第二十七回 自己中心的な自己犠牲
テーマ『大枚叩いて捨てた楽園』
ぐるぐると回る世界がしばらく続いたあと、俺は地面に頭を思い切り打ち付けた。
「だぁ、クソッ、いってぇな!」
今までで一番の痛みに悪態を吐く。今度はどこだよ! と思い周囲を見回すと、外国と思わしき町並みが広がっていた。さっきの頭のおかしいやつらばかりの場所から、現実的な場所へこれて少し安堵した。それよりもこんなに場所を転々とすることを、そういうこともあるって受け入れてるのが嫌すぎる。それに毎度毎度体を地面に打ち付けて、碌な目にもあってない。一番最初なんて殺されかけた。俺はそろそろキレていい。
「あー……、なんで家に帰れねぇんだよ」
俺が何をしたって言うんだ。今自分が置かれている状況を知るために周囲を見回す。どうやら今回は外国のどころだろうか。テレビで見たことがあるような外国の町並みと、石畳、そして降り積もる雪、一昔前という言葉が似合う洋服を着た通行人。馴染みはないけど、今までで一番安心できる場所だった。
「つーか石畳だから頭こんないてぇのかよ」
いまだじんじんと痛む後頭部を押さえる。誰か氷のうをくれ、絶対にたんこぶができている。
『おや、大丈夫かな?』
「ん、誰?」
するとどこからか俺を心配する声がした。その優しさが身に染みると思い、礼を言おうと再び周りを見る。しかし人通りはあれど、誰も俺のそばにはおらず、それどころか俺の目の前で、俺に気付くことなく通りすぎていく。
『上を見てごらん』
声の主に言われた通りに上を見ると、金ぴかでごてごてに宝石の装飾が施された銅像が立っていた。訂正、銅像は一部の装飾が剥がされて、若干みすぼらしい。通行人はどれほど興味がないのか、俺の存在と同じ様に、ぼろぼろになっている銅像に目もくれない。俺は今これに話しかけられたのか? ……いやいやいや、もうそろそろ現実に帰ろう。銅像がしゃべるわけがない。
『あれ、無視は悲しいな。せっかくだからおしゃべりしようよ』
「たとえ銅像がしゃべったとしても、俺にそれが聞こえるわけないだろ」
『聞こえてるよね。君の名前は?』
「……」
会話が成立してしまっている。これは由々しき事態だ。あのイカれた茶会で、俺の頭もイカれたのだろうか。ぜっったいにそれはない。あんなバカどもに影響されてたまるか。
「人の名前を聞くなら、まずお前が自分の名前を言えよ。それが礼儀ってもんだろ」
『そうなのかい?』
「少なくとも、俺の中では」
俺を強調して言っておく。あくまで俺の中での礼儀であり、他のやつの場合なんて知ったことか。
『ふむ……それは困ったな』
すると銅像は黙りこくってしまった。名前を言うか迷っているのだろうか。仕方無しに少し待ったが、銅像は名前を言おうとはしない。
「あ? 名乗りたくねぇってか?」
比較的に短気な自覚がある俺は、喧嘩腰で言った。そうしたら銅像が『ごめんごめんごめん』と謝った。
『そうじゃないよ。僕はただの銅像だから、名前がないんだ』
「……すまん」
『気にしてないよ。事実だもの』
「俺が気にすんだよ。自分がお前の立場になったら、全力で殴り飛ばすからな」
『暴力はよくないよ……』
「殴られる前に殴り倒すのが世の常なんだよ」
『世の中って怖いんだね』
そんな会話をしていると、滑るようにして鳥が銅像の肩へと降り立った。
「何をしてるのですか?」
「うわぁ! 鳥がしゃべった!」
チュンチュンじゃねぇ! 驚いた俺は思ったことをそのまま口に出した。
「たしかに私は鳥ですが、正確にはつばめです」
知らねーよ。俺は鳥博士じゃねぇんだ。
「ふーん。名前は?」
「ありませんよ。ただのつばめです」
「あ、そう」
名前のないやつが増えてめんどくせぇな。これ以上名前に触れるのも面倒だし、銅像とつばめでいいか。
『お帰り。今日も寒い中ありがとう』
優しい声で銅像がつばめを労うと、つばめは銅像へと身を寄せた。
「貴方の頼みとあらば。それより、そちらの男は? 見る限り王子と会話をできるようですが……、無礼すぎではないでしょうか」
『そんなことないよ。むしろおしゃべりをしていて、楽しいぐらいだ』
まだそんなしゃべってねぇけどな。つーかお前は王子なのか。なら肩書きぐらい名乗っとけ。
『明日もお願いできるかな? 本格的に冬が始まる前に、多くの人に届けたいんだ』
なんのことだろうか。当然のことながら部外者の俺だけど、こんな目の前で話されたらきになるってもんだろう。
「……勿論ですとも。
王子には申し訳ありませんが、私はもう眠らせていただきます」
『おやすみ』
「おやすみなさい」
そう言うと、つばめは目を閉じて静かになった。鳥ってこうやって眠るのか……。なんの役にも立たないけど、ちょっとだけ勉強になった。
地べたに座っている俺を誰も気に留めない。透明人間にでもなった気分というのは、まさにこういうことを言うんだろう。
『そう言えば、まだ君の名前を聞いてないな』
俺も寝ようかな、なんて思っていると、銅像が言ってきた。
「都誉。誉でいい」
『そうか、よろしくね。ホマレ』
形容しがたい名前の発音に、またライアンを思い出す。
――ホマレ。
初めて聞いた、言葉にできない発音で呼ばれた名前が、無音の世界で俺の鼓膜を震わせる。灯りを反射する雪のように透き通った銀色の髪が、俺の記憶の中で揺れる。銅像の目になっている宝石よりも透き通った赤色の目が、俺の記憶の中でキラリと輝く。
「会いたいよ、ライアン」
早く迎えに来てほしい。王子様は、お姫様を助けに迎えにくるもんだろう。そんな女々しいことを考えてしまうぐらい、どうやら俺は参っているようだ。
「あー、さみぃ」
本当は全然寒くないのに、途絶えることなく雪が降る景色を見てそんなことを言う。銅像の土台にもたれ掛かり、俺は目を閉じた。
今までの世界で一番安心できて、一番穏やかで、ちゃんと話の通じるやつがいる。なのに一番さみしいと感じたのは、どうしてなんだろう。
しろた一本書き倉庫 しろた @shirotasun
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