第2話 依頼

 街の中は僕のいた村とは段違いに活気が溢れていた。

 人混みに呑まれそうになるが、リオが僕の腕を掴んでいるおかげではぐれることは無い。


「これからどうするんですか?」

「んー、いつもなら無計画に歩くんだけど……今は服屋を探してるかな」

「どうして?」

「どうしてって、そりゃあ……ノアの格好がみすぼらしいから」

「あ…………」


 僕はリオに指摘されて自分の格好を再度確認する。

 丈の短い黒のパンツと、上は泥まみれのシャツを一枚。

 どちらも雑巾と言われた方がまだ納得出来る風体をしており、なるほど誰だってこんなのとは一緒に歩きたくは無いだろう。


 自分の格好が少しだけ恥ずかしくなった所で、急にリオが僕の手を引っ張った。

 大通りから一本道を外して歩くようだ。

 だが、これが以外に快適で、たった一本の違いなのに、人通りが十倍近く違うのだ。

 ここならば手を繋がずともはぐれはしないと思うのだが、リオは僕の手を掴んだまま離さない。

 僕は気恥しさを我慢すると、リオの後をついて歩いた。


 それから数分後、リオがある店の前で立ち止まった。

 そこは見るからにボロそうな店だった。僕は字は読めないが店頭に掲げられた看板に靴下の絵が描かれていたので、ここは服屋なのだろう。

 僕が納得すると、リオが店に入っていく。続いて僕も入店した。


「うわぁ! すっごい服の数!!」


 入店するなり、僕はその服の多さに驚かされた。

 どこを見ても服、服、服。

 ここはまさに服の楽園のようであった。

 初めて入る服屋に僕が関心していると、リオは渋い顔をした。


「静かなところね。やってないのかしら?」

「──いんや、やってるよぉ……」

「うわぁ!?」


 リオが呟くと、僕のすぐ横から気だるそうな声が聞こえてきた。

 僕は驚いてリオの後ろに隠れる。

 そして、恐る恐る声の主を確かめた。


 声の主は不審者だった。長いボサボサの髪に、クマだらけの目元。ヒョロがりという言葉がお似合いの体躯をしたその男はギョロりと僕らを見回した。


「あなたがこの店の店主?」

「あぁー……そうだよぉ……君らはお客さんかなぁ〜?」

「えぇ、この少年の服を見繕って欲しいんだが……」


 リオはそこで一度言葉を区切った。

 僕と店主が首を傾げると、懐から袋を取り出してそれを手のひらの上に傾けた。

 すると、銅色の貨幣が二枚と、埃がいくつかが彼女の手に落ちた。


「手持ちがこれしかないんだ」

「あぁ〜……それじゃあ、何も買えないねぇ……」

「えぇ。だから、あなたに提案なんだけど、私たちに何か依頼をしてくれない? その報酬に彼の服を見繕う。これでどう?」


 どこか図々しいお願いに、店主は少し悩んだ。

 どうやら何か依頼したいことがあるようだが、僕らを信頼しかねているようだ。


「安心していいよ。少年はともかく、私は割と何でもできるから」

「そうかぁ……だったら、ひとつ依頼したい事があるんだよぉ…………」


 僕を貶したのはともかく、リオの助言もあって店主はリオのお願いを聞いてくれることになった。

 それからは商談だ。僕には何も分からなかったので、その辺の服を眺めていることにした。

 だが、こちらも僕には何も分からなかった。


 ▼


 さて、店主の依頼を受理した僕らは街を出てすぐにある森に来ていた。


「あの、リオ? ここで何をするんですか?」

「狩りだ」


 リオは端的にまとめると、その内容を詳しく説明してくれた。


「店主の依頼は『ロックシープ十頭の毛を刈る』こと。簡単だけど、コツのいる依頼だね」

「コツ……?」

「ロックシープの毛は非常に硬いことで有名なの。あまりに硬すぎて使い道が無かったくらいには、ね?」

「じゃあ、なんのために……?」

「使い道が無かったのは昔の話で、今は適切な加工を施せば服だって作れるの。まぁ、今回は毛を狩るだけだから、加工は必要ないんだけどね。もっとも、ロックシープは警戒心が強いことでも有名だから、そもそも狩ることが難しいんだけど」

「狩ることが難しくて、狩っても毛の使い道がないんじゃあ、依頼を出しにくいですよね」

「普通の冒険者じゃあ、この依頼は達成できないね」

「リオはできるんですか?」

「秘策があるの」


 リオは自信満々にそういうと、僕にナイフを渡してきた。


「僕戦えないですけど?」

「戦わなくていいよ。私がロックシープを動けなくするから、それでトドメを刺して毛を刈って。毛を刈る時は皮も一緒に剥いてしまえば簡単よ。出来る?」

「それくらいなら……」

「それじゃあ、やるよ」


 リオはその場に両手をつくと、少しの間目を閉じて黙った。

 するとしばらくして、僕らの周りに霧のようなものが漂い始めた。

 それはどこか甘い香りがして、僕はついその香りに誘われそうになる。


「【フェロモミスト】」

「──!?」


 どこか夢心地だった僕の意識がリオの言葉によって現実に引き戻される。


「今のは……?」

「これは特定の動物が好きな香りを霧状にして周囲にばら撒く魔法よ。ロックシープの好きな香りは割と人間に近いからノアにも効いてしまったのね。先に注意しとくべきだったね」

「いえ。……それより、今の魔法でロックシープが来るんですか?」

「来るよ。ほら」


 リオが耳に手を当てて音に集中する。僕もそれを真似すると、遠くの方からドドド……という音がこちらへ向けて近づいてきていた。


「来た」


 それから間もなく、茂みの中から一頭の羊が姿を表した。

 体表を覆う毛がグレーで、皮が黒い羊だった。


「これがロックシープ?」

「そう。殺る時は首元を狙うといいよ。そこが一番柔らかいからね」

「分かりました」


 僕は動きを止めたロックシープに忍び足で近づくと、リオに言われた通りにその首元目掛けてナイフを突き刺した。

 メェェ! という鳴き声と共にロックシープの体が横に倒れる。


「へぇ、やるね」

「生きるために野生の動物は何回か殺したことがありますから」

「なるほど、それじゃあ毛を剥いで、じゃんじゃん仕留めちゃってね」

「はい!」


 それから僕達はロックシープを狩り続け、最終的に十六匹分の毛を刈ることに成功した。

 そうして依頼を達成した僕らは街へ戻って先程の服屋へと赴いた。


「おぉ〜……まさか、本当に持ってくるとはぁ……しかも六匹分多くもぉ……。これでボクの依頼は完了だけどぉ……どんな服が欲しいのかなぁ?」

「一式だね。出来れば耐久性と耐寒性に優れたものが欲しいかな。あと、バンダナかな」

「なるほどぉ〜……任せてぇ……」


 店主は一度店の奥に引っ込むと、しばらくしていくつかの服を抱えて戻ってきた。


「はい、これが依頼されていた服ねぇ……んでこっちが追加報酬のバック。収納魔法が施されているから見た目以上に物が入る優れものだよぉ……」

「ありがとう。ほら、ノア。着替えて」

「はい!」


 僕は店の試着室を借りて、貰った服に着替えた。

 硬い素材出できたパンツに、通気性の良いシャツ。バンダナを角を隠すように結び、最後に耐寒性のあるフード付きの外套を纏って僕は試着室を出た。


「うん、似合ってる!」


 リオのお墨付きも貰い、こうして僕は新たな服を手に入れた。

 そして翌日。僕らは次の街へ向けて出発した。

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