第019話 悪魔 -DEVIL-(4)

 ──高く長い跳躍から降下し、悪魔デビルの背後を取る天音。


「ボクは天音! 義によって助太刀するよっ!」


 突如現れた見知らぬ剣士に、ステラは真顔の塩対応。


「……ここまで築いた交戦のテンポが乱れるので、けっこうです」


 蒼いオーラをまとった死神の鎌デスサイスを、ステラが横一閃。

 双剣を交差させて防いだ悪魔デビルが、反動で後退。

 その無防備な背を、天音が斬りつける。


「せえいっ!」


 振り下ろしと振り上げを、よどみなく続ける連撃。

 悪魔デビルの二本の尾が、ほぼ同時に付け根から斬り落とされる。


「ね? ちょっとは使えるでしょ?」


「……邪魔ですね。『がくだん』の進路に、立たないでください」


「富嶽断……? もしかして、霊峰・富士を断つほどの技? それはぜひ見てみたいなぁ!」


「ならば、お好きにどうぞ。ただし、あなたの人生最後の光景になりますが」


「えー……それは困るなぁ。復活して間もないし、好みの子と出会ったばかりなのにー……」


 悪魔デビルを挟んで、実のない会話を続けるステラと天音。

 悪魔デビルは双剣に加え、強固な角を攻撃に織り交ぜて、挟撃に抵抗する。

 その剣戟の様子は、周囲の建物へ避難した群衆のスマートフォンによって、テキストで、写真で、動画で、世界中に配信された──。


「なにあれ!? 映画の撮影っ!?」

「あの子たちの運動能力、ありえないんだけどっ!?」

「鎌持ってる子、かわいいっ! あの蒼い髪、やけに自然だけどもしかして天然?」

「低身長に巨大鎌は浪漫の塊! 全力であの子推すわ! 事務所特定開始!」

「わたしは黒髪の子推し! テンゴ2.5次元俳優みあるっ!」

「両手が剣の女の子、コスチュームの完成度えぐぅ!」

「傍観してるエキストラのおばちゃん、たまに寄るラーメン屋の人だわ!」

「知ってるw この前ジャンプ置いてほしいって言ったら、うちはゴラクと漫タイって言われたわw」

「その隣にいる眼鏡の子、地味にかわいくない?」

「あの子いいよね。学校だと隠れファン多いタイプ」

「警察来ないってことは、やっぱ撮影だよね?」

「でも撮影スタッフいなくない?」

「待って! パーカー女が持ってる刀、粟田口あわたぐち国綱くにつなの『神気』じゃない?」

「国綱っ!?(ガタッ)」


 SNSで実況されていく内容は、テロや事件を懸念する声が次第にすぼみ、サブカルになぞらえたものが増えていく。

 やがて、映画かドラマの撮影……という見解が多数を占める。

 特に、天音が使用する刀が粟田口国綱の作……というツイートが流れてからは、SNS上は一気に刀剣女子の会話で埋め尽くされた。

 そのタイムラインを、路上駐車させているマツダ製キャロルの運転席で、スマートフォンをいじりながらほくそ笑む女が一人──。


「島原の守り刀、宝刀・神気……。そいを手にしとるってことは、この女は天草四郎。、絵移しの法で顕現したったいね(したんだね)。したら当然、右衛門作も近くに……」


 女のスマートフォンには、悪魔デビルがステラと天音の挟撃に押される動画が流れる。


「ハッ……! 右衛門作の奴、こんがん(こんな)チャチか獣ば描いてから……。拾体じったい下僕獣げぼくじゅうの、摸擬戦のつもりね? ばってん(しかし)……」


 女のスカートの裾から、何本もの黒く毛深い蟲の足が、わさわさと伸びる。

 それらは助手席へと伸びていくと、うち一本が器用にドアを開けた。

 人通りのない裏道。

 開いたドアのわきには、コンクリート製の側溝の蓋が並ぶ。

 助手席に座っている、生気を失いかけて動かない壮年男性。

 複数の蟲の脚が、その体を持ち上げ、側溝の蓋の上へと投げ捨てる。

 それらの脚がするするとスカートの中へと戻り、最後まで残っていた一本が、助手席のドアを閉めた。

 それを受けて女は、バカ騒ぎの様相が濃くなったSNSのタイムラインを消し、スマートフォンを空いた助手席へと放った。


「山田右衛門作……。島原の乱ば宗教戦争としてやり直すために、わたしたちを先祖代々……実験動物にした。でっちあげた『物言う神』の、信徒に仕立てた……」


 女がアクセルを踏み、車を走らせる。

 路傍に放置された男性は、助けを求める声を上げることもなく、小さく痙攣するのみ。


「……ばってん結局、わたしたちの信仰が勝った! 神も下僕獣も、右衛門作の手を離れてもう、わたしらのモンたい! ここは……うんにゃ(いいや)この国は、異教徒と無神論者の死体で埋まると! いま死体が一体増えたけんて(からって)どうってなか(どうということはない)!」


 女が駆る車が曲がり角を過ぎ、サイドミラーから壮年男性の姿が消える。

 同時に、男性は息絶えた。

 女はカーラジオを流し、地元局のFM放送を聞きながら、自宅アパートへと車を向かわせる──。


「そいけど、天草四郎と一緒に戦っとるメスガキ……。第三の勢力が、介入してきとっとやろうか。そいなら神の顕現ば、ちょっと早めんばね……フフフフッ♪」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る