第018話 悪魔 -DEVIL-(3)

「お師様たち、さらに下がって!」


 普段「ですます調」のステラが、焦りで語尾を切った。

 大枯枝蟷螂斬撃ドラゴンマンティススラッシュ──長身のフィルルから繰り出される、驚異的な間合いの剣技。

 全身のバネを限界まで縮めたのち、踏み込みながらそれを解放。

 長い腕と脚を一気に伸ばす、大振りの双剣。

 並外れた握力を用いて、柄のギリギリ端を握ってリーチを稼ぐ大技。

 この世界の時間の流れで三カ月前、その太刀筋を見ている愛里の記憶にも新しい。

 愛里は隣りのリムの腰を抱き寄せ、揃って後方へ大きく跳躍──。


「居合斬りの二刀流……っていう、トンデモ技だったわね! ステラっ、気をつけなさ……」


 言葉の途中で、愛里は脱力。

 リムをヒップから落とし、単身で後方へと跳んでしまう。

 異世界での体技の感覚で動いてしまったため、リムの体重を支えきれず、意に添わず手放してしまった。


 ──ドッ!


「きゃあっ!」


「リムっ!?」


 尻もちをつき、ぺたんこ座り状態のリム。

 愛里は慌てて身を翻し、その上に覆い被さろうとする。

 ……が、初動時、右足首が猛烈に痛み、前のめりに転倒。


「つうっ!」


 愛里の、脳内のイメージが肉体から無理に引き出す、常人以上戦姫未満の力。

 とっさに戦姫として動こうとしてしまった愛里の足首に、過負荷が生じていた。

 片膝をついたまま硬直する愛里の視線の先では、悪魔デビルが大技の予兆を見せる。

 リムは座り込んだまま動かない。

 「愛里が安全な位置で自分を下ろした」と誤解し、安堵している。

 異世界で、愛里に頼りがいがありすぎたゆえの、痛恨の誤解。

 買ってあげたばかりのワンピースの背中へ向かって、愛里が叫ぶ──。


「リムっ! 伏せてーっ!」


 ──シャッ! シャッ!


 悪魔デビルが掛け声なく、双剣で水平斬りを放つ。

 右腕の剣が、リムの頭頂部に迫る。

 ──刹那。

 リムが消えた。


 ──ガギイイイィンッ!


 双剣が悪魔デビルの正面で交差。

 その交差部を狙って、ステラが死神の鎌デスサイスを垂直に振り下ろし、弾く。

 敵の二撃を、一撃で跳ね返した。


「……剣圧はフィルルオリジナルより低いですね」


 ですます調を取り戻し、余裕を伺わせるステラ。

 鎌を振り下ろすと同時に駆け出し、悪魔デビルへと一気に間合いを詰める。

 悪魔デビルは左右へ弾かれた双剣を正面へ戻すが、ステラの攻撃に間に合わず、右翼を半分ほど斬り落とされる──。


「ギャアッ!」


 低品質の音声データじみたひび割れた悲鳴を挙げる悪魔デビル

 ステラが双剣を防いでからここまで、ほんの一瞬の出来事。

 愛里は消えたリムの姿を左右に求め、視認できなかったことで顔を上げる。

 そこには、黒い長髪の少女の胸に抱きかかえられた、リムの姿。

 黒髪の少女はリムを軽々と抱きかかえたまま、ふわりと愛里の後方へと着地する。


「リムっ!」


 名を叫びながら駆け寄る愛里に、リムは顔を向けず桃色の右頬だけを見せる。

 その視線は、真上にある中性的で端正な顔立ちの少女を、向いたまま──。


「あ、ありがとう……ございました……」


「どういたしまして。ボクのほうこそ、お姫様抱っこっていうのを経験できて、うれしいね。アハッ♪」


「お、お姫様だなんて、そんな……アハハハ……。……ということは、王子様……でしょうか?」


「いや~、一応ボクも、お姫様さ。申し訳程度だけどほら……ちゃんと出てるところは出てるよ」


 黒髪の少女が、パーカー越しに乳房をリムの左頬へと押しつける。

 頑なな弾力の若い乳房と、柔らかな頬肉が、むにむにと数回押し合い。

 桃色だったリムの頬が、真っ赤に染まった。


「ボクはあま。自己紹介は、アイツを倒してからでいいかな? そちらのお……ねえさんとは、顔合わせ済んでるけどさ」


 言いながら天音は、腰を曲げてリムを足先から静かに下ろす。

 名残惜しげに、リムが天音の体から離れる。

 再び背筋を伸ばした天音の顔を見て、愛里が驚きの表情──。


「……あっ! 夕べうちの店来てた、ボクっ娘! っていうか、アイツを倒すって……どうやって!?」


「そこはあっちの子と同じで、刃物には刃物……かな」


 ──パンッ!


 天音が体の正面で、両手を打ち合わせる。

 その両掌の隙間から漏れるように、上下に閃光が走った。

 天音は両手の狭間を、祈るように凝視しながら、ゆっくりと左右へ離していく。

 水平に離れていく手と手が、一本の光の糸で繋がり続けた。

 光が七〇センチほどに達したところで天音が手を止め、右手を握り締める。

 その右手の中に日本刀の柄が現れ、光が鋼の太刀の刃と化した──。


「──島原の守り刀、宝刀・しん……の模造刀レプリカ。と言っても、斬れ味は本物に劣らないはずだけど!」


 なにもない空間から、刀剣を生じさせる天音。

 愛里とリムは、その手品のような出来事の一部始終を、息を止めて見た。

 先に呼吸を再開した愛里が、天音に問う。


「あなた……ホントいったい何者? あっちの世界の人間じゃ……なさそうだけど」


「タダ者じゃないのはお互い様。重ねて言うけど、自己紹介は後回し。ああでも、ボクの二つ名は……天草四郎、だよ。じゃっ!」


 剣戟を繰り広げるステラと悪魔デビルに向かって、天音が跳躍。

 右手に握る宝刀・神気が、戦姫補正のように黄金色のオーラを放つ。

 宙を舞うその後ろ姿に、愛里は一七歳時の自分を客観視した思いがした──。


「天草……四郎って、まさかあの……天草四郎時貞? 本当だったら……これはとんでもない状況、だわね……」


「……お師匠様の、お知り合いですか?」


「知り合いじゃあ……ないかな。こっちの世界の、有名人……ね」


「はあ、有名人……。でしたら、あのぉ……」


「ん?」


「天音さんに……。彼氏さんとか、彼女さんがいるという話は、あったりしませんか……?」


「う~ん……。わたしが知る限りじゃあ、色恋沙汰に縁のない人生送ってるはずだけど……。う~ん……」


「ラネットさんには、出会った時点でトーンさんというお相手がいましたからね……。できれば今度は、フリーであって欲しいですぅ……♥」


(うわぁ……。下心隠す気なしじゃないのよリム……。っていうか、天草四郎って女の子だったのね。いやいや、転生体って可能性も……う~ん……)


 あまりの事態の複雑さに、眉間に皺を作る愛里。

 火照らせたままの両頬に掌を添えて、天音を応援するリム──。

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