第六回 三千世界に花が咲く

テーマ『見捨てられた細部』


 眠りについたお姫様の元に、白馬の王子様が迎えにくる。ありきたりな物語だけど、俺にとっては夢のような物語。おとぎ話に意外性はいらない。どこまでもテンプレートに、見飽きた展開に、チープな結末で俺はかまわなかった。そこに幸せがあるのなら、それだけで俺の心は満たされるのだ。

 学生としては待ちに待った金曜日の放課後。帰ったらこの前買った映画のブルーレイでも観ようかな、なんて思いながら軽い足取りで校門へ向かう。そうだ、これを機にライアンに王子様とはなんたるかを教えるのもいいだろう。アイツは王子様ってやつをわかってない。俺が言うんだから間違いないね。

 「ん?」

 学校の前が騒がしいというか、実際にうるさいし人だかりがすごい。なになにわ芸能人でも来たの? 野次馬精神で学生たちの群れに飛び込めば、見覚えのある人物が校門のそばに立っていた。その人物とばっちり視線がぶつかり――というよりソイツが秒で俺をみつけて視線があった――優雅に微笑んでから口を開いた。

 「迎えにきたよ、ホマレ」

 俺はすっかり見慣れてしまった王子様のような服を身にまとい、銃刀法違反になりませんか? と聞きたくなるような剣を腰に据え、今までそんなの被ってました? と聞きたくなるような羽の刺さった帽子を被ったライアンだ。ちょっと今日キメキメすぎないか。そして名前を呼ばないでくれ。誉なんて名前そうそうないから野次馬にいたクラスメイトは俺へと視線を移す。俺を知らない人間はライアンの視線を追い、俺を見る。天使も駆け抜けたいような気まずさを醸し出す静寂に、居心地が悪い。

 迎えにきたって、迎えにきたってさぁ。いや、違うからな。多分母さんになんか言われたから来たんだろ。だって今まで、ライアンは俺を学校まで迎えに来たことなかったし。まあ俺はお姫様じゃないし。お姫様じゃないから迎えに来てくれる王子様なんていないし。別にいいんだけど。ていうか白馬の王子様が来たら、それはそれで困るし。

 なんて思考を明明後日の方向に飛ばしていると、いつの間にか俺の元へと駆け寄っていたライアンが自然に俺の手を取った。人混みからするりと連れ出された俺は、ライアンに手を引かれるがままに歩き出す。あぁ、明日が休みでよかった……。土日でこの騒ぎは、こううやむやというか、なんとかなってほしい。

 「えっと……なぜここに」

 「無論、君を迎えに来たのさ」

 いや、それはさっき言っただろ。俺は迎えにきた理由を聞いてんの。ライアンに手を引かれてるのが癪な俺は、ライアンの前に小走りをして出る。今度は俺がライアンの手を引く番だ。さっさと駅に向かおう。ライアンは格好もさることながら、容姿でも目立つ。普通にかわいいし、銀髪赤目とか町行く人の皆が皆ライアンを見るだろう。現に、ライアンが横を通ったときに二度見する人もいる。わかるよ、その気持ち。今は銃刀法違反では? って感じだし。うーん、これはツッコミ待ちかな?

 「ホマレはわたしのプリンセス。それ以外に理由は必要かい?」

 答えになってない。いや、ある意味模範解答ではあるが、俺が欲した答えではない。でもライアンにはそれ以外の理由なんて本当にないんだろうな。理由を聞くのはもう諦めることにした。

 「つーか、どうやってここまで来たんだよ。ライアンって金持ってたっけ? てか電車乗れたのか? あと服目立つ、なんか他に持ってないの?」

 矢継ぎ早に俺が聞けば、ライアンは「デンシャ?」とこりゃまた変な発音で言葉を返した。おい待て。なんだそれ、と言いたげな目で俺を見るな。電車を知らずしてどうやってここまで来たんだ。もし馬とか言ったら、さすがの俺も叫ぶ。ライアンは料理や掃除といった一通りの家事は元々できたが、コンロや掃除機といった文明の利器を存在すら知らなかった。ちなみに洗濯機は服の入れすぎで壊しかけた。あのときは母さんが悲鳴を挙げてたな。自転車の存在も知らなかったが、今ではBMXに出れるんじゃないですか? ってぐらい乗りこなしている。ママチャリだけど。あと聞いてもいないのに馬は乗れると言っていた。その腕前は見せてもらったことはない。見たいとも思わないけど。

 閑話休題。話が盛大に逸れてしまった。

 「で、服は?」

 ここまでの交通手段に関しては、聞いてきたのは俺だがうやむやにさせてもらおう。あと後日電車の乗り方も教えよう。これは断じて、『次は電車を使って迎えにきて』という意味ではないことだけは誓っておく。

 するとライアンは、それはきれいな笑顔を浮かべて堂々として

 「これだけさ」

 と答えた。

 「えっ」

 それだけ言って俺は言葉を失う。これだけ? マジ?

 「あぁ、いや。なくはないんだけど、外出用のはこれだけなんだ。

 夜のうちに毎日洗っているから、衛生面に問題はないよ。安心してくれ」

 今の「えっ」はそういう「えっ」ではないんですが。これは由々しき問題である。つまりライアンは今の今まで、おそらく寝巻き以外はこの王子様全快の洋服で過ごしていたということだ。俺の知らないところで、この姿で母さんのおつかいでスーパーに行ったり、コンビニへ行ってたりしていたのだろう。

 なにそれ怖い。我が家が女の子にコスプレを強いていると勘違いされていないか不安になってきた。明日から近所を歩くのが怖くなってきた。と、なればすることは一つ。

 「家に帰るぞ!」

 「あぁ、帰ろう!」

 電車の中での視線なんて知るか! と俺は腹をくくり、ライアンの手を引きながら駅へと向かった。

 言うまでもなく、そりゃもう車内の人の視線をライアンは一身に集めた。恥ずかしい。


 予想外の電車賃により寂しくなった財布と共に帰宅し。俺はライアンの手を離して一目散に自室へと向かう。手洗いうがいは二の次だ。そして部屋のタンスから目的のものを漁り出し、『それ』を持って玄関で脱ぎ捨てた俺の靴を揃えているライアンへと渡した。

 「悪いな。それとありがとう。

 で、はい。これ着て」

 行儀が悪かったな、反省。ライアンにお礼を言って、俺は部屋から掘り出したもの――中学時代のジャージをライアンに渡した。いやー、もう絶対に着ないって神に誓ってたけど持っておくもんだな。

 「どういたしまして。

 これを着ればいいんだね。着替えてくるよ」

 にこり、という効果音が似合う笑顔を浮かべたライアンは、ジャージを持って自身の部屋へと行った。だいぶあのジャージは、まあ……なんというか……あれだよ……あれ、その、オブラートに包んで言ってもとにかく地元じゃ負け知らずのクソダサジャージなんだけど、ライアンなら着こなせるだろうと勝手に考える。廊下で待っているのもなんだし、手洗いうがいをしてリビングへ俺は移動した。

 ライアンが入れた紅茶が飲みたいな~なんて思いながらポテチを食ってると、「着替えたよ、ホマレ」とライアンの声が聞こえた。

 「こっちこっちー」

 ライアンには見えてないけれど、手首を曲げて手を振りながらライアンを呼ぶ。軽やかな足音と共に、ライアンは現れた。そしてライアンを見た俺は息を思い切り吸い、声とともに勢いよく吐き出した。

 「ダッ――」

 「どうだい、似合うかな?」

 「ッッサ!!!」

 クソダセェ!! 誰が着てもクソダセェぞこのジャージ!

 前述した通り、俺の中学時代のジャージはダサいことで有名だ。まずダセェポイントその一、ジャージの色が紫。ダセェポイントその二、背面に中学の名前が蛍光がかった緑色で、なぜかローマ字でデカデカとプリントされている。ダセェポイントその三、ジャージの上下に生徒の名前が、なぜかこれもローマ字で刺繍されている。MIYAKOの主張が激しい。ダセェポイントその四、すべての裾がゴム素材になっており、手首足首はパーカーのようにすぼまっていて、上着の裾もゴム素材で裾だけがぴったりと体に貼り付いている。ダセェポイントその五、上着のチャックは上半身の半分までであんまり意味をなしてない謎デザイン。あー、もう中学時代の恥ずかしさが甦ってくる。俺こんなダッセェ洋服、あとにも先にもこれを越えるやつはないと断言できるね。

 おとぎ話のお姫様みたいな顔立ちやスタイルのライアンなら、クソダサジャージでも着こなせると思っていた。でも現実は残酷で、クソダサジャージは圧倒的存在感を放っていた。それどころか銀髪、赤目、極めつけに洋服は紫に蛍光っぼい緑というちぐはぐな色味で目が痛い。悪化している気がする。

 「なんか、まじでごめん……。こんどしまむらで服買おうぜ……」

 これをライアンに着せるわけにはいかない。こんなクソダサジャージを着て外を歩くぐらいなら、今まで通り王子様衣装のほうがはるかにマシだ。きっとライアンもそう思っているだろう。お年玉貯金から出費するしかないかー……、はは……。残りいくらだっけ……と俺は少しだけ頭を抱えたくなった。

 「ホマレは何に謝っているんだい? わたしはこの服を着て生活してもかまわないよ」

 俺の居たたまれない気持ちを察してか、ライアンがあり得ない発言をした。ライアンの言っていることが本音だとしても、俺が構うんですよ。共感性羞恥心がバリバリに刺激されて辛いんですよ。

 「それにホマレからの贈り物なら、なんだって嬉しいよ」

 嘘吐くなよと言おうとしたところ、心の底から嬉しそうにライアンは笑っていた。なんだかライアンが俺に惚れた弱味につけこんだ感がして、さらに申し訳ない気持ちになる。でもこんな服着せてるほうが酷いだろ。

 「じゃあ、俺がまた服をプレゼントしたいって言ったら、そっち着てくれるか?」

 だから、こうなったらとことんつけこもう。ジャージはジャージでも、もっとマシなやつを選んでみせる。下手に挑戦して服選びに失敗するのは嫌だから、プレゼントするのは変わらずにジャージだけど、このジャージより酷いものなんてないだろう。

 するとライアンは少しだけ驚いたあと、「勿論だとも」と花が咲いたような笑顔を浮かべて俺の言葉に応えてくれた。

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