第4話 瓦礫街


 街──と呼んでいいのだろうか。ただ、そこには街があった形跡があった。

 瓦礫が地面を覆い隠し、山積みになる。

 所々に散らばるガラス片は耐久の低い靴を履いていたなら脅威となっていたことだろう。

 しかし、僕はリオのおかげでその心配はなかった。

 少し首を振ると、ある一角では真っ黒な物体が散乱していた。


「あれはなんでしょう……?」

「ん? あぁ、あれはボヤの跡だね。いわゆる二次災害ってやつ」

「なるほど」


 なんてことの無いようにリオは言うが、僕は少し気の毒に思った。

 壊れてなお破壊されるその姿は、僕の未来の姿として存在していたかもしれないから……。


「ノア?」

「いえ、なんでもありません」


 僕がぼーっとしている事に気づいたリオが声をかけてくれる。僕は小さくかぶりを振ると、リオの後ろまで歩を進めた。


「そろそろ出発ですか?」

「んー……」

「?」


 僕が尋ねると、リオは少し頭を悩ませた。

 彼女が悩んでいる姿はあまり見ないので、僕は少し怪訝そうに彼女を見守った。

 しばらくして、リオは何かを決めると、僕の機嫌を伺うように尋ねてきた。


「もう少しここに残ろうと思うんだけど……どうかな?」

「どうしてですか? 何も無いですよ?」

「少しね、片付けをしようと思ったんだ」

「片付け?」


 意図が分からず首を傾げると、リオはうんと頷いた。


「これは自然災害だ。誰が責められる事じゃない。けどね、だいたいこういった災害の後始末は元々そこに住んでいた人がやらされるんだ」

「それは……理不尽だ」

「そうだね。だからお手伝いをするんだよ」

「…………それは、旅人だから?」


 僕が尋ねると、リオは一瞬不思議そうな顔をする。

 そして言葉の意味を理解すると、小さく肩を竦めた。


「いんや。これは私の気分だよ」

「なるほど。だったら僕も手伝います」

「それは?」

「気分ですよ」


 そう言って僕は笑みをこぼした。

 今日はなんだか機嫌が良かった。


 それから僕らは片付けを始めた。

 瓦礫の量は多かったが、リオが使う風魔法のおかげで片付けは順調に進んで行った。

 僕は魔法が使えないため、スコップでの応戦だ。


 作業開始から五時間が経ち、瓦礫は十分の一ほど片付いた。


「リオ……そろそろ休憩を──」


 辺りが暗くなり始め、僕がリオに休憩の提案をしようとした時だった──。

 風魔法で大量の瓦礫を宙に浮かしたリオの背後に小さな人影があったのだ。


 それを見た瞬間、背中にゾワッとした感覚が突き抜け、僕は衝動的に走り出した。

 結果としてその直感は正しかった。

 暗くて明瞭には見られなかった人影は近づくにつれ、その輪郭がハッキリとした。


 大きな鼻に、長い耳。何より特徴的なその緑色の肌は、間違いようもないゴブリンのそれである。


 僕はすぐさまリオから貰った解体用のナイフを取り出すと、ゴブリンの背中にそれを突き刺した。


「はぁ!」

「グギャァ!?」

「──ノア!?」


 ナイフを突き立てられたゴブリンが悲鳴を上げ、それに気づき振り返ったリオが僕を見て驚いた。


 僕は今の一撃でゴブリンをやれたのだと思ったが、奴の生命力は思いのほか高く、ゴブリンが暴れた拍子に僕は体を投げ出された。


「──あが!」


 瓦礫に背を打ち付けた僕は、一瞬視界が点滅した。

 そして、その点滅する視界で僕に近づくゴブリンに気がついた。

 奴は手にナイフを持っていた。僕が突き立てたナイフである。


「ギガァ……」


 怒りを孕んだ声でゴブリンがナイフを振り上げる。

 僕は死を覚悟したが、その時はこなかった。


 風が吹き抜けたと思われた刹那──ゴブリンの体が細切れになり、その場に血の噴水が吹き上げた。


「リオ!」


 僕が唖然とその光景に釘付けになっていると、突然リオが抱きついてきた。

 それで今の現象はリオがやったのだと理解した。

 震える彼女の体を抱きしめて僕は体の力を抜いた。


「リオが無事で良かったです」

「……キミは……。いや、ありがとう。助かったよ」


 リオに感謝されるのはそれが初めてだった。

 しかし、僕はその後リオにこっぴどく怒られた。

 自分の命を簡単に投げ出すな、と怒られた。


 そして、少し休憩を挟んだ僕らは再び瓦礫の撤去を再開した。


 僕らがそれを終え旅立ったのが、三日後の明朝だった。

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