第2話 始動

「わたしのハッキングを理解した上で攻撃しているというの!?』

「なんだ。おれたちは何が――』

 声が。

「何が起きているんだ?」

 ナッシュが聞いたアリアの声は英語だった。でもそれも今は別の言語に変わっている。

『まさか彼らのハッキングは音声AI〝マジカル〟の機能まで奪ったというの!?』

 アリアが悲しそうに呟く。

 音声AI。

 それはこの世界の言葉という言葉を理解し、分析、通訳する量子コンピュータ。有り体に言えばシステムだ。

 そのシステムにハッキングする意味がどこにある?

 謎が謎を呼ぶハッキング集団にアリアとギルは冷や汗を掻く。

 もちろん俺も背中に冷たいものを感じるが、二人のうろたえる顔をみて冷静になる。

「まずは言葉を共通させるため、一世代前のアプリを利用しましょう」

 俺はタブレットを起動させてアプリを開く。

『これで聞こえますか? アリア』

『うん。聞こえる。これは量子コンピュータによる翻訳機能の低下みたいです』

『マジかよぉ』

 ギルが困ったように呟く。

「あー。じゃあ、しばらくこれでいきますね」

『しょうがねーな』

『まったく。しかたないわね』


▽▼▽


 電力供給二十パーセントダウン。

 一部医療機関に影響あり。

『これじゃ、私たちが人類の敵じゃないの』

『そう言うな。私たちの目的は人類の救済。それに変わりないのだから』

 医療機関、主電源へ移行。

『命は平等ではない。医療機関の命は仕方ない犠牲だ』

『コラテラル・ダメージって奴か。看過できんな』

 ハッキングを開始して一時間。

 ようやく全ての準備が整った。


▽▼▽


「この、映像は……?」

 斉藤がゴクリと喉を鳴らす。

 エナマスの捉えた画像には隕石が確認された。

 まだ距離は遠い。

 およそ三日で黒海に落下する予測まで立ててある。

 直径二キロ。

 これだけでも世界中にまき散らかされた粉塵は、日の光を遮断し、731日の冬をもたらすだろう。

 そこで生きていける人類がどれほどいるのか。

「マズいな。部長と大統領府に連絡を入れろ! すぐに、だ!」

「は、はい!」

 斉藤は慌てた様子でホットラインを開く。


▽▼▽


「我々に向かってきている隕石! それは本当か?」

 今の大統領であるアンドリューが泡を食った様子で電話をつなぐ。

「落下予想地域と、落下時刻、それに避難民への誘導」

『はい。分かりました。すぐに計算します』

 マズいな。こちらには対応できるものがない。

「大統領!」

「なんだ?」

「大陸中の核ミサイルが勝手に起動を始めました」

「なんということだ……。これでは『悪夢の四日間』の再現だ……」

 四日間の間、あらゆる世界で放射能をまき散らした最悪最低の全面戦争。

 それの再現が起きようとしているのか。


▽▼▽


 電磁投射砲レールガン、再起動。

 電力供給三十パーセント完了、十五テラボルト確保。

 チャンバー内圧力正常。

 電磁場形成を確認。

 デトネーション回路117、正常。

 電磁投射砲、露出。

 生体CPU同調。

 リンク接続。

 電磁投射砲レールガン解析開始。

 試射は行わず、最終調整に入る。


▽▼▽


「なにが、起きているんだ?」

 ギルが目を丸くし、世界中の情報を引き出すアリア。

「世界中のアクセスが遮断されていっています」

「遮断? なぜ?」

「分かりません。しかし、このままじゃ世界のシステム全部が影響を受けるわ」

 そこには病院、工場、インフラ、すべてが入っている。

 復帰した翻訳機能が回復したが、俺たちは自動車とタブレットに目標地点が用意されていた。

「ここに行けば、何か分かるんですかね?」

 ナッシュはやや疲れた顔で応じる。

「行くぞ。ご丁寧にプライベートジェットまで用意されているんだ」

「しかし、罠じゃないって可能性はない」

「そうだな。じゃあ今後の指揮官はナッシュ、お前に一任する。頑張れよ」

 ポンッと軽く肩を叩くギル。

「そ、そんなことを言っても……」

 俺は指揮官にはなれない。

「あー。悪いが、静かにしてくれない?」

 アリアがそう声を上げてタブレット端末をいじり始める。

 秘匿回線から漏れた情報がネットの海を漂っている。

 その中にはガセネタも多いが、それを見分ける力がアリアにはある。

 民間のソーラーパネル搭載式家屋は未だに生きている。その一部コントロールが乗っ取られたことから始まり、世界中でのソーラーパネル争奪事件。

 しかし、そのまえに望遠鏡のハッキングが確認されている。

 そのあと、ミサイルの掌握、武器管制の掌握。大統領府の制圧。

 そして未だ未調整の電磁投射砲レールガンの掌握。

 これはまさか『悪魔の四日間』の始まり。

 この世界で起きた最悪最低の終末戦争。

 核兵器が乱れ飛び、世界を900日の冬にした、という百二年前の悲劇。

 認めぬ者同士が再現なく争う世界。

 その中で変わってきていることもあるだろうに。

 なぜ、経済が安定してきた今なのだろうか。

 俺とギル、アリアはプライベートジェット機に乗り、目的に向かう。


 あと少しで世界は終わる。

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