第024話 二位一体

「さ、さっきのアクション、すごくカッコよかったです! 両手を合わせて、こう……神気を取り出す、ところなんか、特に……! えっ、映画の撮影ですかっ!? わたし応援しますからっ、お名前教えてくれませんかっ!? あっ、名前っていうのはもちろん本名じゃなくって、げっ、芸名ですけどっ!」


 女性がわたわたと立ち上がりつつ、一方的に感想をまくしたてる。

 その典型的コミュ障オタクムーブには、手を握られている天音のみならず、追いついた後続の愛里たちも後ずさりでドン引き。

 天音がやや強めに女性の手を振りほどき、一歩距離を置いた。


「や、さっきのは映画の撮影とかじゃなくって……。これからこの地に……ああいった獣の侵攻が、始まるかもしれないんです」


「え……? けも……の……?」


「ボクのこと、支持してくれるのはうれしいけれど……。でもボクは、支持されるに値しない人間だって、歴史が証明してます。だからおねえさんはボクなんかよりも、身近で大切な人を守って! 一時的に……この地から避難してっ!」


「ひ、避難……? あの、それってどういう……」


 発汗で眼鏡のレンズを曇らせながら、女性が天音との間を詰める。

 天音は軽やかな動作で女性のわきへと身をかわし、そのまま駆けだした。


「すみませんっ! 時間ないんでっ! いきましょう、愛里さんっ!」


 眼前の女性との混同を避けるために、愛里を「おねえさん」から名前呼びに変える天音。

 愛里一行は再び、宙を泳ぐ天音の黒髪を追った。

 一人その場に残された女性は、天音を追わず、その場に立ち尽くす──。


「あ、あぁ……行っちゃいました。刀のこと、詳しく聞きたかったんですけど……」


『ハッ……ハハハッ! いやいや、上出来たい千羽ちわ!』


「……らくさん?」


 天音の手首を握った女性……千羽の耳の奥で、自身と同じ声が湧く。

 同じ声だが、その口調は荒く、強い──。


『おまえを死なせんで、正解やったと。千羽の人間部分が、よかカモフラージュになっとる。あの天草四郎ですら、わたしの妖気ば察知できんかったけんね……。クックックックッ……』


「天草四郎っ? さっきの女の子が?」


 千羽は両掌をめいいっぱい広げ、それを見つめながら天音の肌の触感を思い出す。


「はああぁ……。天草四郎って、女の子だったんですねぇ……。創作歴女界隈で、大変革が起こりそぉ……」


『はいはい、趣味の話はそこまで。アンタ半分死人やけんね? そいともなんね? ヤリチンに捨てられたけん、女に乗り換える気ね?』


「あ、いえ……。命捨てた身ですから、いまさらそういうのは……。復讐も、安楽女さんが叶えてくれてますし……。ですからこの体、好きにしてもらって構いません」


 千羽が広げていた両掌を、ぎゅっと固く閉じる。

 同時にスーツのスカートの中から、黒く毛深い蟲の脚が一本飛び出し、千羽の頭頂部を優しく撫でた。


『そうそう、よか心掛けたい。物言う神の信仰者の末裔が、千羽みたいな聡明な女でよかったとー。こいで物言う神も、スムーズに降りらるー』


「物言う神……。安楽女さんがいるんですから、神も本当にいるんですよね。先祖代々、秘密裏に信仰してきましたけど、わたしも親も半信半疑でしたから……」


『二五〇年の歴史あっとよ? いわくつきけどねー。その残り少ない信徒の数を、千羽はくだらんヤリチンに引っ掛かって、自ら減らそうとしたとよー?』


「すっ……すみませんっ! すみませんっ! まさか、わたしみたいな地味女で遊ぶ男がいるとは……思わなかったんですっ!」


『まー……そこは同感さ、ハハッ。でもいくら男ば知らんけんって、裸の写真撮られたとこで気づかんばねー』


 黒い蟲の脚が、先端で千羽の額をツンツンとつつく。

 千羽は言い返すことなく、曇った顔でうんうんと同意の頷き。


「はい……。ですから恨みを晴らしてくれた安楽女さんには、感謝してます……」


『礼はよかってー。わたしら下僕獣とあんたたち信徒は、運命共同体やけん。さーって……千羽、そろそろまた眠ってくれんね。こいからあの天草四郎と、諸悪の根源、山田右衛門作を始末してくっけん』


「わ、わかりました……。あの、安楽女さん?」


『なんね?』


「いろいろと……ありがとうございました」


『だーけん礼はよかって。相見互いさ。さ、早う寝てくれんね』


「は、はい……。頑張って……くださ……いぃ…………」


 その言葉を発し終えるとともに、千羽が気を失う。

 しかし体は倒れず、むしろ目にギラギラとした生気を宿し始める。

 黒い蟲の脚がスカート内へ戻ると、千羽安楽女は背伸びをして、眼鏡のズレを正した。


「……ハハッ! いまから宗教戦争起こす獣のわたしに、『頑張ってください』げな(だって)。物言う神の、信徒の鑑やね。ぶっちゃけ、体ば奪っとる罪悪感あっとよ?」


 いま千羽の肉体を支配している「拾体の下僕獣」の一体、安楽女がほくそ笑み、左右の肩から前に垂れた三つ編みを、背中側へと乱暴に放る──。


「……ばってん敵は、どうも別の世界から援軍ば招き入れよるごたっ。そげんなったら、せっかくの宗教戦争に紛れが起こる。だーけん(だから)予定より早かけど、全下僕獣の顕現ば始めんばー。はあ、面倒かー……」


 安楽女は愛里たちのあとを早歩きで追いながら、スマホでLINEを起動──。

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