第020話 悪魔 -DEVIL-(5)

 ──ガキイイイィンッ!


 悪魔デビルの正面へと回り込んでいた天音。

 跳躍から太刀を斜め下方へと走らせる、重い一撃。

 悪魔デビルの右腕の剣が砕け散り、その破片は黒い煙となって大気へと消えた。

 苦悶か、悪魔デビルが目を見開いて大口を開ける。

 対照的に不敵な笑みを浮かべた天音は、わずかにステラへ顔を傾けた。


「どう? ボクもやるでしょ?」


「邪魔です」


 自慢げに戦果を主張した天音の脇腹を、背後からステラが無表情で蹴る。

 天音の体が一気に高架広場の端へと吹っ飛び、落下防止用の柵に叩きつけられた。


「ぐはっ! 助太刀になにするのさ…………って、ええっ?」


 蹴られた左脇腹の痛み、柵に叩きつけられた右肩の痛みを堪えつつ、天音が抗議。

 その天音が見たものは、悪魔デビルの口内に深く突き刺さった、死神の鎌デスサイスの穂先。

 ステラが悪魔デビルの挙動から目を逸らさず、天音に言う。


「これはいま、口からなにか発するところでした。恐らくは超音波的なもの。片腕を落としただけで油断する助太刀は、いりません」


「……くっ!」


 このステラの危機予見は正解。

 悪魔デビルの顔は、リムがラネットを意識して描いたもの。

 現在は予備役兵にして異能「声」であるラネットが持つ、人間離れした高音域の発声能力を有していた。

 ステラはそれを、悪魔デビルの声質、顔と口の動きから察知。

 脚を何本落とされても襲ってくる蟲との交戦経験がもたらした警戒心も作用。

 がなければ、天音は生涯二度目の、頭部の喪失を経験するところだった──。


「ギギャアッ!」


 悪魔デビルは錆びた金属を擦り合わせたような悲鳴を上げながら、ステラの腹部をすばやく蹴りつけた。

 その反動と羽ばたきで、喉に突き刺さっている穂先を強引に引き抜く。


「ぐうっ……!」


 強烈な蹴りを食らったステラが、わずかに後方へと飛ばされた。

 それを見た愛里とリムが、揃って声を上げる──。


「あの蹴りは……わたしがルシャに教えたやつ!」


「は、はい……。脚はルシャさんをイメージして描きましたから……」


 愛里の愛弟子の一人、剣の道に生きる少女・ルシャ。

 彼女は二度、愛里から剣戟中の奇襲の蹴りを受けている。

 ルシャの脚を有する悪魔デビルは、窮地でそれを再現してみせた──。


「リム! アンタとんでもないモンスター生み出したんじゃないっ?」


「知りませんよぉ! わたしは絵を描いただけですからぁ!」


 悪魔デビルは形勢不利と見、羽を広げて後方へ飛翔。

 ステラと天音から間合いを取り、戦いを仕切りなおす。

 JR長崎駅前高架広場を離れ、先ほどまで天音がいた長崎県営バス・ターミナルビル屋上へと逃避。

 そこからさらに跳躍し、NHK長崎放送局の屋上を経由して、背後の西坂公園へと降り立つ。

 その移動を見届けた天音が、さも苦しげに空いている左手で胸部を鷲掴みにした。


「くっ……!」


 うずくまったまま立ち上がらない天音のそばへ、ステラが歩み寄る。


「どうしました、?」


「……すまない。あそこは、ボクにはが悪い。奴が移動するまで、加勢できない」


 長崎市の西坂公園。

 そこはかつて、改宗を拒む潜伏キリシタンの処刑が繰り返し行われた地。

 信徒たちがゴルゴタの丘を思い重ね、自ら処刑地に望んだ

 日本史で最も有名な例が、日本二十六聖人殉教。

 豊臣秀吉の厳命により、少年数人を含む潜伏キリシタンと宣教師二十六人が、関西から当地への過酷な流刑を強いられ、はりつけ後、槍による串刺しで絶命させられた地。

 現在は、二十六人の殉教者像の前に広場が設けられ、現代の信徒、観光客、人慣れした野良猫が立ち寄る場所。

 殉教を成しえなかった天草四郎こと天音には、その地を踏む資格がない──。


「……頼む、異世界の剣士。奴を倒してほしい。あれは凶悪な獣の、粗悪な複製品……ただの木偶でく……。あれに苦戦していちゃ、この世は終わる……」


「……なるほど。それがわたしが、この世界へ呼ばれた理由。蟲の次は、獣──」


 ステラは天音を一瞥したあと、悪魔デビルが後退した経路を、跳躍でトレース。

 蒼い光の筋を描きながら、まるで飛翔のように令和日本の宙を舞う。

 手すりによりかかったまま、呆気に取られてそれを見上げる天音へ、愛里が歩み寄った。


「頼もしい子でしょ? ふふっ」


「おねえさん……。すみません、カッコつけておきながら、無様を……。でもどうしても、ボクはあの場が苦手で……」


「苦手? 大人のおもちゃ珍品堂が?」


「えっ?」


「あっ、いまのは場を和ませようとして滑ったご当地ジョークよ。天草四郎を名乗るアンタが苦手なのは、ゴルゴタの丘……ね?」


「え、ええ……」


「大丈夫よ、あの子に委ねれば。わたしが知り得る、最強のせん。陸軍せんだんのエースだから」


「りくぐん……せんきだん……」


も味方してくれるわ、きっと」


「場が……ですか?」


「西坂は二十六聖人殉教の地として有名だけれど、あそこは陸軍長崎兵器支廠……一時期は長崎要塞司令部があった土地でね。あの子にはげんがいいんじゃない?」


「……おねえさん、歴史に明るそうですね?」


「ま、歴女ってやつ! 郷土史限定だけれど。アンタが天草四郎で、この騒動に絵が関わってるとなると……。南蛮画家の山田右衛門作も、近くにいたりする?」


「アハッ……さすが英雄。話が早そう」


「……英雄? いよいよわたし、こっちの世界でも英雄扱いされ始めたの?」


「察しはついてましたが、あの子たちやっぱり、異世界からの使いなんですね。あとで説明願います」


「いいけど、この話は早くなさそうよ? あははっ♪」


 愛里が苦笑しながら、癖のウインクを天音に送った──。

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