悪魔 -DEVIL-
第016話 悪魔 -DEVIL-(1)
──市街地見物継続中の愛里たち。
リムは街並みや通行人を見つつ、それを手元のスケッチブックに鉛筆で描く。
白い紙の上では、リムの手が常軌を逸した速さで動き、精緻な風景画や人物画を、ものの数秒で描き終えてしまう。
愛里はリムが車道へはみ出さないよう、自分が車道側に立ちつつその神業を見る。
「……リムが得てた戦姫補正って、画力だったのね」
「みたい……ですね。自分では、時間をかけて丁寧に描いている感覚なんですけど……」
正面から歩いてくる女学生二人組の全身を、正確に模写してみせたリム。
横並びで歩いてきたその二人が、縦一列になって愛里たちと道を譲り合った。
リムが女学生を見てすれ違うまで、ほんの数秒。
その間に完璧に模写しきるのは、もはや才能という言葉では片づけられない能力。
リムは自分が描き上げたばかりの鉛筆画を凝視しながら、スケッチブックを握る手をわなわなと震わせる。
「これが……。わたしがお師匠様の世界で、得た力……」
「うんうん……わかる。わかるわぁ、その動揺。わたしも初めて転移させられたときは、太い樹が豆腐のようにサーベルで斬れちゃってさあ、もうびっくり仰天。意識と肉体のチグハグ、すごかったのよねぇ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛……! この力が……元の世界でも使えればいいのにぃ! だったら締め切りにおびえる生活ともおさらばなのにぃ!」
「あらら……そっち?」
「それにこの戦姫補正、描くのはめちゃくちゃ速くなってるのに、ストーリーは全然降りてこないいいぃ! ネーム進まないいいぃ!」
「え、えっと……リム? とりあえずこっちの世界にいる間は、締め切りとか忘れなさいな。時間軸のズレもあるんだしさぁ?」
「しっ……締め切りがぁ! 新聞連載と雑誌連載二本と、フィルルさんと合同で作ってるBL同人誌があああっ!」
「藤子両先生も原稿落としまくった失態から再起したって『まんが道』で読んだから、リムもきっと大丈夫よん。大物が通る道なの、
三人の現在地は、JR長崎駅前高架広場。
西九州新幹線の令和四年秋開業へ向けて、周辺の再開発が急ピッチで進んでいる。
駅に隣接するアミュプラザ長崎の飲食街フロアか、向かいの駅前商店街に軒を連ねる地域に根を張った飲食店か、愛里はしばし思案。
「うーん……。アミュか、駅前商店街か……悩みどころね。やっぱりご当地名物、長崎ちゃんぽんアーンド皿うどんを食べさせたいところだけれど、うちも麺類の店で重なっちゃうしぃ。ステラが山の城塞勤めだから、海の魚……お寿司も食べさせてあげたいわねぇ」
愛里は、弟子たちに自分の世界のどの料理をごちそうするか……というぜいたくな悩みを、高架広場中央で満喫している。
不器用ながらも師と慕ってくるステラのために、城塞暮らしではめったに食べられない魚介類をおなかいっぱいふるまうか。
こちらの世界の文化「漫画」を継承したリムの不安を吹き飛ばすために、見た目も味もゴージャスなトルコライス系をチョイスするか……。
アリスという恋人が異世界におり、かつ同性で子を育めない愛里にとって、いま左右にいるリムとステラは、実の娘にも等しい存在。
蟲の脅威がないこの世界で、並んで歩いてごはんを食べる。
それだけでも愛里には、無上の喜びだった。
……ゆえに、二人がこの世界へ呼ばれたであろう「世界の意志」を察し、警戒も緩めない。
令和日本ではただの一般市民の愛里だが、二人のためならためらわず身を挺して守るという、武人の心意気を秘めている。
その心意気がふと、エルゼル……前戦姫團團長を、愛里に思い出させた──。
「……ねえ、ステラ。元團長のエルゼルちゃん……いまなにしてるの?」
「エルゼルさんは退役後、麓の村で警察官に再就職しました。日々、
「あの国民的スターのエルゼルちゃんが、地方都市のお巡りさんかぁ。やっぱり、膝の故障が原因?」
「そのようです。リハビリ中だそうですが、まだ杖は手放せません」
「抜け目ない彼女だもの。どうせ仕込み杖かなんでしょ? 剣か、銃か……」
「さあ、そこまでは。ですがわたしも、彼女がただの杖を使うとは思えません」
「あっちで知り合った子のその後、みーんな気になるけれど……。エルゼルちゃんは膝壊したままで別れてるからねぇ。いっそのこと、みんなでこっち来ちゃえば……」
──ドオオオオオンッ!
愛里の言葉を遮って、駅前高架広場北側で生じる轟音。
そして一帯を覆う、濃く、厚い黒煙。
この場所は、当地の前市長が現職中に凶弾に倒れた地のすぐそば。
周囲の市民がまず過敏に反応し、それが観光客に伝播。
群衆が悲鳴を挙げながら、階段を駆け下りて避難。
高架広場には、愛里一行だけが残された。
黒煙が風に流され、その中から一人の黒い女剣士……
「──お手並み拝見、だね。英雄御一行様」
そばに建つ、長崎県営バスのターミナルビル屋上。
そこから天音が、
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