第025話 チームとんこつ改!
──みらい長崎ココウォーク。
長崎バス・ターミナルが併設する、大型商業施設。
天音の言葉に従って屋上庭園を目指す愛里は、エレベーターではなくエスカレーターを経路に選び、リムとステラに店内の様子を見せる。
さしものステラも、フロア中に書籍を並べるTSUTAYAからのTOHOシネマズには、目を丸くして年相応の驚きを見せ、思わず愛里の腰に手を添えた。
「巨大な書店の次の階は映画館……ですか。さながら一つの都市ですね。ここは」
「あっちの世界って、映画あるんだっけ?」
「あります。ですが、
「んじゃあ……活弁士とかもいたりする?」
「はい。戦姫團でもたまに上映会をしますが、無声映画にはフィルルの活弁がつきますね。かなり主観交じりの」
「糸目ちゃん、器用だこと」
二人がエスカレーターを終えて六階へ上ったとき、リムと天音はまだ階下。
リムはエスカレーターへ最初の一歩を乗せるタイミングがつかめず、上げた足を前に出しては引っ込める……を、各階で繰り返している。
「ととっ、とっ、よっ、とっ……。あっ、お師匠様たちっ、待ってくださ~い!」
先ほど立ち寄ったショッピングモールでは、各階の移動はオートスロープであったため、リムは初体験のエスカレーターに四苦八苦の連続。
天音が各階ごとに、手を貸してサポート。
「リム、いくよ? それっ……!」
「きゃっ……!? わっ……わわっ、わっ……ほっ……。あ、ありがとうございます」
「だから、礼を言われることじゃないってばぁ。リムが面白いから、この建物あと百階くらいないかな……って、思ってるくらいだし。ハハッ」
「アハハハ……。百階もあれば、さすがに慣れますよ……。たぶん、七十階辺りで……」
エスカレーターの同じ段に並んで上がっていく二人。
それを見下ろしながら愛里は、目を細めてニマニマとニヤけ顔。
(なんかいい感じじゃない、アンタたち。天音が史実的に故人……ってのが、ちょっとばかし引っ掛かるんだけど……)
リムはエスカレーターの終わり際で、愛里のちょっといやらしい表情に気づいた。
一行がエスカレーターから離れる中、リムはその笑みの意味を問う。
「お師匠様~。わたしがこの動く階段に乗れないの、そんなにおかしかったですか~?」
「ああ、ごめん。そこじゃないのよ、この顔は。ほら、天音って雰囲気がラネット似てるから、替え玉受験トリオのこと、ちょっと思い出しちゃって……ね」
「あっ! それ、わたしも思ってました! 実は心の中で、わたしたちのこと『チームとんこつ
「チ……チームとんこつ改……。相変わらずの、独特のセンスだわね……リム」
「そうですか? 四人中二人は継続してますから、『新』や『第二』をつけるのは、違うかなぁ……って。それで『改』ですっ!」
「えっ? わたしも数に入ってんの? それ、前からだっけ?」
「そうですよ。師匠の立場のくせに、忘れてました?」
「そう言われたら、そうだったような気も……。一人だけ年離れてたし、あとでステラが弟子入りしたりで、記憶曖昧になってたわね。あははは……」
「もぉ~。チームとんこつは、わたしたちの大切な青春の一ページなんですから、二度と忘れないでくださいねっ!」
「ふふっ、ごめん。しっかり記憶しとく」
愛里が癖のウインクの代わりに、照れくさそうに鼻の頭を数回かいた。
(リムったら、うれしいこと言ってくれちゃって……。涙の粒できちゃいそうで、ウインクできなかったじゃない)
施設内のエスカレーターは、TOHOシネマズがある六階まで。
一行は立体駐車場わきの階段経由で、八階の上にある屋上庭園へと入った。
テーブルといすが並ぶ飲食スペースを抜け、この施設のシンボル、観覧車を真横に見る花壇のエリアへと行く。
観覧車は五階に設置されており、この花壇からは上半分を間近で見る格好。
花壇のレンガの囲いには、高齢男性が一人腰を下ろし、観覧車を眺めている。
愛里たちが
天音が一行から飛び出し、似顔絵描きへと駆け寄った。
「……よかった、右衛門作さん。連絡したあとで、タクシー代持ってたかな……って、ちょっと心配したんだ」
「ははっ、なんとか足りたよ。最期の買い物で、偽札を使わずにすんだ」
「右衛門作さん……」
「……天音。わたしは大罪人だ。戦争犯罪者とも言える。この画材を託したら、彼らに裁かれなければならない」
「……うん」
「この
二人の脳裏に、約四〇〇年前の戦の、陣の陥落の記憶が蘇る。
島原の乱、最後の日。
天音が結末を見ることを許さなかった右衛門作は、炎の中でその首を落とした。
路傍の似顔絵描き……山田右衛門作は、詫びるように顔をしかめると、重そうに腰を上げ、近づいてくる愛里一行の正面に立った。
「……また会いましたな、皆さん。わたしは山田右衛門作。
あたかも独り言のような、右衛門作の名乗り。
愛里がサッと一歩前へ飛び出し、リムとステラをかばうように二人の前に立つ。
「もったいぶったあいさつどうも。わたしは星ケ谷愛里、ラーメン屋。眼鏡がリムで、ちっこいほうがステラ。この子たちはこっちにまだ慣れてないから、言いたいことはわたしが承るわ」
リムとステラを背に隠し、守る姿勢の愛里。
かつての蟲との戦いの中で見せた、凛々しい剣士の表情を浮かべる。
ソバカス豊かな引き締まった頬を見て、右衛門作は顔に無数にある皺を緩めた。
「なるほど、さすが英雄の相。異世界との橋渡し役のようだが、この場で最も強いのは、あなたなのかもしれない」
「……あン?」
「わたしはかつて、十体の
「十体の獣……拾体の下僕獣。さっき駅前に現れたやつ的な?」
「あれよりも、ずっと凶悪な獣だ。大きさも様々」
「自衛隊じゃ倒せない?」
「時間をかければ倒せるだろう。だがそれまでに、多数の死傷者が出る。拾体の下僕獣の目的は、侵略ではない。戦いそのものが目的なのだ」
「…………」
「拾体の下僕獣の使命は、宗教戦争。勝敗ではなく、己らが仕える神のために戦う。それをこの世に宗教戦争として知らしめることができたらば……。この地に、神が降りてくる」
「邪神……的な?」
「それはわたしにはわからない。この企みは、首謀者であるわたしの手を離れてから二、三百年は経っている。なにが降りてくるのか、皆目見当もつかない。ただ名前は……『物言う神』という」
「物言う、神……」
右衛門作は画材が入った肩掛けバッグを左腕から下ろし、一旦地に下ろす。
長年使いこまれたそのバッグには、髄所に解れと絵の具の汚れがあり、全体的に薄茶色に色褪せている。
「ふふ……。昔の癖でつい、己の武器は体の左側に携えてきた。武士にせよ画家にせよ、それを手放したときは、魂が抜けたようだよ……」
右衛門作は一旦下ろしたバッグを右手で持ち上げ、愛里に差し出した。
あたかも、左腰の刀を、右手で抜刀したかのように──。
「この画材を、そちらの眼鏡の少女へ……。これを用いて、異世界の
「異世界の……
愛里の脳裏に、戦姫團関係者の面々の顔が、懐かしくもはっきりと浮かんだ──。
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