第八話 君がわかるまで話させて

テーマ『空想概念の剪定条件』


 春だ! 休みだ! ゴールデンウィークだ!!

 「よっしゃー、観るぞ観るぞ!」

 待望のゴールデンウィークが始まった。今年の俺はどこかへ行くということもなく、一日中映画を観ると決めていた。映画のおともに、たくさんのお菓子と、暑くなってきたのでキンキンに冷えたコーラ。それらをテレビの前にある、元こたつのローテーブルへ置く。そしてテレビの横にある、ブルーレイを置いている棚へ行く。さ~、どれから観ようかな~。

 この前出たばっかりのやつにしようかな。これはお姫様が冒険するやつだ。海の描写がきれいで、舞台となっているハワイを感じられるのがいい。映画館で観たときはきれいさに感動したな~。テンプレなお姫様な話じゃないが、俺は結構好き。

 それともこっちの、姉妹愛がテーマのやつにするかな。いや、これは観ていたら寒くなりそうだ。王子様がクソだし。歌がいいし、最終的にはハッピーエンドだけど却下で。

 こっちはどうかな。俺が生まれる前の作品だけど、かなりのお気に入り。お姫様が最初はただの町娘だけど、そりゃこの配給会社の定義するお姫様として完璧だ。それに、お姫様は誰でもなれるんだってことを小さいころの俺に教えてれた作品でもある。うん、これにしよう。

 「ふふふふふ~ん、ふふふふふ~ん、ふふふふふ~ん」

 大好きな劇中歌の鼻歌で歌いながら、テレビの電源を入れてディスクをセットする。いざ、夢の世界へ~!

 「おはよう、ホマレ」

 「……おはよ、ライアン」

 ノリノリで映画の世界へ入ろうとしたろころで、ライアンが話しかけてきた。お前いつからリビングにいたんだよ。鼻歌が聞かれてなきゃ俺はそれでいいけどな。

 「早起きで安心したよ。眠り続けるプリンセスは、オーロラだけでじゅうぶんだからね」

 今日は一日映画三昧するために、普段より早く起きただけですがなにか? なに、嫌みか?

 「ていうか、ライアンって眠れる森の美女、知ってんだ」

 当然のように俺の隣に座ってきたたライアンを無視して映画を観ようとした。けれどつい気になるワードがあり、ライアンに話しかける。眠り続けるプリンセス、なんて眠れる森の美女のオーロラ姫以外にありえない。

 するとライアンは首を傾げたあと、

 「そうなのかい?」

 と言った。え、いや、それどういう意味の回答なんだよ。

 「知ってんの? 知らねーの?」

 イエスがノーで答えろと暗に伝える形でもう一度質問する。

 「わたしはただ、魔女の呪いで眠り続けるプリンセスがいることを知っているだけだよ。それが、えぇっと……」

 「眠れる森の美女」

 名前が出てこないのだろう。言葉を詰まらせたライアンへすかさず俺はそう言う。

 「そう、眠れる森の美女のプリンセスまでとは知らないな。ごめんね、ホマレ」

 いや別に謝ってほしいわけじゃねーんだけど。物語は知ってるのに、物語のタイトルは知らない。不思議な教育を受けてきたんだな。

 「ふーん。ほかには何知ってる?」

 テレビの画面は音声と字幕選択をする画面のまま停止している。この話は切り上げて、映画を観ることに集中してもよかったが、俺は少しだげ気になった。リモコンを操作し、ひとまず音声は日本語、字幕はなしの設定にしておく。

 「他には……、そうだね。貧民の青年が魔法のランプを手にしてプリンセスと結ばれる話とか、」

 アラジンじゃん。

 「人魚のプリンセスが人間のプリンスと結ばれる話とか、」

 リトルマーメイド——または人魚姫じゃん。

 「リンゴを食べたプリンセスがプリンスの口づけで目覚める話とか、」

 白雪姫じゃん。

 「南国の島のプリンセスが、村の危機に立ち上がり旅に出る話とか、」

 モアナと伝説の海じゃん。ていうか結構知ってるし、全部ディズニーじゃん。

 「他にも知っているけれど、すぐにはこれ以上思い出せないな。ひとまず、これが限界かな」

 今ライアンが挙げた話のブルーレイは、全部俺んちにある。こりゃ今観ようとしてるやつが観終わったら、それらのブルーレイを観てもらう必要がありそうだな。この際、ライアンには俺の理想のお姫様像と王子様像、そうじゃないけどまた別のお姫様としての在り方を勉強してもらわなければ。

 「ちなみに今から俺が観ようとしているのは、村娘だった女の子と魔女によって獣に変えられた王子様が恋に落ちて本当の愛ってものを知る話だ」

 さっきも言ったけど、俺のお気に入り。ライアンは知らないなら、これは一緒に観る価値ありだな。

 するとライアンは、信じられない発言をした。

 「村娘がプリンセスに? そんなこと、起きるわけないだろう」

 ありえない、と言いただげな目でライアンが言った。対して俺は絶句。だってライアンのこの発言は、俺の否定だ。村娘がお姫様になれないなら、平民とかそういう概念のない世界で、男の俺はもっと起きるわけがない奇跡になる。

 「……」

 例えライアンが否定しようが、俺にとってこの村娘はお姫様だ。お姫様になれるんだ。

 「ホ、ホマレ?」

 すねて黙ってしまった俺を、ライアンは不安そうに俺の名前を呼ぶ。

 「わたしが君を傷付けるようなことを言っていしまったのなら謝るよ。だがらほら、いつものように愛らしく笑ってくれないか?」

 「……」

 「ホマレ……」

 「ライアン」

 決めた。俺は決めたぞ。決意をしてライアンの名前を呼べば、ライアンの表情が明るくなる。

 「今日は! この棚にある、俺のお姫様映画コレクションを飽きても観てもらうぞ!

 お前に古今東西色んなお姫様ってやつを教え込んでやる!」

 それ、再生だ!! 再生と同時に、きれいな森の映像が流れだす。やっぱりいいなぁ。そのうちライアンとディズニーランドに行きたいなぁ。この世界観に浸りたい。

 「エイガ? を一日中観るということは、今日はずっとホマレといられるということなんだね。嬉しいよ」

 コイツは映画も知らないのかよ!

 もーなに、なんなの? 変な特殊能力持ってたり、電車は知らないは、果てには映画も知らない? どこの国の人間なんだよ!

 「これを観終わったら、次は家族にいじめられてた貴族の娘が王子様と運命的な恋に落ちてお姫様になる話」

 「貴族ならば先ほどより現実的だ」

 映画を流しっぱなしにして、その映画のブルーレイを取りに行く。

 「そんで次はお姫様の姉妹の話で、妹は平民の男と結ばれる話。ちなみに俺はこの話に出てくる王子様が好きじゃない!」

 「平民の男と……。つまりプリンセスはプリンスと結ばれないということか」

 ライアンが複雑そうな表情をする。なんだなんだ。ライアンは生粋のお姫様と王子様の恋愛しか認めないタイプなのか。外で話をつけるか? おい。

 「世の中には色んなタイプのお姫様と、王子様がいるってことだ」

 全部おとぎ話の世界だけど、という言葉は飲み込んでおく。話をややこしくしたくないしな。

 見慣れたオープニングが流れている間に、ライアンの分のコーラを持ってくる。

 「はい、コーラ」

 「ありがとう、ホマレ」

 ライアンがペットボトルのふたをひねれば、プシュっと炭酸の抜けるいい音がした。

 「どのようなプリンセスがいたとしても、ホマレはわたしだけのプリンセスであることは変わらないよ」

 そしてライアンはコーラを一口飲み、炭酸にしびれたのか目を瞑り、口をすぼめた。あ、まだ慣れてなかったか。

 「お前が俺の王子様であることも、な」

 俺もコーラを飲んで、小さく呟いた。するとライアンにその言葉が届いたのか、彼女は「勿論だとも」と笑いながら言った。うーん、自分から言った手前、否定できないぞ。

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