第017話 悪魔 -DEVIL-(2)
黒煙が辺りから完全に消え去り、
一見、艶やかなドレスを身に纏った、十代後半の西洋の麗人。
しかしその耳は細長く尖り、頭部からは長いヒツジの角が両脇へ伸び、背中からはコウモリの羽が左右へ大きく広がり、尾骨付近からは爬虫類染みたヌラリとてかる尾が二股に分かれる。
そして両腕は、肘から先の筋肉が硬化して、鋼鉄の長剣と化していた。
人の姿をしながらも、一見して人外とわかる異形。
その長剣を見てステラが、ポーカーフェイスを崩し、目をわずかに見開く。
「あの剣の、柄の意匠、刃渡り、切っ先の形状……。わが軍で使用しているものです、お師様」
「そう言えば……確かに見覚えあるわね。どういうこと?」
「そこは、わたしがお聞きしたいのですが……。お師様にも心当たりはない、ということですか」
「剣と衣装はあっちの世界のものだけど、特徴はこっちの世界の悪魔のビジュアル。長い耳、ヒツジの角、コウモリの羽……。だからアンタたちと一緒に転移してきた……ってわけじゃないみたい。腕と剣が同化してるのは、大アルカナの
目の前に突如現れた不条理な存在を洞察する二人。
その背後からおずおずと、リムが左手を挙手しつつ言葉を発した。
「あ、あのぉ……。あの女性、さっきわたしが描いた絵の人物、なんです……けどぉ……」
「「えっ?」」
「あっ、細部はかなり違うんですけど、似顔絵描きのおじいさんに描いて渡した絵の女性に……間違いないです。剣も、戦姫團で使用しているものを思い出しながら描いたので……はい」
「……姉弟子。軍で使用している武具の模写は、法律で禁止されています」
「すっ……すみません! でもこの世界で、元の世界の法律って適応されるんでしょうか……?」
リムとステラの会話の最中、
その間合い、約五メートル。
愛里がリムとステラの前に立ち、うなじで乱雑に束ねた後ろ髪と、背中を見せた。
「絵描きの爺さんが、リムの絵に加筆して、そのあとに実体化……? ひとまずあれが、アンタたちがこの世界へ呼ばれた理由の一端……と見るべきね」
「お師様、奴は戦闘態勢です。前に出ないでください。いまお師様に、戦姫の力はないのですから」
「わかってる。でも戦姫の力はなくとも、師匠の力があンのよ。アンタたちを元の世界と親御さんの元へ、無事に帰すっていう……使命と意地の力がね!」
戦姫補正の残り香的な力はあるとは言え、
それでもひるむことなく、当然のように二人の前に立ってみせた愛里に、リムとステラはあらためて信頼と畏敬の念を抱いた。
その想いが、同じく素手のステラを愛里の前へと出させる。
「……さすがはお師様。しかし、弟子の成長を信じるのもまた、師の務めです。陸軍戦姫團副團長の実力、ご覧ください」
言い終えると同時に、愛里の視界から消えるステラ。
その体は蒼い軌跡を描きながら、真上に高々と跳躍していた──。
「──
宙でステラが、雄々しく叫ぶ。
声に呼応して、愛里の店の方角から一筋の光が高速で接近。
それが跳躍の頂点に達したステラの左掌に、しっかりと収まる。
隻腕の蟲「
それに鋼鉄の柄、先端に刺突用の刃、石突を備えた、ステラ専用の武器、「
まるで意思を持っているかのように、それが主の元へとはせ参じた。
ステラは着地と同時に、愛用の武器を水平の振りで構える。
「……お師様、姉弟子、お下がりください。そこはまだ、死の間合いです」
「え、ええ……」
愛里がリムの肩を掴んで、揃って数メートル後退。
「……これでいい?」
「さすがお師様、ぴったり間合いの外です」
「あ……あらそう? わたしもまだまだ、捨てたもんじゃないわねぇ……。あはっ、あははっ……」
そう苦笑しながら愛里は、リムを連れてさらに数歩後退。
同時にステラが、数歩前進──。
「──いざ!」
──シャッ!
視認が不可能なほどの速さの、ステラの水平斬り。
ステラは振り戻しの刃で、それを防いだ。
──ガキンッ! ガキンッ!
「その間合いで、双剣の刃を同時に届かせる……。それができるのはただ一人、陸軍戦姫團團長……フィルル!」
観戦者となった愛里は、隣りのリムへ耳打ち気味に話しかける。
「エルゼルちゃんの後釜、あの糸目ちゃんなんだ?」
「新兵が團長の座に就くという、異例の大抜擢だったそうです。あー……わたしがフィルルさんをイメージして両腕を描いたから、能力が反映されてるのかも……です」
「ほかの子も混ぜてない? あいつの顔、微妙にラネット似なんだけど」
「はい……仰るとおりです。顔はラネットさん。脚はルシャさん。胴体はセリさん、イッカさん、カナンさんを織り交ぜてますね……。描きながら懐かしくなってしまったもので」
「なにその暴君怪獣タイラントみたいなラインアップ……。面倒なもん描いたわね、アンタ……」
「だって実体化するなんて思いませんしぃ! それを言うなら、お師匠様が『みんなでこっち来ちゃえば』って言った直後に現れたのも、怪しいですよぉ!」
「うっ……。確かに、部分的にだけれど大挙して来てるわね……」
二人の視線の先では、ステラと
自身の体より一回り大きい鎌を軽々と振るうステラの防御を、
焦れたのか
上空からの急襲の気配を見せる。
しかしステラは即座に反応──。
「──ハッ!」
石突を強く地面へ打ちつけ、棒高跳びの要領で高々と跳躍し、追従。
両者は空中で、数回刃を交わらせる。
──ガキッ……ギンッ……ガギィン!
縦回転をする
衝撃で
ステラは着地際を狙われないように、衝撃を利用して宙で間合いを広げる。
「どうやら羽の飛翔能力は、それほど高くなさそうですね」
蒼い髪を垂直に泳がせながら、足先から軽やかに着地するステラ。
その正面では、
「あの構えは……! フィルルの
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