第3話 砂利道商人

 旅とは時に予期せぬ出来事に出会うものだ。

 僕とリオは次の町へ向けて馬車を探していたのだが、結局つかまらず。仕方なく歩きで向かうことにしたのだ。

 幸いにもそれほど距離がある訳でもないと言うリオの言葉を信じて僕はついて行った。

 街へは一週間で着くとリオは言う。

 そして一週間後、僕らは頭を悩ませていた。


「あの……街は?」

「おかしい。前はこの辺りにあったはずなんだけど……」

「迷子ですか?」

「ち、違うよ!」


 僕が尋ねると、リオはおっかない顔で否定する。

 どうやら彼女に対して『迷子』という言葉は禁句のようだ。


 あれ? おかしいな? と辺りを彷徨うリオ。

 そんな彼女に呆れの念を抱きつつある僕は、ふと奥の方に人の影を見つけた。


「リオ」

「なに?」

「あそこに人がいます」

「え? あ、ホントだ」


 リオもまた道端に座り込む人に気づき、僕らはその人影に近づいた。

 その人はボロ布を大量に纏ったような風貌で、地面に風呂敷を敷いて座っていた。

 風呂敷の上には色々な小物が置かれていた。


「砂利道商人……?」

「お? アンタら客かい?」


 リオが男の職業を言い当てると、男は僕らの存在に気づき、途端に商人の目になった。


「どうだい、この魔道具は? 何も無いところで火を起こせるんだぜ?」

「火魔法が使えるから」

「なら、これは? 氷を作ることが出来る魔道具だ」

「氷魔法」

「方角が分かる魔法を覚えられるスクロール!」

「方位磁針で間に合うわ」

「…………」


 商人の売る品を片っ端から無用と断じて行くリオ。

 徐々に威勢が弱くなっていく商人は、僕らのことを迷惑客と言わんばかりに細い目で睨みつけてきた。


「じゃあ、何を買ってくれるんだ?」

「特に買いたいものは無いのだけど……。ひとつ聞きたいことがあるの」

「聞きたいこと?」

「この辺りに街があるはずなんだけど、その場所を知りたいの」

「あぁ、なるほど……」


 商人は納得すると、ニヤリと口の端を釣り上げた。


「教えてやってもいいぜ? ただし、情報料はいただくがな」

「少し方角を教えて貰うだけですよ? とんだ詐欺だ」

「おいおい少年、これも商売なんだよ?」


 僕が口を挟むと、商人が言い返してくる。

 リオの方を向くと、彼女は僕の方を向いていた。


「ノア。今のはこの商人が正しい」

「え……?」

「情報は私たち旅人にとって、時に命より重たい価値を持つ。それをタダで貰おうなんてのは、それこそ詐欺だよ」

「…………ごめんなさい」


 リオに言われ、僕は商人に頭を下げた。

 すると男は少し驚いた顔をして、それから頭の裏をかいた。


「んで? 買うの、買わないの?」

「買うよ。これで足りるかな?」


 リオは懐から銅貨を五枚取り出して、商人に渡した。


「チッ、ケチだな……」

「方角を聞くだけだよ。十分だろう」

「やり手野郎め……」


 商人は愚痴をこぼしたが、渡したお金を仕舞うと、方角を教えてくれた。


「方角はここから北。アンタらが今向かっている方向に、数キロ歩けば街はある」

「数キロ? その街には外壁が無いのか?」


 数キロ程度であれば、余程見通しが悪くなければ街を囲む外壁が見られるはずだ、とリオが言う。

 すると、商人は不敵な笑みを浮かべた。


「方角は教えたんだ。十分なんだろう? もっと教えて欲しけりゃ、追加料金を払いな」

「まったく、何がやり手野郎だよ。キミの方がよっぽどやり手じゃないか」

「これでも商人の端くれだからな」


 リオはため息を吐くと、銀貨を一枚男へ手渡した。

 男は上機嫌にそれを懐へ収めると、先程よりも幾らか饒舌に語り始めた。


「ありきたりな話だよ──」


 男はそういう切り出しから話を始めた。


 男曰く、ほんの数週間前まではそこに街があったらしい。

 しかし、偶然にワイバーンなる竜が街を襲い、ものの一日で壊滅にまで陥れられたのだとか。


「ワイバーン……そりゃあ運が悪かったね」


 話を聞き終えたリオがまず率直な感想を述べた。

 その後で、疑問を口にする。


「でも、ワイバーンの急襲が原因なら外壁は少なからず残っているはずじゃない? どうして何も無いの?」

「それはあれだよ。モンスターパニックだ」

「あぁ、なるほど……」

「モンスターパニック?」


 会話をしている人間の中で僕だけがその単語を知らなかった。

 男の言葉を反芻すると、すぐさまリオが注釈してくれる。


「モンスターパニックは、弱いモンスターが強いモンスターから逃げることで起こる災害のことよ。いくら弱いと言ってもモンスターが大群で襲ってくるそれは、巨大なもので大国を一夜にして平地に変えたとすら言われているわ」

「大国を、一夜で……!?」


 想像の範疇を易々と超えてくる規模感に、僕は驚きを隠せなかった。


「とまぁ、そんなわけで街は無くなったのさ。さっき伝えた方角に向かえば瓦礫くらいは残ってるだろうぜ」

「ありがとう。行ってみる」


 リオは商人にそう言うと、僕の方を一瞥して北へ向けて歩き出した。

 僕が彼女の後を追いかけると、後ろから商人の声が聞こえてきた。


「モンスターがいるかもしれねぇ。注意しろよ!」


 その忠告を聞いて、僕は商人の男が意外といい人なのだということを理解した。

 だから、彼に手を振って僕らは街があったとされる場所へ向かった。

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