第5話 地下室
雨が降ってきた。
これまで一度も雨が降った事はなかったから気にしていなかったが、旅人にとって雨ほど厄介なものは無い。
見通しが悪い上に足元もぬかるんで滑りやすくなる。
これでは馬車も思うように走らせられないし、歩きではなお動きにくい。
また、濡れれば体温が落ちてしまうため、それを防ぐのに雨具を着用しなければならないのだが、これが大変臭うのだ。
防水加工を施すために塗りこんだ液体の臭いなのかは分からないが、水を吸う度に悪臭を放つ。
その状態でいつ止むかも分からない雨の中歩くのは大変に気分が悪い。
もちろんそれはリオも同じようで彼女なんか人知れず感覚を一部麻痺させる魔法を使っていた。
そんなものがあるなら僕にも使って欲しかったと文句を言ってみたら、覚えてみるといいと言う。
僕に魔法の才能がないことを知りながら言うのだからタチが悪い。
さて、そうして雨に振られた僕らは今、ちょうどよく見つけた洞窟に避難していた。
「いつ頃止みますかね?」
「さぁ。この調子だと明日の朝まで降りそうだね」
「うへぇ……」
リオの予想に僕は堪らず不満を漏らす。
彼女に言っても仕方ないことと分かってはいるが、不満をこぼさずにはいられなかった。
そうして僕らは洞窟の中で雨が止むのを待つことにした。
したのだが……。
「暇ですねぇ」
それから一時間と経たずに僕は音を上げた。
なにぶん洞窟内には何も無いため、退屈なのだ。
ここに少しの娯楽などがあれば話は別だが、僕らはそういった退屈しのぎの道具を持っていない。
「リオ、ちょっとお話を──リオ?」
僕が退屈しのぎにリオに話を振ろうとすると、彼女は何やら洞窟の壁に向かって奇妙なことをしていた。
叩いたり撫でたりしているのだ。
気になって僕が声をかけると、彼女はこちらを見ないで返事をする。
「いやね、この壁がなんかおかしいんだよ」
「おかしい? ……普通の壁にしか見えませんけど……」
僕は壁を注意深く観察するが、どこも不審な点はなかった。
僕の返事を受け、リオはムスッとした顔をする。
「そんなはずはないよ。多分この辺りに…………あった!!」
彼女はそこで大きな声を上げると、壁に触れた手をグッと前に押し込んだ。
すると、彼女の手のひらよりやや大きいくらいの正方形の切込みが入り、そこがガゴッと奥へ凹んだ。
「えぇ!?」
僕が驚いて見ていると、洞窟全体がごごご……と揺れ出して、地面の一部が横に開いた。
揺れが納まった頃、僕らは開いた床を眺めた。
そこには地下へ続く階段があった。
「こんな所に地下への入口が……?」
「こんな平原のど真ん中に洞窟がある時点で私は怪しいと思っていたけどね」
自慢するようにそう言うリオ。
僕は彼女に適当に返事をすると、階段を眺めながら唾を飲む。
「行きますか?」
「当たり前でしょ。見つけたからには入らないとね」
「ですね」
僕らは地面に散らかした道具をバックにしまうと、ランタンに火を灯して階段を降り始めた。
階段はカラッと乾いた空気が流れていて、少し息苦しい感じがした。
数十段にも及ぶ長い階段を下ると、真正面には重たそうな鉄の扉が聳えていた。
「入りますか?」
「えぇ。けど、用心はしないとね。何があるか分からないから」
「はい」
リオに言われて、僕はナイフを手に取った。
そして、少し温もりの感じる扉の取っ手に手をかけると、思い切ってそれを開いた。
「これは……」
「凄いね」
扉の先は明るい空間が広がっていた。
明るく照らされたそこは、誰かの部屋のようで、真ん中に机、横に本棚。そして、奥に次の部屋への扉があった。
「誰かの隠れ家でしょうか?」
「それにしては警備がザルだったね。いったいどんな用途で作られた部屋なのだろうか……」
リオがずかずかと部屋の中に入っていく。
僕は少し警戒していたのだが、彼女の様子にその警戒も解いた。
僕は部屋を改めて見回した。どこか生活感の感じさせる部屋だった。
机の前に立ったリオが僕を呼ぶ。
「見てご覧。このコップ、ほんの数分前まで使われていたものだ」
「え!? それじゃあ、ここに人が──?」
僕が驚いたその時──。
ふと、奥の部屋から物音が響いた。
僕らが警戒してその方向を睨む。
音はだんだん大きくなっていき、ついに扉の前までやってきた。
一瞬の静寂。そして────。
「痒いぃぃ!!!!」
そう叫び、ドアを蹴破るようにして入ってきたのは全身を包帯でぐるぐる巻きにした猫背の男だった。
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