第21話 無念とは違うもの

DO CUPがついに幕を開けた。

 参加チームは20チーム、参加人数はコーチを含めれば80人にものぼる大規模大会。

 そして今回のDO CUPは配信の規模も大きくなり4つのプラットホームで同時配信されるとのこと。

 三つは日本で主流の配信サイトだが一つは海外で主流の配信サイト。

 外国人からしたらただのアマチュアが奮闘している姿を見るだけ。

 そうした場合、容赦のない罵詈雑言が飛んでくる可能性もあるし、またそれが切り抜き翻訳されて本人に届く可能性だってある。

 

 ってなにを考えているんだ俺は。

 さっき桜華に諭されたばかりなのに、またこうやって他人の心配をしている。

 まずは自分の心配をしなければならないのに、どうしてこうも。

 

 どうしてこうも、関係ない人の心配ばかりしてしまうのだろうか。

 今俺は落ちたら死ぬ崖の前に立たされている。

 今のDO CUPが無事に終わったとしてもその先にあるコラボの方が俺と水無瀬さんが配信者として死ぬ確率は高い。

 

 それなのに、どうしてこうも……

 

 モニターから実況役の大きな声が聞こえた。


 「第一試合、勝利を掴み取ったのは雨風ぬるぬるだぁ!」


 配信もせずに考え事をしていて、気づけば第一試合が終了していた。

 勝利チームは俺がコーチングした水無瀬さんのチーム。

 教え子の勝利はコーチとしてはものすごく嬉しいはず。

 それなのに、俺は喜びに喜べないでいた。


 目の前の喜びよりもこの後に控えている不安と心配の方がでかく、俺の顔から笑みが漏れることはなかった。

 そのまま大会は進み、第二試合と進み雨風ぬるぬるは全体順位3位と好成績を出していた。

 なにも声がかけられない今だからこそ、俺は声を発することができる。


 「このまま、俺が成し遂げれなかった1位という栄光を手にしてくれ……」


 音が漏れない防音室、それなのに俺はその中で誰にも聞こえないような掠れた声でそう言い放った。


 〜〜〜


 第四試合最終局面、この試合が最終試合となり現在雨風ぬるぬるは二試合目と変わらず3位に位置をつけていた。

 1位とのポイント差は5ポイントと差はほとんど無いようなもの。

 そして1位のチームはキルログを見ていたが初動死をしていて部隊は壊滅していた。

 現在の競争相手は2位のチームの特攻隊☆流星群という女性Vtuber二人とストリーマーの荘園という人のチームのみになった。

 残り部隊数は6部隊、間も無く最終アンチが迫ってくる。


 水無瀬さんたちは位置としてはかなりいい位置につけており、尚且つキル数は6。

 特攻隊のキルログを確認していたが途中で漁夫をしたのか2人分出ていたのが最後でおそらくキル数は2。

 このまま特攻隊よりも良い順位を取れば水無瀬さんたちの優勝は確実だった。


 「さぁ、最終円が縮まります! 今大会で4回目となるDO CUPですが夢を越えるものは一体誰なのか! 世界大会2位の実力を持つAdaをコーチに持つ雨風ぬるぬるかエクシャス一桁の実績があるKo-doをコーチに持つ特攻隊☆流星群か! はたまた別のチームがチャンピオンだけを掻っ攫っていくのか! 今、その戦いの幕が上がります!」


 実況役の詳しく白熱した実況と共に最終アンチが迫り始めた。

 まず初めに動きがあったのは特攻隊だった。

 特攻隊は位置的にはかなり厳しい、低所の崖下にいたのだが高所を取っていたチームの一人が頭を出した瞬間3人でフォーカスを合わせダウンまで持って行った。

 それを機にポイメルのアビリティである毒ガスを放出し、スロウ効果のあるガスを喰らい人チームが壊滅した。

 これで特攻隊のキルポイントは5。

 

 ここで一気に稼がれるとまずい。

 俺の心臓は激しく動き始め、世界大会での事がフラッシュバックし始めた。

 

 「リーダー、ドンマイっす。自分も声を掛ければよかったです」


 「リーダー、そう気に留めないで欲しいです。何事も切り替えが大事、また3人でやっていきましょう?」


 「世界大会2位、そして1位との差は1ポイント。もし1位にならばSpeakの名は世界中に広まり、世界各国から様々な人材が集まっていたというのに……」


 4KAGI達が俺を気遣い、事務所に戻れば代表の呆れた声。

 会場からは俺を哀れむ声が聞こえ、SNSでは残念がる声や俺の失態を叩く輩で溢れかえっていた。

 あの時の記憶が蘇る。


 でも今の俺はコーチ。

 彼女達の努力や連携、そしてこの1週間で築いた浅くもあるが決して切れないであろう関係。

 目の前の試合を見なければ、俺はそれを全て無下にすることになる。


 「水無瀬さん、いやしずくさん! 頑張って俺の無念を晴らしてくれぇえ!」 


 過去の記憶を振り払い、俺は画面に向かって叫んだ。


 「私、絶対に優勝して見せます。見てるか分からないけどAdaさんの分を背負ってるんです、負けるわけには行きません!」


 彼女がそんなことを言ってる風に感じた。

 実際には言っていいない、それなのに何なんだろうこの感じ。

 画面の向こうから励まされているような気がしてならない。

 

 気付けば残り2部隊となっており、本配信はプレイヤー視点からドローン視点に移り変わった。

 残っている名前からして、相手は特攻隊☆流星群。

 チャンピオンを取ったどちらかのチームが今大会の勝者となる重要な場面。


 俺は気付けばサブモニターの方で水無瀬さんの配信を開いていた。

 

 集中しているのか彼女の立ち絵は微塵も動かない。

 そして動きがあったのはそのほんの数秒後。


 特攻隊がガードナーのアビリティの爆撃を要請した。

 こちらはドームを使わざるを得ない状況になり、Nullさんがドームを使った。

 それを起点としたのか特攻隊は自分の爆撃など気にせずにNullさんが放ったドームの中に入り込んできた。

 試合はこれで終わり勝者が決まる、試合形式は接近戦。


 初めに先頭にいたNULLさんがファイトを仕掛けられた。

 敵の持ち武器はARとショットガン、対してNullさんはショットガンとSRだ。

 初めにショットガン同士での撃ち合いになったが先にアーマーが割られたのはNullさんだった。

 というのも、風葉さんがミスをしており本来ならば2対2の状況を作れたはずなのだが、油断していたのか敵がドーム内に侵入してからアビリティを使ってしまったのだ。

 アビリティの使用には専用のモーションが入り、時間は1.5秒ほど。

 しかしこの短い時間がFPSでは勝敗の鍵を握り、この1.5秒の間にNullさんはアーマーを割られ、カバーに来たもう一人の加勢によりダウンしてしまった。

 

 幸いにもNullさんが死に際に敵のポイメルのアーマーを割っていたことにより、風葉さんがそのポイメルを狙い2対2の状況にはなったが敵の連携が凄く、水無瀬さんと戦っていたはずのもう一枚の敵は急に方向転換をし、そのまま風葉さんをダウンさせ、Nullさん含め二人とも確キルまで入れられてしまった。

 アーマーを抜かれ、完全に回復され状況は1対2。


 完全に不利な状況で、アンチも残り30秒で締まり切るため安全区域は物凄く小さい。

 その中で限られた遮蔽物を使い二人を倒す。

 そんなの、俺でも無理に等しく状況としては絶望的だった。


 「まだ、まだ私の負けじゃない!」


 今まで音がしなかったサブモニターから大きな声がした。

 並んでメインモニターからも大きな声がする。


 「さあさあ、絶望的な状況に立たされた雨風ぬるぬる! 一度落ち着いているのでしょうか、水無瀬選手微動だにしません! しかし特攻隊、一度水無瀬選手と戦っていたのにも関わらず水無瀬選手を見失っております!」


 水無瀬さんのいる位置は二つ折り重なったコンテナの中。

 そして、敵の特攻隊がいる位置はコンテナよりも低所の何も無い平原。

 これなら、勝てる。


 水無瀬さんに動きがあった。

 敵にバレないように一瞬だけ体を出し、真上にグレネードを二つ投げた。

 それを機に、ヴォイドのアビリティであるポータルを繋ぐ状態に入り、コンテナから飛び出た。

 当然、二人はそれに反応し武器を水無瀬さんに向けるが水無瀬さんはスキルの虚空空間に入った。

 説明したか覚えていないが、ヴォイドはアビリティのポータルを使いながらスキルの虚空空間を使うと本来ならば虚空に入るのに3秒ほどかかるのだが、その時間がなくなり一瞬で虚空に入ることができる。

 

 それを利用し、水無瀬さんは撃たれた瞬間に虚空に入った。

 ダメージは受けたが、それもARの23ダメージのみ。

 そして、虚空に入っている間も動き続けポータルの距離を伸ばし続ける。

 そして、虚空が切れた。


 「おっと! 虚空が切れたが先ほど投げたグレネードが刺さるか!?」


 観戦画面には敵二人に100ダメージが2回、合計200ダメージ入リ、一人はヴォイドの作ったポータルに入っていった様子が本配信に映し出された。

 

 「しずくさん! いけ、あなたならやれる!」


 俺は立ち上がり、再度画面に向かって叫ぶ。

 ショットガンを構え、目の前の敵を一枚ダウン。 

 そしてちょうどポータルから出てきたコンテナ中の敵をSRで交戦していく。

 相手の使用キャラもヴォイド、相手のヴォイドは虚空に入った。


 「特攻隊荘園! 一度虚空に入るもヴォイドならば誰にも譲らないという勢いで水無瀬しずくが迫ってくる! そして! 取り切ったのは世界大会2位の実力を持つAdaコーチ率いる雨風ぬるぬるだあ!」


 「よっしゃあ! しずくさん、おめでとう、そしてありがとう……」


 先ほどまで力が入っていたのに、全身から力が抜け、俺は椅子に座り込んだ。

 目からは涙が溢れ出てきて、他人の勝利が自分の事のように嬉しいのは初めてだ。


 こんな小さな大会で優勝することはたくさんあった。

 しかし、どんな大会で優勝した時よりも世界大会で2位になった時よりも、今が一番嬉しい。

 

 俺は涙が止まらなくなり、防音室から出た。

 

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