第1話 旅の目的

 ガタガタゴトゴトと荷台を揺らしながら進む馬車。

 その馬車には御者を除けば僕とリオしか乗っていなかった。

 当然だろう。僕の生まれた村は辺境の地で入る者も出ていく者もほとんどいない所なのだ。

 だからこそ、僕は疑問に思う。リオはどうしてこんな片田舎へやってきたのか、と。


「あの、リオはどうしてこの辺に来たんですか? 何か、目的があった……とか?」

「特にないよ。私は旅人だから、旅をするのに理由なんかいらないの」

「旅人……? 旅人なのに、あんなに凄い魔法が使えるんですね」

「あー……うん。色々あったんだ。……本当に、色々ね」


 そういったリオの横顔は少し悲しそうであった。

 だから僕は何も言わずに、眼前の景色を眺めた。

 少し前から平原を走っているせいか、変わり映えのない景色が続いている。

 一面の草原と、まばらに咲く花たち。それと数頭の草食動物たち。

 それを眺めていると、僕のお腹が唸り声を上げた。


「お腹が空いてるの?」

「あ……はい。実は数日何も食べてなくて……」

「なるほど、道理で逃げる足に力が入ってなかったわけだ」


 先程の醜態を見られていた事を思い出し、僕は少し恥ずかしい気分になった。

 穴があったら入りたいところだったが、僕が穴を探す前に、リオがバックの中から何かを取り出した。


「あいにく今はこんなものしかないんだ。許してね」

「いえ……あの、これは?」


 リオが手渡してきたのは茶色の固形物だった。ひんやりとして気持ちが良かったが、手に乗せた途端にどろりと溶け始めた。

 僕は慌てて反対の手に持ちかえるが、やはり溶けてしまう。


「それはチョコレートという物だよ。前に立ち寄った国で貰ったんだ」

「チョコレート……」


 どこか怪しい食べ物だったが、空腹は限界点に近かったため、僕は躊躇わずにそれを食べた。

 すると、口内に今まで口にした事の無い味が広がって、僕は驚いてむせてしまった。

 リオが水をくれたが、僕はそれを飲む気にならなかった。

 それくらいこのチョコレートというのは手放しがたい風味をしていたのだ。


「どう? 甘いでしょ」

「甘い……これが、甘い……?」

「そう、甘い。もしかしたらそれが私の旅の目的の一つかもしれない」

「どういうことですか?」

「私は甘いものが好きだからね。この世界にある全ての甘いを食べてみたいんだ」

「……はは、強欲ですね」

「旅人なんてみんな強欲なもんだよ」


 リオは僕の手からチョコレートを奪うと、それを半分割って食べた。

 それから美味しそうに目を細めた。

 そしてチョコレートを喉の奥に流し込むと、僕の方を一瞥した。


「だからノアも強欲になるといい。復讐なんて一つの欲に執着する必要はないんだよ」

「どうしてそれを……!?」


 僕の心を見透かしたようなリオの発言に、僕は驚いて席から立った。

 御者のおじさんが僕の方をチラリと見る。


「座りなよ。迷惑になる」

「……どうして、知ってるんですか? 僕が復讐をしたいと思ってるとこを……」

「目を見れば分かるよ。私はその目をよく知っている」

「目……?」

「まぁ、いいから。一先ずは座りなよ。ね?」

「……はい」


 僕はリオの言う通りに席に座る。

 それからもう一度尋ねた。


「目でわかるって言うのは?」

「私の近くにはさいっぱい居たんだよ。復讐に人生の全てを費やした人間が」

「…………」

「それぞれ復讐の相手も規模も違ったけど、ひとつ言えるのは復讐は復讐を生むということ。争いはどちらかが根絶やしにされるまで終わらない。そんな悲劇は、もう見たくないんだ」

「リオ、あなたは──」


 僕はその時、リオの過去について尋ねようとした。

 しかし、聞いてはならないように思えてならなかった。

 もし聞いてしまったら僕はもう引き返せないような、そんな予感がした。

 僕が黙ると、リオは小さくかぶりを振った。


「話が逸れたね。つまり、私は復讐者の目を知っている。キミの目はまさにそれだったんだよ」

「復讐は……悪ですか?」

「一重には言いきれない。けど、つまらないよ。世界はこんなに広いのに、ただ一つのことに執着するなんて勿体ない。だから私はノアを旅に連れていくことを決めたんだよ」

「──ぇ?」


 思いもしない告白に、僕はどういうことだろうと首を傾げた。

 リオはその意図を察したように話を続けた。


「キミに知って欲しいんだ。世界の広さを、奥深さを。それが楽しいということを、ね」

「楽しい……」

「無理強いはしないよ。けど、私と一緒に旅をしている間は世界を楽しむことだけに集中して欲しいんだ。それで旅に飽きた時にもう一度考えるといいよ。本当に復讐がしたいのか、どうかをね」


 リオの言葉は少し押し付けがましかったが、信念のようなものがあった気がした。

 だから完璧には拒否出来ない。


「……考えておきます」


 僕はそう返すだけで精一杯だった。

 僕の返答にリオは満足そうに頷いた。

 それから前を向いて、「あ」と声を上げた。


「それじゃあ、ノアの初めての旅を始めようか」

「え?」

「見えてきたよ。次の街がね」


 リオが指さす先──馬車の進行方向に街が見えた。

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