞬瞳を閉じた。
「きゃっ!?」
「……成功だ、リムっ! きみの世界から、巨人がやってきた!」
「えっ……? ああっ!」
直径約三〇メートルの、円状の光。
そこから重鎧兵の、巨大な両足が現れる。
その異変に気づいた自動車、路面電車の運転手が、停車、あるいは猛スピードでの通過で、重鎧兵の真下から逃避。
四車線の国道、二本の線路上に、広い空白が生じる。
そこへ降り立ったのは、体高四〇メートル超の巨大な重鎧兵。
陸軍戦姫團の入團試験に用いられた重鎧兵「ゴーレム」が、まるまる巨大化したもの──。
──ズウウウウゥンッ!
着地した重鎧兵はアスファルトに両足をめりこませ、粉塵を派手に舞わせる。
やや曲げていた腰を、ギシギシと鎧の関節部を擦らせながら伸ばす。
そして頭部のヘルメットの奥から、防災無線のようなくぐもった音質で、垢抜けない印象の少女の声を、大音量で発した──。
「……えっ? えっ? ここっ、どこなんですっ? もしかして……本当に戦姫さんの世界へ、行かされちゃいましたっ!?」
巨大な重鎧兵は胸元で両腕を交差させ、頭部を左右へきょろきょろ。
威圧感に満ちた巨体にまったくそぐわない、臆病な少女の挙動を見せる。
その声色と言動に覚えがあるステラが、跳躍の連続でリムたちが乗るゴンドラの上へと立った──。
「砲隊の、ナホ・クックですね! わたしは戦姫團副團長、ステラ・サテラ!」
──ナホ・クック。
陸軍戦姫團・砲隊に属する、ソバカスを蓄えた田舎娘然の少女。
農家の生まれで、幼少期から作物の運搬を日常的に行っていたことにより培われた怪力は、女傑が集う戦姫團でも一目を置かれる。
ゴーレムの異称を持つ重鎧を、全身にまとったままで軽々しく移動する様は、勇ましさを越えて異様さを感じさせるほど。
いま、巨大な重鎧の頭部の中で立つナホは、同期の入團者にして上官に当たるステラの声を聞き、戦姫團式の敬礼を取った。
その挙動に同期して、巨大な重鎧兵も同様の動きを見せる。
巨大な重鎧兵は、等身大のナホの動きをトレースしていた。
「……あっ、副團長! じゃあ、副團長が戦姫の世界へ行ったって噂……本当だったんですねっ! ここ、戦姫の世界なんですねっ!」
「噂……? どういう噂です? 説明願います、ナホ・クック!」
「あ……はいっ! 三日間行方不明の副團長は、戦姫の世界へ招かれたんだ……っていう噂です! 研究團のアリス様が、異世界へ招かれる者がこの先続くかもしれないと助言をし、團長が全兵へ厳戒態勢を命じました! それでわたしは、重鎧を纏いながら寝食を……」
「フィルル……さすが気が回りますね。彼女が團長に適任という采配、エルゼル前團長の見立てどおりです」
戦姫團團長・フィルルの、その判断──。
愛里の世界へ己が招かれれば、未知のBL本を大量に入手できるという欲望が生んだものであることは、ステラは知らない。
ステラが立つゴンドラから、一つ間を挟んだゴンドラの上には、安楽女の姿──。
「はあ~! こいが別の世界からの助っ人! 鋼鉄の巨人とは
『で、でも……。イデオンや終尾の巨人じゃなくってよかったですね。ああいうの呼び出されたら一瞬で終わ……って、きゃあああぁあああっ! 高いっ! 怖いっ!』
「あーもー、千羽出てこんと。アニメ
『すっ、すみませんっ!』
「そろそろこの観覧車倒れるけん、眠っとかんね。二度も臨死体験しとうなかやろ?」
『は、はい……。それじゃあ、お言葉に甘えて…………』
「……まったく。一度死ば選んどるくせに、オタトークのネタ見つけたら生き生きと表に出てくっとやけん……。変なか女ばい、千羽は」
安楽女は「はぁ」と小さく溜め息をついたあと、観覧車に張り巡らされているクモの糸を軽やかに跳ねて回りながら、愛里たちがいる屋上庭園へと向かう。
ステラがそれを追尾の構え。
「ナホ、観覧車を頼みますっ! 来たれっ、
ステラが左手を掲げ、再び愛用の大鎌を呼び寄せる。
先ほど同様、鎌が一人でに飛来し、ステラの手の中へ収まろうとする。
刹那──。
「……っ!?」
ステラの全身を左右へ分割させんと、垂直に振り下ろされる。
瞬時にステラは、隣りの観覧車へのバックステップで回避。
ゴンドラの屋根を貫通した巨大な刃が、ゴンドラ内のリムの目に前に一気に出現。
「きゃあああぁあああーっ!」
ステラが呼び寄せた
身長一四五センチ程度の、ステラと同じほどの背丈の女。
薄めの栗毛色の髪を、額の中央で左右に分けた、やや癖っ毛のセミロング。
頭髪と同じ色の麻呂眉の下には、目尻が吊り上がったキツネ目。
頭部には、一対のキツネの耳。
そしてその姿の背後では、巨大なキツネの尾が六つ、扇のように左右に広がる。
その女が
「にょほほほほっ! 丸山遊郭辺りで顕現したのじゃが、ちょうどよい乗り物が飛んでいたから、無賃乗車させてもらったぞい!」
「……何者ですか?」
「拾体の下僕獣が一つ…………
──六日見狐。
山田右衛門作の妖術画から顕現した、二体目の下僕獣。
六尾を有する、妖狐──。
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