第七話 ドドソソララソ
テーマ『50個の星を背負う』
こんなたくさんの星が降り注ぐ流星群は見たことない。まるで映画の世界のようだ。ライアン越しに見る夜空に、きらきらと数えきれないほどの星が輝いている。
「愛しているよ、ホマレ。君だけを、永遠に愛してる」
満面の笑みを浮かべて、いつも通りに俺へと愛をささやくライアン。俺はただ、その光景をぼんやりと見ていることしかできなかった。
将来の夢は公務員。国家公務員じゃなくて、地元の役所に勤める地方公務員でいい。そんなリアリストな俺だけど、子供の頃は、そりゃお姫様になりたいなんて思うんだからものすごくロマンチストだった。
いつか俺だけの王子様が迎えに来てくれるとか、魔女の呪いにかかって眠りについた俺をキスで目覚めさせてくれるとか、挙げたらきりがないほどテンプレートにロマンチックな展開に夢を見ていた。今はそんなことはない。俺は現実を受け入れたんだ。たとえ俺のことを『わたしのプリンセス』と呼んでくれる女の子が現れたとしても、夢みたいだと浮かれない。『わたしは君だけのプリンスだ』なんて言われても、心はときめかない。夢にまで見たおとぎ話は、所詮はフィクションなのだ。だから俺がライアンを好きになることは、きっと絶対にない。少なくとも、ライアンのことを『俺の王子様』として見ることはないし、俺の王子様でないのなら俺は『ライアンのお姫様』にもならない。だから俺は夢を見ない。現実をちゃんと直視して、受け止める。
そう、決めていた。それなのに俺は、結局のところ根っこはロマンチストに変わりはなかったのだ。
大好物の小倉山荘のさがえせんべいを貪りながら、俺はテレビを見ている。食べかすがこぼれないようにちゃんとティッシュを敷いて食べていると、テレビで今日は数年に一度しかない流星群が降ること、そして今日は夜空が綺麗だから都心でも見れるかもしれないとニュースキャスターが喋っていた。
「見たいな~」
夜空が綺麗と言っても、ここは排気ガスやら煌々と輝く街の灯りで流れ星どころか一等星すら見えるかわらない都会。だからどうせ見れないだろう。もう少し空気が綺麗なところ――例えば山とか――に行けば見えるんじゃないだろうか。
生まれてこのかた流星群はおろか、流れ星すら見たことない俺としては興味をそそる話題だった。だけど都会っ子としては、流星群を見るためだけに山に行こうなんて思わない。疲れるし、夜に山とか普通に危ないし、山以外に空気な綺麗なところなんて思い付かないし。うーん、だめだめが役満だ。俺にやる気がないだけとも言える。
「流星群? それは素敵だ。
それとこのおせんべいも美味しいね。もう一枚頂いてもいいかい?」
さりげなく俺のせんべいを食べていたライアンが俺のぼやきに応える。おい、このさがえせんべいは無選別の特売品とは言え期間限定のあおさ味だぞ。もう一枚食べようとするな。それそれボッシュート。俺はせんべいに手を伸ばすライアンの手を叩き落とすと、しゅん……と効果音が聞こえそうな表情をしてライアンは落ち込んだ。わ、悪い……。そこまで気に入ったとは思わなくて……。
ごめんな、もう一枚ぐらいなら食べていいぞ。と言おうとしたところ、先ほどの暗い顔はどこへやらでライアンは綺麗な笑みを浮かべて口を開いた。
「見たいのなら、見に行こう」
え~、なんかライアンが乗り気なんだが。たしかに見たいとは言ったけどさぁ。
「めんどくさい……」
そう答えれば、ライアンは首を傾げた。
「星空を見ることがかい?」
いや、流星群を見たいって言ったやつが、流星群を見るのがめんどくさいわけないだろ。もう少し俺の気持ちを察してくれ。
「家から出たくない……。電車とか乗って、山行くのとか……」
だからめんどくさい。と本音を言う。
「それならわたしに任せてくれ」
するとライアンが自信満々にこう言った。おっ、これは嫌な予感がするぞ。
それから俺はいつ何時ライアンが何をしても対処できるよう、身構えつつ夕飯までの時間を過ごした。夕飯はライアンが作った、ちょっと平べったいハンバーグだ。うん、美味い。
「ホマレ!」
夕飯を食って、さぁひとっ風呂浴びようと風呂場へ向かおうとしたところ、ライアンに声をかけられた。洗面所から廊下を覗けば、玄関でトートバッグを肩から提げたライアンが「こっちだよ」と俺を呼んだ。完全に油断していた俺は、「これから風呂に入るから」と言って回れ右をすればよかったのに、「どうした?」と尋ねながら迂闊にも彼女へと駆け寄ってしまった。
「お手をどうぞ」
「お、おう……」
当然のようにライアンから手を差し伸べられて、戸惑いながらも俺はその手を取ってしまう。戸惑うだけで、拒否しない俺も大概なのかもしれない。洗い物をしていたからだろう、ライアンの手は少し冷たかった。彼女の手の冷たさに、俺も皿洗いぐらいはやるかな……と考える。そんなことを考えていると、ライアンが俺の手を取ったまま歩きだした。
「さぁ、行こう。ホマレ」
どこへ? そう聞く前に俺はライアンに手を引かれて玄関から外へ出た。いつもと変わらない住宅街がそこには広がっていた――と思ったら、
「どこ、ここ」
見たことのない原っぱにいた。えっ、まじでここどこ?戸惑う俺を他所に、ライアンは聞き覚えのある山の名前を言った。ちょっと待って、どういうことだ。玄関を開けたら住宅街じゃなくて、遠く離れた山? どういうこと?
「これがわたしの力だよ」
いやそんな特殊な能力持ちとか初耳なんですが? 大量のクエスチョンマークを頭に浮かべながら首を傾げていると、ライアンが『力』について説明をしてくれた。
「空間を繋げる能力、と言えばいいのかな。扉であったり、そうだね……カーテンでも問題ないんだけど、何かを介して今いる場所から違う場所に行くことができるんだ」
つまりどこでもドア的な? つーかそんな魔法みたいな能力、ライアンはただでさえ謎が多くてこっちの世界の人間ですか? だったのに完全にどこかの世界の人間ということが確定しましまった。もうなに、全然意味わかんない。
「ホマレの力はどんなのだったけ」
「いや、そんなもんねぇけど?」
コイツは何を言っているんだ。すかさずそう返せば、今度はライアンが首を傾げた。おい、不思議がるんじゃねぇ。俺としてもこれ以上言うことは何もないので、これ以上は黙っていることにする。
「ホマレにも力はあるだろう?」
人間が誰しも不思議な力を持っていると思うな。
「だからねぇって」
再度否定すれば、「だって、」とライアンが口を開いた。
「君が私を、君だけのプリンスにしてくれたんだ。ならばこれは、君の力だろう?」
そう言えば、ライアンは俺と会ったときから俺のことを自分だけのお姫様って言っていた。ならばライアン自身も俺だけの王子様ってことだろう。まるであの日より前に、俺たちは会っていたかのような口ぶりだ。でも、俺は会ったことない。そして俺がライアンを、俺だけの王子様にしたってことも、よくわからない。
今度は俺がクエスチョンマークを浮かべる。俺たちは会う前からお互いのお姫様と王子様で、ライアンが俺をお姫様にしてくれるんじゃなくて、俺がライアンを王子様にしている。
「なぁ——」
「ホマレ、空を見て」
もっと詳しく話を聞こうとしたところ、さえぎるようにライアンが言った。彼女の言うといり空を見れば、流れ星が流れていた。
「きれいだ」
絶えずことなく降る流れ星に、つい言葉が漏れる。これが流星群なのか。
「うん、きれいだ」
同じように夜空を見上げているライアンが言った。ライアンにはよくわからないことが多いけど、美的感覚は同じでよかった。だって、共有できることは多いほうがいいだろう?
降り注ぐ流れ星を前に、さっきまでの意味不明なやり取りが全部どうでもよくなってしまった。
ライアンが俺と出会う前のころは、これからゆっくりとライアンに聞けばいい。わからないことだらけでも、ライアンがいれば俺はお姫様でいられるってことに変わりはないんだ。
「ねぇ。ホマレ」
こんなたくさんの星が降り注ぐ流星群は見たことない。まるで映画の世界のようだ。ライアン越しに見る夜空に、きらきらと数えきれないほどの星が輝いている。
「愛しているよ。君だけを、永遠に愛してる」
満面の笑みを浮かべて、いつも通りに俺へと愛をささやくライアン。俺はただ、その光景をぼんやりと見ていることしかできなかった。
——俺も、好き。
この感情は、ほだされただけだ。
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