第15話 妹

 「ポンポンタララ~♪」

 

 陽気な音楽で俺は目を覚ます。

 音楽の正体は着信メロディにしていた【race card】というバンドの『あなたと一生一緒だと思ってた』という曲の間奏部分だった。

 

 一度電話が切れてしまい、俺はスマホを手に取り着信相手を確認する。

 時刻は朝の4時、いつ眠りに入ったか分からないが水無瀬さんとオフコラボを約束した覚えはある。

 

 通知欄を遡り、着信相手は妹だと判明した。

 俺は折り返し電話をかける。

 すると3コールもしないで妹は直ぐに出た。


 光永桜華みつながおうか、俺とは違い現在華のキャンパスライフを謳歌している専門学生だ。

 桜は保育士になりたいらしく保育系の専門学校に進んだが、学費の問題で一度は夢を諦めようとしていた。

 だが、俺の収入ならばこの片田舎で住む分には十分だし、学費面も両親の遺産から払うことができたので俺が「諦めずに保育士目指せば?」と促したころ真っすぐ道に進んだ。

 学費に関しては貯金をしていた両親に心から感謝している。


 「あ、もしもし兄さん?」

 「ん、どした」


 「私、今日からゴールデンウィークで一週間そっちに帰るからっていう連絡だったんだけど、つい兄さんと話したくて電話しちゃった。迷惑だったかな?」

 

 そっか、世の中ではゴールデンウィークというものなのか。

 家から出ないし、カレンダーを見るなんてパソコンに表示されている日付をみるぐらい。

 曜日感覚が完全に狂っている。


 しかし俺の声が聞きたいだなんて、俺の妹はなんて可愛い妹なのだろうか。

 だが、桜華には配信の事は話しているし俺の声なんて配信でなんぼでも聞ける。

 それなのにわざわざ電話で俺の声を聞こうだなんてちょっとよく分からないな。


 「そっか、じゃあ桜華の部屋少し片付けておくから気を付けて帰って来いよ」

 「ありがとう兄さん。予定では今日の7時頃に帰る予定だからお願いね」

 

 7時、カスタムの時間と被っているな。

 まあだが桜華が帰って来たら一度離席して、桜華には悪いが少しくつろいでてもらってカスタムが終わった後に桜華の相手をするとしよう。


 桜華は兄離れが未だに出来ていないこまったちゃんなのだ。

 桜華が一人暮らしを始めて一年と一カ月ほどになる。

 現在専門学校2年生なのだが長期休みに入ると友達と遊んだりせずに必ず家に帰って来て俺にべったりと甘える。

 この話を配信ですると必ず『羨ましい』と言われるのだが俺としては配信という仕事もあるし、案件と被っていたら正直案件の方に影響が出る。

 そのため毎回桜華に強く言って、案件の時間だけ貰っている。


 他にも俺の配信はほとんど見ているらしいし、リアルタイムで見れないときは隙間時間にアーカイブを追っているらしい。

 通話もかかってくるし、メッセージでのやり取りもしばしばある。


 「あ、あと兄さん。昨日のオフコラボの件もじっくり聞かせてね?」


 通話が切れる前、桜華は俺に釘を刺して来た。

 なんか怒ってる時の声だったし、通話越しに圧も感じた。

 最近、疲れる事が多いな。


 俺は重くなった体を起こし、隣の桜華が使っている部屋に向かった。

 

 ~~~


 桜華の部屋を片づけ、ついでに各部屋の掃除をした俺は、いつも通り防音室に籠っていた。

 時刻は19時前、もう少しで二日目のカスタムが始まり、人もだんだんと増えてきている。

 桜華からは連絡があり、飛行機の問題で20時頃になりそうだという。

 勝手に家には行って良いぞと言ったのだがあいつ、どうやら合鍵を無くしたらしく家に入れないらしい。 

 少し不安はあるが、席は外せないしそもそも対面したらしばらくは解放してくれないので俺は家の鍵を開けっぱにしておいた。

 ここらへんは田舎で特に強盗なども起きた事が無い。

 だから都会よりは、安心して鍵を開けておける。

 

 「あ、Adaさんこんばんは! 今日もよろしくお願いします!」

 

 俺がサーバーに入った数十秒後に水無瀬さんが入って来た。

 昨日の一件があった中、水無瀬さんは何事もなかったかのように入って来る。

 何か思っていることなど無いのだろうか、炎上していないよなとか俺が何か思ってるかもしれないとか。

 

 「今日も相変わらず元気ですね」

 「はい! やっぱテンション下がった状態で挑むとプレイに影響が出ますしね」

 

 「そうですか、良い心がけですね。あと、今日妹が帰って来るので途中で一回抜けるかもしれません」 

 「そうなんですか、なんも今日ぐらい妹さんとゆっくりしてもらっても良いのに」


 「まあまあ、結構甘えたがりな妹なんで一度かまうと全然解放してくれないんですよ。それに、水無瀬さん達が本気なのに自分が本気じゃなかったらなんか悪いですし」

 「そんなに言われると妹さんには悪いですが、なんか照れますね……」


 まるで昨日、何もなかったかのように話が進んで行く。

 水無瀬さんも思っているかもしれないが、なんだがお互いに固い感じが抜けないし違和感が半端ない。

 早く誰か来てくれ

 そう思いながらコメント欄に目を移した。


 5分遅延があるせいで、今の話と全く嚙み合っていない。

 コメントの内容は昨日のオフコラボの件ばかり。

 

 『オフコラボとか初めて聞きました!楽しみにしてますww』

 『最近オフコラボ自体増えてるし、こんな組み合わせでも炎上しないもんなんだな』

 『炎上しそうな今日に配信するとか二人ともメンタルどうなってんだよwww』


 「ははっ、コメント欄が荒れてら」

 「どうかしましたか?」


 俺は「なんでもないですよ」と相槌を打ち、他二人のメンバーを待った。

 ほどなくしてnullさんは来たが風葉さんは急用で来られなくなったとのことなので、コーチ枠として俺が入ることになった。

 二日目のカスタム、気合を入れて行こうと思うのと同時に炎上は避けたいと思う俺だった。

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