第20話 忠告

カスタム初勝利から4日が経った。

 そして今日は大会当日。

 俺にしては少し早めの夕食をとりながら、俺はその時を待っていた。

 

 手足が震えているのがわかる。

 手先が冷たくなり、頭が回らなくなる。

 その他にも若干の吐き気、目の焦点が合わなくなったりとかなり緊張しているのがわかる。

 

 その緊張はコーチというものを担っているからこそのもだと思う。

 選手としてならば俺は世界大会を経験しているし、そもそも緊張などあまりしない。

 するにしても手足が震える程度で、こんなに酷い緊張にはならない。


 ならばどうしてだろうか、それは俺が極度に彼女たちを心配しているからだ。

 

 彼女たちの個人個人の技能、プレイスキル、連携は達者なもので他のグループを見てもこれだけ鋭く尖ったものは見受けられなかった。

 普通で行けば優勝することだって可能だし、優勝候補として名を挙げてもいいぐらいだ。

 ならばなぜ、俺が心配をしているのか。

 それは、俺がそのような立場だったからだ。


 世界大会、あれは世界中から見ても俺たちの圧勝だった。

 予選から始まり、予選はグループ1位通過、その後の小さな大会でも優勝を何度も経験し、俺たちspeakの名はやがて世界中に広がった。

 そして挑んだ世界大会。


 そこで俺は重要なミスをした。

 ポイントの計算だ。

 世界大会では順位ポイントとキルポイントの二種類があり、キルポイントはその名の通り敵を倒した人数だけポイントが入る。

 並びに順位ポイントも同じで、良い順位のチームから順々に毎試合ポイントが加算されていく。

 問題は最終試合。


 世界大会は全5試合だったのだが、俺たちspeakはキルポイントはあまり取れていなかったが順位が1位2回と2位が3回というとんでもない結果を叩き出していたのだが、そこで浮かれたのが不幸の始まりだった。

 最終試合ではキルポイントの制限がなくなり、20キルすればそのまま20ポイントが入った。

 他の試合ではキルポイントに上限が課せられており、10ポイントがマックスだった。

 しかし、上限が無くなれば話はかわる。


 今まで順位ポイントは1位が10ポイント2位が7ポイント3位が5ポイントだった。

 そして俺たちの合計ポイントは41ポイントとキルポイントを含め62ポイント、2位のチームは50ポイントだったので俺はチャンピオンを取らせずに拾えるキルは拾い、良い順位になるまでハイドすれば優勝は間違いないと思い込んでしまった。

 しかし、蓋を開けてみれば2位のチームは早々に壊滅したが3位につけていたチームがまさかの22キルという大会ではとんでもない数字を出し、おまけにチャンピオンも取られた。


 俺たちも7キルの2位という良い数字だったが、3位のチームはキルの22ポイントと順位の10ポイント、そして元々持っていた45ポイントを足して77ポイント、俺たちはキルの7ポイントと順位の7ポイント、そして元々持っていた62ポイント合わせて76ポイントという結果になり、1点足りずに2位という結果になった。


 最終試合までなにが起こるかわからないのが大会の怖いところ。

 

 しかし、不安や心配ばかりではなく心の奥底に期待という文字もある。

 

 水無瀬さんたち3人は他のチームと見比べても個人個人のプレイスキルや技能、連携がしっかりとできている。

 それこそ優勝候補と名乗ってもいいぐらいだ。

 

 しかし今回俺はコーチとして参加している。

 コーチは大会中、緊急事態が起きない限りはメンバーと会話することは一切不可。

 ただただ、彼女たちの奮闘を見守ることしかできないのだ。


 なにも口出しできない。

 それが不安で仕方がないのだ。

 

 「兄さん、珍しく緊張してるね」


 キッチンで皿を洗っていた桜華が話しかけてきた。

 その声がいつもよりも少し低い。

 しかし、その声の正体は俺にはわかる。

 心配している声だ。


 「緊張するだろ、初めてのコーチだぞ?」

 「でも、世界大会に比べたら全然でしょ?」

 

 「それは……」

 「兄さん、これは優しい妹からの忠告ね」


 桜華は皿を洗え終えたのかタオルで手を拭い、こちらにやってきた。

 いつもの優しい笑みを浮かべている様子ではなく真剣な顔をしている。


 「兄さん、Vtuberと関わる上で一番気を付けなきゃいけない事彼女たちのファンをてきに回す事よ」

 「まあ流石にそれぐらいはわかる」


 「そう、ならよかった。でもね兄さん、今の兄さんは明らかに踏み込みすぎている」

 「というと、どういうとこなんだ」


 「兄さん、私DO CUPのコーチングしますって言った配信から今まで全部の配信を見てきた」

 「暇人だな」


 「まあね。でもね兄さん、兄さんは一つ大きなミスをした。それは世界大会でのミスと同じぐらい重要なもの」

 

 桜華は机に乗り上がり俺に迫るように言う。


 「それは、SMコラボの件よ」

 「……」

  

 「いい? 兄さん。兄さんは普通じゃ絶対にありえないコラボを約束してしまったの。SM、私はてっきりなんかの略称なのかとも思ったけど、それはきっちりマゾマゾしいものだったわ。そして、当然水無瀬さんのファンは度肝を抜かれたでしょうね、正直、私は水無瀬さんが正気じゃないとも思ったけど彼女は本気でコラボしようとしてるし、それを許可する事務所もハッキリ言って頭がおかしい。でも、決まったものはしょうがないわ」

 

 そして桜華は一度席に座り直し、スマホをいじり始めた。


 「これを見て」


 桜華は俺にスマホの画面を見せる。

 そこに映っていたのは「なんでも命令できる権利を獲得したしずく、そして命令として下したのはまさかのSM!?」というタイトルの動画。

 再生回数は100万回を超えており、これは俺と水無瀬さんの総フォロー数を足しても足りにたらない数だ。


 「コメントを見てみると大体が兄さんのファンか水無瀬さんのファン。でもそれは、どれも肯定的なものではなくどちらかというと否定的なものの方が多い。読み上げはしないけど内容は酷いものばかりよ」

 「そ、そうなのか……」


 俺は桜華の言い分にもコメントの内容にも納得した。

 そりゃ普通に考えたら今まで推して来たアイドル的存在が一瞬にして他所の男にして取られるようなものだよな。

 大人数で異性と関わったり仲の良い異性と関わる分にも良いかもしれないが、SMコラボは流石に度が過ぎている。


 「だから兄さん、最近視聴者増えたでしょ?」

 「えっ、まあ増えたな……」


 最近、今まで1000人程だった視聴者が2000人と倍になった。

 俺はてっきりカスタム配信が終わって人が流れて来ているものだと思っていたが、昨日に関しては配信を初めて5分もしないうちに3000人となって少し驚いた記憶がある。


 「それって意味は置いておいてバズったって事でしょ?」

 「そ、そうだな……」


 「だからさ? 兄さん」


 桜華は顔を上げ、真剣な表情からいつもの優しそうな笑顔に戻した。


 「いっそのこと敵に回しちゃおうよ! 水無瀬さんの視聴者を!」

 「は?」


 今まで俺に説教をしていたのに、急な方向転換。

 俺には理解ができなかった。

 今まで説教はなんだったのだろうか。

 前後の言葉と今の言葉から考えても矛盾しか生まれない。


 「いやその、流石にクソ空気悪い状態でSMしろとは言はないけどさ? 多分今日が水無瀬さんと関わる最後のチャンスだから今回でとんでもなく距離を縮めて、それで水無瀬さんの視聴者たちが納得するような仲になればきっと炎上もしないし、なんなら今よりももっと視聴者を増やせる!」

 「いやいや、そんなことできるわけーー」


 「できるよ! だって、世界大会2位の男でしょ? 世界大会2位まで行けて、なんで女の子一人攻略できないの?」

 「だぁもう! わかったよ! 頑張るからもうなにも言わないでくれ!」


 確かに桜華の言っている事は一理ある。

 視聴者が認めてくれないのならば俺が水無瀬さんと仲良くなってみんなが言うてぇてぇをすれば良い。

 それができないにしろ、できないなりの悪あがきをすれば炎上も最小限にできるはずだ。


 「兄さん、もう時間だよ?」


 気づけば7時を過ぎており、俺は初めて遅刻をした。

 

 「うっわ、やべ! 桜華が長話しするから!」

 「へへーん、兄さんがなにも考えてないからです〜!」


 「兄さん、浮気はダメだよ。あと、頑張ってね」

 

 桜華は俺の方へ寄ってくると抱きつき耳元で囁いた

 俺は桜華を引き剥がし、頬が熱くなるのを感じながら足早に防音室へ向かった。

 そして俺はパソコンの前に座り、顔を二度叩いてから本配信を開いたのであった。

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