第16話 ドライヤー

 カスタムが終わった。

 昨日と比べて二人とも明らかに連携が取れるようになっていて、個人の能力も少し伸びているように感じた。

 水無瀬さんはこの後に同企業のVtuberとコラボ配信があるらしくnullさんも今日も用事があるとのことだったので個人練習は無かった。

 俺は五分後に見るであろう視聴者達に「今日は終わります。また明日」と言い配信を切った。

 

 深いため息を吐き、俺は立ち上がり体を伸ばした後、防音室から出た。

 防音室の置いてある元事務所からリビングに向かう。

 リビングのドアを開けると、緑色の二人掛けのソファベッドをベッドの状態にして桜華は寝ていた。

 タオルなどかけずに寝ていて、足はベッドから出ている。


 「おい、起きろ風邪ひくぞ」

 「……んぁ、ごめんいつの間にか寝てた」


 時刻は21時、寝るには少し早い時間だが移動などで疲れていたのだろう。

 脱衣所にある部屋着には着替えずに、桜華は外着のまま寝ていた。

 

 「風呂は入らんのか? お湯なら入ってるし一応沸いてるけど」

 「んーじゃあ、入ろうかな。あ、一緒に入る?」


 寝起きのふにゃふにゃになった顔でそう聞いてきやがった。

 頼むから、こういう事を言うのは俺だにしてくれよ、マイシスター。


 「入るわけないだろ。パジャマはいつもの所に入ってるからちゃんと着ろよ」

 「ふーん、こんな可愛い女の子と一緒にお風呂に入れたのに、自分から機会を捨てるんだ。兄さん惜しい事したね」


 「何も惜しくねぇよ、ほら立った立った」


 俺に促され桜華は立ち上がり、そのまま風呂場に向かった。

 桜華の寝ていたソファのそばには雑な状態で放置されたキャリーケースが落ちている。

 俺はそれを拾い、桜華の部屋がある二階まで運ぶ。


 「うっ、なんかいつもより重いな。何入ってるんだ?」


 中身が気になりつつも俺は開けることなくキャリーケースを部屋まで運んだ。

 一階に降りて、俺はベッドになっているソファベッドをソファに戻してそこに座った。


 「今日も疲れた、これから桜華と遊ぶのかぁ……」


 これから先に起こる事を予想しながら、俺は立ち上がり冷蔵庫に向かう。

 中から銀の缶を取り出し、おつまみボックスからチータラを取り出し手に取った。

  

 テーブルに銀のやつとチータラを置き、チータラの封を切る。

 一本取り出し、銀のやつを開ける前に食べた。

 チーズの甘さとほんのりと感じられるタラの風味が相まってチータラ単体でも美味しい。

 俺は銀のやつの封も開け、ぐびっと飲んだ。

 

 「くぅ~! 久々に飲んだけどうめぇ~!」

 

 一口飲むたびに強い苦みが口の中に広がるがそれをチータラ特有の甘味によって打ち消す。

 銀のやつを一口飲んだらチータラを二本食べる。

 それを繰り返していると気づけば両方無くなってしまった。

 スマホを取り出しチータラと銀のやつの写真を張り付け、なんとなくTwllterを更新した。

  

 『銀のやつ、久々に飲んだらうめぇや!』


 『晩酌ですか? 上手そう!』

 『飲みには行かないんですか?』

 『うまそ~!』


 大体が一言で俺は送られてきた反応を流して見ていた。

 ほどなくして反応が無くなるとTwllterのタイムラインを見始めた。

 俺がフォローしている人の投稿が流れてくる。

 歌い手さんが行ったライブの写真やHEROXの動画などなど。


 30分ほどTwllterを見て飽き始めたなと思った時、目先のドアが開いた。


 「兄さん上がったよ~! ドライヤーして!」


 バスタオルを一枚巻いただけの桜華が俺めがけて飛び込んで来る。

 長くサラサラの茶髪が俺の頬をかすり、少しくすぐったい。

 

 「もう、濡れるだろ。それにちゃんと体拭いて、服を着てから来いっていつも言ってるだろ」

 「いいじゃんそんなの、別に寒くもないし風邪なんて引かないから」


 桜華は濡れた体であぐらをかいている俺の上に座り込んで来る。

 俺はまたため息を吐き、ソファの隣の机に置いてある美容箱を取った。

 そこからドライヤーを取り出し、そばにあるコンセントにコードを差した。


 桜華が持ってきたタオルで水気を取って髪をとかした後、ヘアオイルを馴染ませる。

 しっかりとヘアオイルが馴染み、髪をとかし終わった事を確認して俺はドライヤーの電源を入れた。

 ドライヤーから出て来る暖かい風を近くなりすぎないよう注意しながら桜華の髪に当てる。


 「ふぁ~、気持ちいい」

 「ったく、もう19歳で大人なんだからしっかりしてくれよ」

 

 「兄さんの前ではいつまで経っても子供だし、それに兄さんこそ兄さんの事が大嫌いな性悪妹よりも甘えん坊な妹の方がいいでしょ?」

 「良いわけあるか、ちゃんと独立してくれ」

 

 「実家住みのくせして大口叩くな!」

 「良いだろ別に! それに俺はこの家の税金だって払ってるんだ。そうだ、お前の学費誰が出してるか分かるよな?」


 「ぐっ、ぐぬぬ……」


 学費の話をしたら毎回桜華は黙る。

 現時点ではこれが最強の武器になっているがこれがいつまで最強かは分からない。

 最強な物でもいつかは必ず打破される。

 その時までに良い逃げ道を探しておかなければな。


 30分ほどでドライヤーは終わり、桜華を脱衣所に帰した。

 ズボンとTシャツが濡れてしまったのでついでに風呂に入ろうと俺は桜華の帰還を待つ。

 ほどなくして桜華が帰って来たので俺は銀のやつの缶とチータラの袋をキッチンに持って行き、ゴミ箱に入れた後脱衣所に向かった。

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