阿比留千羽
第023話 本蓮寺・南蛮杉戸
NHK長崎放送局前で合流した、愛里、リム、ステラ、そして天音。
天音が先頭に立ち、人目につかないよう、国道から一本隣りの道を駆ける。
天音は走りながら上半身を捻らせ、二番手を走る愛里へと声掛け。
「……会わせたい人がいます。ボクについてきてくださいっ」
「ひょっとして、絵描きのおじいさん? 山田右衛門作?」
「はいっ! 恐らくリムは、右衛門作さんの妖術画を引き継ぐために、この世界へ呼ばれたんですっ!」
「妖術画…………ああっ、思い出したっ! 山田右衛門作って確か、そこの本蓮寺の幽霊画も描いてるわよねっ!? 絵の中の老人が出てくるってやつ!」
「さすが物知りですね。そのお寺も場が悪くて、行ったことないんですけど……」
「……井戸にキリシタンの遺体を捨ててたって話、本当だったのね」
勝海舟寓居の地として知られる、日蓮宗・本蓮寺。
歴史の中で一時はキリシタンの修道院、教会となるも、禁教令を機に再建。
西坂で処刑されたキリシタンを遺棄したという南蛮井戸は教会取り壊し後も遺り、埋め立てられてはいるものの、井戸そのものは令和の世にも現存している(※訪問には本蓮寺の許可が必要)。
井戸そばの部屋の戸「南蛮杉戸」には、山田右衛門作作の南蛮画が描かれており、この絵から夜な夜な老人が抜け出ては徘徊した……という言い伝えがある。
この南蛮杉戸は昭和二十年の原爆被害によって焼失しているが、言い換えればそのときまでは確実に存在していたことになる。
また、キリシタンの南蛮画家、キリシタンが磔にされた殉教地のそば、という点から、この絵から抜け出していたという老人は、長い髭を蓄え痩せこけた、十字架に磔にされたイエス・キリストではなかったかという考察もある──。
「じゃあ、リムに継がせようって能力……。絵に描いたものを……召喚する力っ!?」
「はいっ!」
「……それって大丈夫ぅ? あの子、短パンが似合うショタっ子を、狂ったように描きまくるわよ?」
「欲望で描いたものは絵から出てこないって、右衛門作さん言ってたから……大丈夫だと思います……。アハハハ……」
最後尾を必死についてくるリムには、二人の苦笑交じりのやりとりは届かない。
今度は愛里が上半身を捻って、後方のステラへと声掛け。
「ところでステラ。あの大きな鎌、持ってないけどどうしたの?」
「持って街中を走ると危ないので、元の場所へ投げ返しました」
「天音みたいに、掌へは出し入れできないのね。っていうか、元って……どこ?」
「もちろん、お師様の家です」
「い゛い゛っ……え゛っ?」
「刃が危ないからか、
「じゃあ、あの鎌の一往復で二度、屋根に穴が空いてるってわけ?」
「そうなりますね。復路は、往路で空けた穴を通っていそうな気はします。根拠はないのですが」
「あ~……なんか世界の危機っぽいから、屋根くらいしょうがないけれども~。いまは雨が降らないよう、祈るしかないわね~」
愛里が恨めしそうに空を見上げる。
初夏の空は青く、白く濃い雲がわずかに並ぶだけで、雨の気配はない。
天音が舌先で右人差し指を舐め、走りながらそれを頭上へ掲げる。
「んー……雨なら二、三日は大丈夫かな。その間にカタがつけば、雨漏り避けられるかも」
「へー。天音、そういうのわかるんだ?」
「なんとなくですけどね。数日くらいの天気予報なら、外したことないですよ? 絵から出てくる前もあとも……エヘッ」
天音が指を下ろしながらへらっと笑い、顔を正面へ戻す。
すぐその正面にいつの間にか、大きな三つ編みを両肩から前へ垂らした、眼鏡をかけた女性が立っていた。
夏物のビジネススーツに身を包んだ成人女性だが、主張強めの三つ編みから学生のような印象が漂う。
天音は回避も停止もできず、減速で対処しつつ、衝突──。
──ドッ!
「きゃあっ!」
女性がヒップから舗装路へ倒れ込み、大きな三つ編みを左右同時に前後へ揺らす。
天音は体幹のよさで転倒を防ぎ、下げた片足で踏ん張って無事。
女性へ右手を差し伸べようとするが、指を舐めたばかりなのを思い出し、差し出すのをとっさに左手へと変えた。
「大丈夫ですか? 立てます?」
「だ……大丈夫です……。あっ……あの……。さっき、神気を振るっていた人……ですよね?」
「えっ?」
「わっ、わたしいわゆる……刀剣女子なんですっ。粟田口国綱の神気……お持ちでしたよねっ!?」
女性は差し出された左手を両手で掴むと、ぎゅっと挟むように握り締めて、グーを作らせた──。
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