第021話 悪魔 -DEVIL-(6)

 西坂公園の広場に着地した悪魔デビルと、その正面に降り立ったステラ。

 二十六聖人像の正面で、再び刃を交じらわせ始める。

 天音から右腕を落とされて隻腕となっている悪魔デビルだが、その攻守をステラはなかなか切り崩せない。

 悪魔デビルは両足を前後に揃えて立ち、最低限の足使いで常にステラを正面に置き、攻撃の手数を絞らせた──。


(あの足捌き……剣道! お師様が姉弟子の一人へ伝授した剣技……!)


 いま悪魔デビルが手繰っている剣術は、両足を前後に揃えて体の線を細くし、相手からの攻め手を絞らせておいて、正面から一気に間合いを詰める剣術、剣道。

 異世界で愛里がルシャへ伝授した構えが、令和日本へ逆輸入される──。


(剣道……。結局お師様から、習えずじまいだった剣技。ならばこちらも、技の出し惜しみはなし……です!)


 ステラがバックステップを踏み、悪魔デビルと十分に距離を置く。

 そして、全身の筋肉をほぐすための垂直の跳躍を、トントンとして見せる。

 その挙動を見た愛里とリムは、ステラの勝利を確信──。


「お師匠様! ステラさんのあの動き……。あの技の初動ですねっ!」


「……そうね。こっちで戦姫補正受けてるステラがをやれば、勝ち確だわね」


 ステラの雄姿を遠目に見ながら、色めき立つ愛里とリム。

 がわからない天音も、異世界の武人が大技を放つのを予感。

 すぐに悪魔デビルは、剣道の足捌きによるすばやい間合い詰めと、ルシャ&セリのカップルが持つ縦横無尽の剣筋を展開。

 しかしステラは意に介さず、悪魔デビルへ向けて跳躍。

 それもただの跳躍ではなく、前方へ水泳の飛び込みの姿勢で跳んだあと、高速の前転で両刃の鎌を回転させ、全身を刃とさせる大技──。


「富嶽断っ!」


 師である愛里の国の最高峰・富嶽富士山をも断ち切ってみせるという意気込みの奥義。

 全身が蒼い光球と化したステラが、いよいよそれを愛里の世界で放つ──。


 ──ガシュシュッ!


 悪魔デビルが振るった迎撃の剣が、一瞬だけ金属音を立てたのちに砕け散り、その破片が黒い煙となって雲散霧消。

 ステラはそのまま、悪魔デビルの肉体の正中線を

 悪魔デビルの体が縦に分割され、左右へと同時に倒れる。

 それらは地面へぶつかった衝撃で黒い煙となり、宙を不規則に漂いながら、やがて消えた。

 回転を緩め、きれいな直立の姿勢で着地したステラは、この世界での初勝利に沸くこともなく、普段のポーカーフェイス。


「蟲の通常個体……にも至らぬ相手。ですが私情といらぬ助太刀のせいで、無駄に力が入ってしまいました」


 ステラは死神の鎌デスサイスを、バトントワリングのように軽々しく頭上で回転。

 石突を地面にトン……と置くことで、勝利宣言の代わりとした。

 一帯の観戦者が、決着を見てわっと歓声を上げる──。


「あの子カッコきゃわわわっ!」

「なんで鎌が両刃なんだって思ったけど、あの技のためだったのか!」

「屋上へのジャンプ、ドローンかなんかの吊るし?」


 それらを生配信していた者、視聴していたネットユーザーも沸く──。


「いやCGやフェイク動画じゃないって! 生配信だから! 現実リアルで見たから!」

「うはw マスコミから動画使わせてくれってリプめっちゃ来るw」

「お客様の中に、黒髪の子のプロフをお持ちのかたはいらっしゃいませんかっ!?」

「ラーメン屋のオバチャン、遠目で見るとまあまあ美人やな」


 ポケットからスマートフォンを持ち出していた天音が、ツイッターのタイムラインを見ながら眉を潜める。


「あちゃあ……。これから始まるいくさへ危機感持ってほしかったのに、みんな映画の撮影かなんかだと思ってるなぁ……」


「えーっと……。アンタは次の来店時、このツイート見せたらラーメン一杯無料よ……っと」


「おねえさんも、エゴサ&リプしてないでさぁ……」


「若い客集めるいい機会だし、最低限の宣伝はしとかなきゃーね。この先ずっと、平穏無事にお店やってくんだからさ♪」


「ああ、そういう……。さすが英雄、肝が太いや」


「さて……。これから始まるいくさってのを、話してもらおうかしら? さすがにここじゃ目立っちゃうから、場所を変えてだけど! リム、行くわよっ!」


 愛里がリムの手を握り、引っ張りながら駆けだす。

 リムは頭から落ちそうになったベレー帽を空いた手で押さえながら、体を傾かせてついていく。

 そのリムの隣りに天音が駆けてきて、爽やかな笑顔を並べた。


「きみ、リムっていうんだ。見た目にたがわない、かわいい名前だねっ!」


「えっ……♥ あの……ありがとうございますっ♥」


「ボクは天音。厳しい戦いが待ってるけれど、一緒に頑張ろうっ!」


「えっ? は、はいぃ……♥」


 「厳しい戦い」という言葉に引っ掛かりながらも、リムはつられて照れ笑い。


(ハアアァ……天音さんって、ホントいい顔♥ 男性の精悍さと、女性のかわいさ美しさのバランスが最の高です♥ 別世界の人ですから、そこまで親しくなれないかもですけど……。元の世界へ帰れたら、天音さんをモチーフにしたキャラ、わたしの作品に出したいですね……。出演許可、貰えるといいですけど……)


 天音こと天草四郎。

 彼女が小説、漫画、アニメ、ビデオゲームで、数えきれないほど起用されていることを、リムはまだ知らない──。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る